とある村にて②:Day14「さやかな」
「へえ! 私、機織り機って初めて見たよ!」
村はずれのあばら小屋に明るい声が響いた。
「レジーナの故郷にはこういう機械はないのかしら?」
「なかったよ。私の故郷には交易って文化がなかったから売り物になる物を作ってなかったし、服は道具屋から買う物だったもん」
「そうだったのね。……あら。でもレジーナは薬屋よね。薬は売ってなかったの?」
「うん! 薬屋だけど、どっちかっていうと村人専属の薬師ってイメージしてもらえるとわかりやすいかも! 自分で調合した薬を売ったのはフリィたちと旅をしてからなんだよ」
「そうだったのね」
ベガとレジーナは楽しそうに話に花を咲かせている。彼女たちの会話に混じって機織り機のカシャン、カシャンという音が聞こえるので、どうやらベガは日課の作業をしながらレジーナと話をしているらしい。
小屋は、玄関と隣接したリビングダイニングキッチン兼用の居間と物置、タラゼドとベガそれぞれの自室の合計三部屋と、そこそこ広めの造りになっている。中央に置いてあるダイニングテーブルには、現在手持ち無沙汰のモイ、そして昨日合流した仲間のうちの一人である赤髪の少女アクセプタが席に着いていた。だが、二人とも特に何か喋るわけでもなく食後の飲み物を片手に、筒抜けになっているベガとレジーナの会話に耳を傾けている。
「ねえねえ! ベガたちはこの村には引っ越してきたってタラゼドさんから教えてもらったんだけど、ベガはこの村に来る前から機織りしてたの?」
「ええ、そうよ。わたしが生まれ育った町では布作りが盛んだったの。綿花から撚った糸で布を織って生計を立ててたのよ。うふふ、でも実はね。わたし、町に住んでいた時はまだ姉さまに教えてもらっている最中だったから、レジーナと同じで、わたしが織った反物を売るようになったのはこの村に来てからなの」
「そうなんだ! 共通点が多くて嬉しいよ! 仲良くなれそうだね、私たち!」
レジーナの声には楽しそうな笑い声が混じっていた。
そんな彼女の良く通る声を聞きながら、アクセプタはひとつため息を吐く。
「ったく、どいつもこいつも好き勝手に過ごしやがって。遊びに来たんじゃねーってのに」
そう呟いたのは赤髪の少女アクセプタは今回の騒動において、誰よりも心労を重ねてきた人物だ。誰よりも慌てふためいた彼女は、それはもう周りの仲間たちが心配になるほどに心配していた。記憶を失ったものの彼が生きていると聞いてへたり込むほどに安堵し、再会したアルタイルに記憶がないと聞いてよろめくほどにショックを受けていたのも彼女である。
そんなアクセプタがポツリと零した悪態に、相席をしていたモイが小首を傾げる。
「違うの?」
「そりゃそーだろ。アタシらはタラゼドとベガの家を直す手伝いをしに来たわけだし」
「でも、家を直す手伝いはヒロと、トリたんとグロウィンがやるんだよね」
「まーな。力仕事じゃアタシらに手伝えることはあんまねーから、人手が必要になったら手を貸すぐれーしかできねーんだよ。……だから。その間にどうにか勇者の記憶を取り戻せねーかなって思ってんだけどな」
アクセプタはテーブルに頬杖をつきながら言葉を続ける。
「こーゆーのは、どうにかしよーとしてどうにかできるモンでもねーのはわかってるけどさ。どうにかしてやりてーって思うんだよ」
「フリィもレジーナも、そのうち勝手に思い出すって言ってたよ」
「アイツらならそー言うだろーよ。勇者が行方不明になった時も、死ぬわけないから大丈夫って妙な自信でケロッとしてたぐれーだし。……勇者を信頼しての発言だってことはじゅーぶんわかってるけど、妙に冷めてるところあるよな、アイツら」
肩を竦めたアクセプタの声は、その悪態に似合わず穏やかな音だった。
彼女は懐かしむような表情で持っていたカップへと視線を落とす。何しろ、一番取り乱すと思われたフリィもレジーナも、ヒロは生きているからそんなに焦らなくて大丈夫だと口を揃えて仲間たちを宥める側に回っていたほどである。その一方で、精力的にヒロを探していたのだから素直ではない。
飲み物をグッと飲み干したモイが無言のままジーっとアクセプタを見ている。
その視線を一身に受けるアクセプタが何か言おうと口を開いた時だ。
「あっセプ! モイ!」
レジーナの明るい声が響いた。
「二人とも、そんな真剣な顔して何の話をしてたの?」
「ちょっとな。それより、今日の昼飯はどーする? 何か食いてーもんでもあるか?」
「後でベガにも聞いてみるよ!」
レジーナは笑顔でそう答えた。
ふと、モイが小首を傾げる。
「レジーナは朝食の後は何する予定?」
「村のおばあちゃんたちと一緒に花壇の手入れをする予定だよ!」
「そっか」
相槌を打ったモイは、しばし考え込んだ後で口を開く。
「ねえレジーナ。レジーナは昼食の後のヒロの予定は知ってる?」
「ヒロの? うーん、……聞いてみなきゃわかんないけど、特別なことがないならお家の修繕の手伝いか村のお散歩じゃないかな? いつもそうしてるって言ってたよ」
「そっか」
相槌を打ったきりモイは黙り込んでしまった。
その表情は相変わらず真顔だったが、そこはかとなく真剣そうな雰囲気は伝わってくる。
アクセプタとレジーナは顔を見合わせ、そっとしておこうとアイコンタクトをとった。
「そういやベガは?」
「キリの良いところまで作業をしてから来るって!」
「そっか。んじゃ、先にキッチンで食材の確認でもしとくか」
「おっけー!」
席を立ったアクセプタはレジーナを連れてキッチンへと向かう。
カウンターキッチンの向こうから、レジーナのさやかな声が家の中に響いていた。
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