小太郎④ ウインズ鏡ヶ丘・午後

 昼食を終えた俺は、その後もいくつかのレースに手を出したが、結果はさっぱりだった。


「ちぇっ! 今日もオケラかよ」


 手持ちがなくては勝負にならない。仕方なく俺は帰りの電車賃を差し引いた全額をメインの日本ダービーを含め夕方のレースの前売りに全投入し、「ウインズ鏡ヶ丘かがみがおか」を後にしようと出口に向う。


「おっとっと、ごめんよあんちゃん!」


 そんな俺に酔っ払いの老人がぶつかって来る。手にしていた馬券と競馬新聞が地べたに落ちる。


「おお、すまんすまん・・・」


 そう言いながらゆっくりと腰を屈めようとする老人。彼も馬券を落としたようだ。そんな緩慢かんまんな動きに付き合っているほど今の俺は穏やかではない。先に腰を屈めると自分の馬券と新聞を広い上げる。いまだにまごまごしているその老人の馬券と一緒に落とした酒のおつまみらしきスナックもついでに拾ってやる。


「おお、こりゃ悪いのぉ」

「あ、いいですよ。じゃ!」

「ああ。あんちゃんもガンバレよ」


 そう言う老人の声を背後に聞きながら出口の扉を開く。


―――ちぇっ! どうせなら若い女子にでもぶつかられたかったぜ。この分じゃ残りの馬券も望み薄だな。


 そんな事を思いながらウインズ鏡ヶ丘をあとにする。まだ夕暮れには早い野外は、浜風とともに新緑を照らす陽射しがすでに初夏の訪れを告げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る