小太郎⑤ 自宅

「そう言えば彩葉いろは、結局宝くじはどうだったんだよ?」


 俺は見事に散った馬券をちゃぶ台に投げ捨てると、スマホを覗いている彼女に話を振ってみる。どんな時でも家族間の会話は必要、特に彩葉くらいの年頃の女子の扱いは面倒だ。ひとつ地雷を踏み違えただけで口も聞かなくなると言う。まあその点、ウチの彩葉は今のところ俺にはそんな素振りは見せないが。


「あ、そうそう聞いてよアニキ! ボクはダメだったけど一緒に買った男子が当ててさ!」

「当てた!? いくら当てたんだよ!」

「二等十万円! でね、ボクも分配金? ってので一万円貰えるの! ね、すごいでしょ!」

「マジか! ・・・う~ん、俺も宝くじにすればよかったか・・・」

「えっ? なに?」

「あ、いやなんでもない。それよりそいつ、どこの売り場で買ったんだ?」俺は今後の重大な参考情報として急にホクホク顔になった妹に問いかける。

「うん、大介だいすけは・・・あ、その男子、大介って言うんだけどね、彼、イオン前のチャンスセンターで買ったんだってさ。縁起がいい場所なのかな」

「ああ、いくつも窓口の並んでるあそこか」

「そう。ボクはハルダイの前のとこで買ったんだけど300円しか当たらなかった」

「300円って誰でも当たるヤツじゃねえかよ。まあ、あのイオンの売り場は高額当選で有名だからな」

「そうなんだ」

「よし、俺も夏競馬は少し控えめにしてサマージャンボ狙うかな」

「でもね、なんかヘンなんだよね」


 そう言うと満面の笑みだった妹の顔が少し曇る。


「何がだよ」

「イオンの売り場、過去の当選ビラは沢山貼ってあったのに、大介の二等の貼紙はしてなかったんだ」

「当選が多すぎるから二等くらいだと貼りきれないじゃねえか」

「やっぱそうなのかなあ・・・」

「いいよな、十万か~」

「あ、そうそう、当選案内って言えばさ、最寄駅もよりえき前の売り場からも二等が出たらしいよ」

「え? あんなちっちゃな売り場でか?」

「うん、今日貼紙がしてあった」

「マジかよ」

七海ななみはそこで買ったから、かなり期待していたみたいなんだけどね。結局七海も300円止まりだったけど」

「まあ、それが普通だわな」


 俺が相槌あいずちを打つと、思い出したかのように今度はこっちの話題に触れてくる。


「それよりアニキ、競馬はどうだったの?」

「ああ・・・まあそれには触れるな」


 ポケットから出したちゃぶ台の上の雑多なモノ、その中からバラバラに投げ出されたハズレ馬券を恨めしく睨む。


「ふ~ん、ダメだったわけね。それでこれがハズレた馬券と」


 俺が投げ出した馬券、更にはコンビニのレシート、どこでもらったのか忘れた広告のチラシをペラペラと指先でめくる彩葉。その目が大きく開かれる。


「ん? ねえアニキ、この『おさわり城 らぶらぶ』ってなに?」


 妹が手にしたポケットティッシュを見て一瞬、汗が噴き出る。


「い、いや違う、違う・・・え、駅前で配られてたんだよ・・・」

「え~ホント? なんかアヤシイ・・・」

「ば、ばか! 俺がそんなトコ行くわけないだろ」


 まあいいか、と言いながらハズレ馬券を手に取る彼女。生まれて初めて見るのか、裏面に磁気の通ったその馬券に興味津々の様子だ。大きな目を更に大きくして聞いて来る。


「これってどうやって当りがわかるの?」

「あ、それか。CSがあればテレビで見れるんだけど、俺はネットで確認だな。レース後、すぐにサイトにアップされる」

「ふ~ん、なんだか味気ないね」

「そんなことないさ。メインレースは地上波でも放送があるからライブ感覚で盛り上がれるしな。買った馬が来た時は大興奮だぜ」

「で、今日は興奮できなかったってわけね」

「だからそれを言うなって。そんな時もあるさ」


 俺は傷口に塩を塗り込まれた気分でため息を付く。しかしそれでもまだ興味があるのか彩葉はその馬券をトランプのように広げながら眺めている。


「ねえ、じゃあボクが当りかどうかもう一度確認してあげるよ」

「いいって、どうせハズレてるんだからよ」

「わかんないよ~今年の年賀状だってボクが確認し直したら切手シート当たってたじゃん」

「まあ、あれは俺が良く見てなかったからな」

「ね、その当りがわかるサイト、教えてよ」


 しつこく言う妹に、面倒ではあったがスマホにそのサイトを開いて見せる。まあ、なんにせよ、兄妹の間にこうした会話があるのは良いことだ。さっそく俺の差し出したスマホを覗き込む彼女。当たっていれば苦労ないよな。そう思いながら俺はテレビのリモコンをいじる。確か今日は九時から魔法学校シリーズの映画が地上波初放送されるはずだ。


「あれ? これ、当たってないの?」

 しばらくして彩葉が不思議そうな声を出す。


「はあ? 当たってねえって」

 そう言いながらも彼女の真上からスマホの画面を覗き込んでみる。


『京都12レース 2―3』


 彼女が見ていたのは京都の最終レース馬連の結果。残念だが俺が買ったのは東京のレースだ。


「あはは、残念だがそれは場所違いだ。それは京都競馬場のレースの結果だな」


 俺はすぐに目を逸らすとテレビのチャンネルを変える。


「そうなの。じゃあここに京都って書いてあるのは違うの?」

「なんだよ京都って」


 少し面倒に思いつつも再度彼女の方を向く。彼女が俺に見せてくる一枚の馬券。

『京都12レース 馬連1-2 2-3 2-4』? ん? なんで京都のレースの馬券が?? しかも・・・確かに当たっている・・・!


 馬券とスマホ画面を交互に見比べる俺。そんな俺を不審に思ったのかしばらくして彩葉が勘ぐるような声を出す。


「あ~、もしかしアニキ、ボクにはハズレたことにして、大金を手にしてたんじゃないよね~?」

「あ、当たってる・・・」

「そんでそのお金でボクに言えないようなイヤらしいお店に・・・」

「マジ、当たってんじゃん!!」


 俺の雄叫びに彩葉も言葉を途絶えさせてポカンとした表情。


 一方、俺も頭の整理に必死だ。確かに昼過ぎまでは京都のレースも買っていた。しかし元手も少なくなり、ダービー以降は東京のレースだけを前売りで買って競馬場をあとにしたはず。しかも「2―3にいさん」はその発音がなんとなくむず痒くていつもあえて避けて買っている出目だ。

―――ん? 競馬場をあとにした??


「あっ!」

 俺がその出来事を思い出すのに時間は掛からなかった。そう、ウインズの出口で老人とぶつかったこと、あの時、馬券をぶちまけたこと。


「そっか、あの時入れ違ったのか・・・」


 ようやく合点の行った俺に彩葉も我に返ったようにまた聞いて来る。


「アニキ、本当に気付いてなかったの?」

「ああ」


 俺はことの一部始終を彼女に聞かせた。


「じゃあ、アニキの馬券はそのお爺さんが持って行っちゃって、代わりに間違えて持ち帰った馬券がコレってこと?」

「ああ、そうなるなきっと」

「わあ、それじゃあそのお爺さんかわいそうじゃない!」

「んなこと言ったって今更どうしょうもねえよ。どこのじいさんかも知らねえんだからよ」

「アニキ、もしかしてわざと当たりそうな馬券とすり替えたんじゃないの?」

「バカ言え! 最初からそんなのわかってたら苦労しねえってーの!」


 そう言いながらも俺の胸は高鳴っていた。配当48.7倍。1000円の掛金だから五万円近くになる。


「ふ~ん、馬券の入れ替わりか~。アニキ、もう一生いいことないね・・・」


 興味なさそうに呟く彩葉。そんな彼女の目が急に疑問を宿したように見開かれる。


「ん? 入れ替わり? 当たりそうな馬券・・・?」そう呟くと何を思い立ったのか俺にヘンなことを聞いて来る。

「ねえ、宝くじのバラってさ、開封しなくちゃその中身の番号なんてわからないはずだよね・・・?」


 バラの中身? そんなの一枚目の数字がわかればだいたいわかるじゃんかよ。

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