とある村にて①:Day13『定規』
小さな村の外れにある小屋の前で、タラゼドが屋根にハシゴをかけている。
「それじゃあアウトリタ、頼むよ」
「オレは別に構わねぇけど、タラゼドが昨日直したんだろ? だったら、わざわざ粗探しみてぇなことをしなくていいんじゃねぇか?」
「おれがしたのは応急処置だからさ。やっぱり雨漏りとか心配だし、見てくれよ」
「おう。そういうことなら任せてくれ!」
そう言うなり、アウトリタは身軽に屋根へ登った。
彼の手にはトンカチと定規が握られている。続けてタラゼドが屋根に登ったのは、アウトリタの作業を隣で見たいのと、話の続きがしたいからなのだろう。なにしろ、タラゼドはアウトリタと町から村に戻ってくる最中、ずっと日曜大工の話をしていたのだから。タラゼドの会話好きな性格とアウトリタの人当たりの良さ、そして共通の話題で盛り上がったこともあり、二人は村に戻ってくるころにはすっかり仲良くなっていた。
そんな二人の様子を屋根の下から見ているベガが、隣を見て小首を傾げる。
「少し気になったのだけれど、彼、アウトリタは自警団なのでしょう?」
ベガの隣にいるのは、タラゼドに代わってハシゴを支えているモイだ。
モイはジーッと屋根を見上げていたが、掛けられた言葉にベガへと視線を移す。
「うん。トリたんは自警団だよ」
「彼は自警団の仕事をしていない時は大工を仕事にしているのか、もしくはご実家が大工なの? それとも、彼の故郷では自警団が土木工事も兼任しているのかしら?」
「うーん。ワタシはよくわからない。フリィはわかる?」
モイは振り返りながらフリィに問い掛けた。
そのフリィは掃き出し窓の縁側で一人のんびりと庭の木々を眺めていた。モイに尋ねられた彼は彼女たちのほうを向くと、ニコニコと微笑みながら答える。
「トリたんの故郷の自警団はみんな、ある程度の建築技術を持ってるんだ。魔物の襲撃で壊れた防壁を直したり、必要があれば屋台や小屋を建てたりするんだよ」
「なるほど、そうだったのね。ありがとうございます」
ベガは少し口早にそう言うと、再び屋根の上に視線を戻した。
まだ何か聞きたそうな雰囲気がありながらもあっさりと会話を切り上げた彼女に、モイは不思議そうに小首を傾げ、フリィは困ったような苦笑いを浮かべる。しかし、何か彼女なりの事情があるのだろうと気遣ったのか、二人ともそれ以上言及することはなかった。
ややあって、村の広場からアルタイルが戻ってきた。
「遅くなってすまない。荷物を届けたついでに、荷解きと片付けを手伝ってたんだ」
彼を見て、夕日に照らされて輝くその金髪を見たベガが、思い出したように手を叩く。
「あら、もうそんな時間なのね。それじゃあ、わたしは夕飯の準備をしてくるわ」
「ワタシも手伝う」
「あら、ありがとう。今日はお客さまが多くてたくさん作らないといけないから、手伝ってくれるのは助かるわ」
「ヒロ。ワタシの代わりにハシゴをお願い」
「ああ。任せてくれ」
アルタイルはモイと入れ替わるようにハシゴを支える。
その際に屋根の上へ視線を向ければ、二人は先日タラゼドがした応急処置を話のタネにずいぶんと盛り上がっているようだ。
ベガはモイに使わないほうがいい食材はないかと聞きながら、小屋の中へ戻っていく。
そんな彼女たちと入れ替わるように、フリィがアルタイルの側にやってきた。
「この村、のどかでとてもいいところだね」
「ああ。森の中にあるからなのか、来訪者は滅多にいないらしいんだ」
「そうなんだね」
フリィはそう相槌を打つと、懐かしむように目を細めた。
彼が浮かべた表情の真意をアルタイルは知らないはずなのに、心のどこかで共感するような気持ちが芽生えている。先程フリィは自身のことを、アルタイルの唯一無二の親友だと説明していた。類は友を呼ぶというので、もしかしたらアルタイルとフリィは感性が似ているのかもしれない。
そんなことを考えながらアルタイルは口を開く。
「なあフリィ。明日のことなんだが」
「明日? ……あ、もしかして、フォレスの町に行く話?」
「ああ。明日は村の広場の掃除を手伝う約束があって俺は行けないんだ。タラゼドがレジーナとは面識があるから俺はいなくても問題ないとは思っているが、フリィたちのほうはどういう手筈なのか、今のうちに確認しておこうと思ってな」
その言葉にフリィは思案顔を浮かべる。
「うーん。僕たちのほうは後でどうするか話し合うつもりだけど、もし掃除するのに人手が必要なら僕も残って手伝うよ」
「本当か! それは助かる! この村は老人が多めだから人手がほしかったんだ」
アルタイルは嬉しそうに笑った。
それから、アルタイルとフリィは雑談に花を咲かせていた。やがて少しずつ日が沈み始めると、屋根の上で作業をしていたタラゼドとアウトリタがようやく降りてくる。最後にアウトリタが地面に足をつけると、アルタイルは支えていたハシゴを屋根から外して小屋の壁際に寝かせて置いた。
そうして四人が家の中に入ると、ダイニングテーブルに食事が並んでいるのが目に飛び込んできた。どうやら、夕食の準備はほぼほぼ終わっているらしい。
「見てフリィ。今日の夕飯のサラダ、ワタシが作ったんだよ」
「そうなんだ。彩りが綺麗で美味しそうだよ」
モイが無表情で指差した先には、大きなボウルにサラダが山盛りに乗っている。
六人前にしては量が多く見えるのは、モイが張り切った成果なのだろうか。
席に着こうとしたアルタイルが、ふと、違和感に気が付く。
「ベガ。一人分足りないぞ」
「あら?」
アルタイルの指摘にベガがキッチンから顔を出し、この場に揃った人数を数え、それからテーブルの上に並べた食事の数を確認する。
「本当だわ。ごめんなさい。ちゃんと確認したはずだったのに」
困惑を隠しきれないベガを見て、タラゼドはからかうように笑う。
「そそっかしいな、ベガは。自分の分を数え忘れるなんて」
「え、ええ、本当ね。お客さんが多くて、うっかりしちゃったみたい」
そんな会話をしている兄妹の横ではフリィがニッコリと微笑み、アウトリタが気まずさと同情を混ぜたような表情でそっと兄妹から目を逸らした。フリィたちの不思議なリアクションにアルタイルは小首を傾げたものの何も言及しなかった。
「急いでもう一人分準備するわね」
逃げるようにキッチンへ戻ったベガの後姿を見ながら、フリィが感慨深げに呟く。
「何か久し振りかも、この感覚」
「おいおいフリィ。お前、少し楽しんでねぇか?」
「そんなことないよ、トリたん。新鮮だなあって思ってただけ」
「楽しんでんじゃねぇか……」
アウトリタは呆れた様子で肩を竦めた。
それから、アウトリタはベガを手伝うためにキッチンへ向かおうとし、フリィはそんな彼が未だに持っていた定規をその手から抜き取った。流れるような自然な動作で抜き取られた定規に、アウトリタは驚いてフリィを振り返る。
「トリたん、ベガを手伝うんだよね? そしたら邪魔だと思うから、僕が預かっておくよ」
「そういうことか。んじゃ、よろしくな、フリィ」
そう言い残してアウトリタはキッチンへと向かった。サラダ用の取り皿を並べ終えたモイも後に続くようにキッチンへと戻っていく。
残されたフリィたち三人は手持ち無沙汰を誤魔化すように、一足先に席に座っていることにした。
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