とある町にて①:Day06『呼吸』

 その日、アルタイルは村近くの小さな町にいた。

 石造りの平屋が建ち並ぶその町は人の往来があるためか、道がしっかりと整備されている。アルタイルはタラゼドや数人の村人とともに、半月に一度の買い出しのためにやってきた。彼らは森で採れた山菜やベガが織った反物などを売り、その売上金で半月分の食糧や不足分の衣料品などを買うのである。

 今回アルタイルは大量の山菜の運搬の手伝いを買って出たのだが、あわよくば、町に彼を知っている人がいないかという淡い期待もしていた。……だが。

「悪いな、アルタイル。この町なら手掛かりのひとつぐらいはあると思ったんだけどな」

「気にしないでくれ。俺は今日、買い出しを手伝うために来たんだ」

「しかしなあ、まさかものの見事に空振りになるとは思わなかった」

 タラゼドはそう言って大きく肩を落とした。

 結論から言うと、記憶を失う前の少年はこの町を訪れていなかった。

 二人はタラゼド馴染みの露店でベガの反物を売った後、アルタイルに見覚えはないかと尋ねてみたが、知らないとはっきり否定された。その後、食糧を買う際にも同様の質問をしたが、返答もまた同じ文言だった。商人たちに口を揃えて、少年の太陽の光を浴びて輝く金髪は目立つので一度見たら忘れるはずがないとも言われてしまい、二人はそれ以上の聞き込みを断念したのである。

 そして今は、昼食に買った特産品のパンを片手に、買い出し中の村人たちを待っていた。

「それにしても、町はそれほど大きくないのに、人は多いんだな」

「ああ。この町は、山奥にあるフォレス湖ダムと都市グラリエに繋ぐ街道沿いにあるんだ。それに、この辺りにはおれらの村みたいな小さな村落がいくつもあってな。そこに住んでるヤツらはみんな、この町に買い出しに来るのさ」

「なるほどな。この町は、この地域の生活の要所になっているのか」

 アルタイルは納得した様子でひとつ頷くと、改めて町を見回す。

 平屋の石造りの家に囲まれた町の中央にある広場には、タラゼド馴染みの店をはじめとした露店が四店舗ある。どの店も質素な店構えで、並んでいる商品も食料品や日用品、衣料品、雑貨品とどの店も生活に必需な物を売っていた。

 隣でタラゼドがパンの包みを開ける音が聞こえ、アルタイルもまた包みを開けた時だ。

「えー! パン、売り切れちゃったの?!」

 よく通る声にアルタイルが思わず振り返れば、食料品の露店の前に、先程までは見かけなかった水色の髪の少女が分かりやすくしょんぼりとしているのを見つけた。

「すまないねえ、お嬢さん。ついさっき、最後の一つが売れてねえ」

「そっかあ。残念。また今度買いに来るよ!」

 少女は人懐っこい笑みを浮かべると露店のおばあさんに手を振る。

 立ち去ろうとする彼女を見たアルタイルは、気付けば彼女の元へ駆け寄っていた。

「君! 待ってくれ!」

「え?」

「話が聞こえたんだ。君さえ良ければ、さっき俺が買った、パン、を……」

 言いかけて、アルタイルは思わず言葉を止めてしまう。

 振り返った少女は少年と目が合うと、驚きが混じった嬉しそうな表情でその目元に涙を滲ませたのだ。

「ヒロ!」

 そして、少女は満面の笑顔でアルタイルの手を握った。

「よかった! この町にいたんだね!!」

「え?」

「絶対生きてるって信じてたけど、見つからなくて、みんな心配してたんだよ」

「えーっと……」

「元気そうでよかったよ!」

 嬉しそうに笑う少女はアルタイルの手をブンブンと上下に振っている。

 状況が理解できず目を丸くしているアルタイルはされるがままになっていた。ややあって、全身で再会の喜びを表現している彼女を見る限り、目の前の少女は記憶を失う前の自分と知り合いなのかもしれないと彼は思い始めてきた。

 その予想を確かめるため、アルタイルが口を開こうとした時だ。

「おーい、レジーナ? 何かあったの?」

 飛んできた声にアルタイルと少女が同時に振り返る。

 そこには、手を振りながらこちらに向かって来る白髪の少年と、その隣に並ぶ桃髪の少女と藍色のメッシュを一房入れた茶髪の少年の三人組がいた。

「あっフリィ! みんなも!」

 レジーナと呼ばれた少女が声を弾ませた。

 彼女はアルタイルの手を離すと彼らに向かって手を振る。すると、それに答えるかのように、白髪の少年はどことなく急ぎ足で少女の元へとやって来た。

 そうして少年はアルタイルと目が合うと、心底驚いた顔をする。

「えっヒロ?! こんな所にいたんだ!」

 それは、驚きと安堵が混ざった、嬉しそうな声音だった。

 ニコニコと笑う彼が何か言葉を続ける前に、アルタイルは先程少女に言おうとしていた言葉を、改めて目の前の少年に告げる。

「その……水を差してすまないんだが、もしかして俺のことを知ってるのか?」

「え?」

「実は俺、俺自身のことも君のことも、何も覚えてないんだ」

 アルタイルの言葉に白髪の少年はどこか絶望したような表情で絶句してしまう。

 まるで呼吸が止まってしまったかのような彼の表情に、アルタイルは胸が苦しい気持ちになった。

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