とある町にて②:Day08『雷雨』
「――じゃあ、私たちのことは何にも覚えてないんだね」
「すまない。旅をしていたことと旅の仲間がいたらしいことはうっすら覚えてるんだが」
「謝らないでよ。こればっかは仕方ないって」
アルタイルの言葉に水色の髪の少女はへらりと笑った。
あの後、彼らのただならぬ空気にタラゼドも合流し、アルタイルはタラゼドに補足を頼みつつ白髪の少年たち四人へ自身の状況を説明した。始終神妙な顔で説明を聞いていた彼らのうち、茶髪の少年だけが深刻そうな顔をしており、白髪の少年からは当初ほどの動揺も困惑もみられない。そして、桃髪の少女にいたってはまさかの無表情である。
誰もが言葉を探して沈黙している。
ややあって、白髪の少年はアルタイルに目を向けて首を傾げる。
「ずっと気になってたんだけど、その包みは何?」
その言葉に茶髪の少年が苦笑いを浮かべる。
「まず気にするのはそこなのか……」
「ああ、これか。この町の特産品のパンだ。さっきこいつが、売り切れたって落ち込んでたから、俺のをあげようと思ってさ」
アルタイルは持っていた包みに視線を落とすと、それを水色の髪の少女に差し出す。
「ほら。君さえ良ければ、俺のをやるよ」
「えっいいの? だって君が食べるやつでしょ?」
「ああ。そんなに腹減ってないんだ。だから俺のことは気にせず、遠慮なく食ってくれ」
「そっか。じゃあ、遠慮なく。ありがとね」
水色の髪の少女は嬉しそうに笑ってパンを受け取った。
それに続くように彼女の隣に立つ桃髪の少女が、アルタイルを見やる。
「パンくれてありがとう」
「ああ。どういたしまして」
水色の髪の少女は受け取ったパンを器用に包みの上から半分に千切ると、その片方を桃髪の少女に渡した。そして、彼女たちは同時にパンを頬張り始めた。
そんな彼女たちを微笑ましそうに横目で見ながら、白髪の少年が呟く。
「記憶喪失になっても、ヒロはやっぱりヒロなんだね」
その呟きを聞いたアルタイルは、白髪の少年へ、改めて問い掛ける。
「君たちは、俺のことを知ってるんだよな?」
「もちろん。長い付き合いだからね」
「だったら教えてくれないか? 記憶を失う前の俺のことを。……無理にとは言わないが」
「うん、僕が知ってることなら全部教えるよ」
フリィは迷いなく頷くと、意気揚々と説明を始める。
「君はヒロって名前で、僕の唯一無二の親友なんだ。ヒロは元々身体が弱くてずっと寝たきりだったんだけど、村が魔物に襲われたのをきっかけに主人公体質に覚醒して世界を救う勇者として旅に出たんだよ。それと、ヒロが寝たきりだった頃は村の薬屋の娘のレジーナがずっと看病してくれたこともあって――」
「おいおい、待ってって。フリィ。何でそっから話すんだよ、長ぇだろ」
黙って聞いていたアウトリタが呆れた口調で口を挟む。
「でも、何も覚えてないならプロフィールから話したほうがいいと思うんだ」
「つっても、プロフィールから話してたら一日じゃ足んねぇぞ。まずはオレたちがこの辺りに来た理由を話そうぜ」
「うん。わかったよ。えっと、あれは確か――」
フリィはそう前置きをすると、ここ数日間にあったことを語り出した。
その日は朝から強風が吹いていた。
彼ら一行は、山越えをする旅商人の護衛としてこの地域に足を踏み入れた。訪れた町で旅商人を無事に次の護衛に引き渡した後、町長に相談を持ち掛けられた。
「そこの山にこの地域の水源になっとるダムがあるんじゃ。けれど最近、そのダム近くに魔物が住み着いたみたいでのう。ワシらでは様子を見に行きたくてもいけないんじゃよ」
町長からの依頼は、本格的な雨のシーズンが来る前にダムに異常がないか見てきてほしいという内容だった。
二つ返事で了承した一行は、さっそくフォレス湖ダムへと向かった。
そうしてダムの確認と住み着いた魔物の調査を終えたその帰り道で、バケツをひっくり返したような、雷を伴う雨に遭遇してしまうのだった。一行は山崩れや山津波に気を付けながら山道を下り、谷間を通る渓流に架かる橋を、時折吹き抜ける暴風に注意しながら慎重に渡っている最中のことだ。
「きゃあっ!」
「ティアリー!!」
仲間の一人である小さな妖精の女の子が、叩きつけるような強風に耐えきれず、吊り橋の外へと吹き飛ばされてしまったのである。彼女はあっという間に濁った川へと真っ逆さまに落ちてしまい、その小さな体は濁流の中へと消えていった。
それを見た瞬間、間髪容れずにフリィとモイとレジーナが吊り橋から身を乗り出した、
「今助けるよ!」
「待っててティアリー」
かと思えば、フリィとモイの二人は迷わず同時に川へ飛び込んだ。
ヒロが慌てて、レジーナが彼らに続いて橋から飛び出さないようにその体を支えた瞬間。
「あ」
「え?」
「勇者?! 薬屋!!」
再び吹き抜けた暴風に思わずヒロがよろめき、そのまま彼はレジーナごと、二人揃って橋から落ちたのである。
レジーナの隣にいた赤髪の少女が心底驚愕した顔で橋の下を覗き込んだ。
「マジか! アイツらまで!」
それからしばらく経ち、吊り橋からそこそこ下流の、川幅が広くなった箇所にて。
「ゴホッゴホッ。ティアリー、モイ、大丈夫?」
砂利の多い川辺に流れ着いたフリィはゆらりと立ち上がると川岸へと上がった。
彼の隣には同じように川から出てきたモイが、何かを大事そうに抱きしめている。
「ワタシは大丈夫。ティアリーも無事」
モイの腕の中にいるのは妖精の女の子で、彼女は意識はないものの肺が上下していることから呼吸はあるようだ。濡れた翅がペッショリと力無くモイの手にくっついている。
「よかった。ありがとう、モイ。ティアリーを助けてくれて」
「うん。ティアリーが無事でよかった」
そこで二人はふと、何とはなしに同時に川へと目を向ける。
すると、まだ勢いが強い川の中、鮮やかな金色が川岸に向かって流れてくるのが見えた。
目を丸くしたフリィは大急ぎで川岸へと駆け寄った。
「ヒロ?! レジーナまで! 二人も川に落ちたの!?」
「ああ。俺のせいでレジーナも巻き込まれたんだ」
勢いよく川から上がってきたのはヒロで、彼は意識のないレジーナを抱えていた。
それを見たモイも駆け寄って、心配そうにレジーナの顔を覗き込む。
「レジーナは大丈夫?」
「大丈夫、生きてるさ。流されてる途中で疲れて気を失っちまったんだ」
言いながらヒロは膝をつき、抱えていたレジーナを自身の体に寄りかからせる。そうして彼は自由になった片手で彼女のウエストバッグから薬を取り出そうとしたが、ふと何かに気付くと焦った様子で周囲を見回した。
ややもせずに、ヒロはフリィにレジーナを渡すと、大慌てで立ち上がる。
「フリィ、レジーナを頼む!」
「えっ?! 待ってヒロ!」
「大丈夫だ。心配すんなって。ちゃんと戻るから」
そう言ったヒロは踵を返すと、再び川の中に足を突っ込んだ。
雷雨の中、鮮やかな金髪が濁流にのまれて見えなくなる。
あの後、フリィは合流した仲間たちとともに近くに見つけた山小屋へ移動した。だが、ティアリーとレジーナが意識を取り戻したのを確認するとすぐに川辺へと戻っていった。
雷雨が通り過ぎ、一日待っていたが、ヒロが戻ってくることはなかった。
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