彩葉③ 宝幸神社

 放課後のチャイムと同時に学校を飛び出したボクと七海ななみは近くの神社に向っていた。私のカバンの中には近所のスーパー「ハルダイ」併設のチャンスセンターで買ったドリームジャンボミニがバラで十枚、今日はその当選祈願だ。


 辿たどり着いた神社はその名もたかし『宝幸神社ほうこうじんじゃ』! いかにも宝くじが当たりそうでしょ。


 事実、その御利益たるやかなりのものらしく、一説では一億円の宝くじを当てた人がそれを元手に会社を立ち上げ、今では従業員を雇うほどの企業に成長させたらしい。まあ、真実はわからないけど。


 なので今日も平日にもかかわらず、そんな御利益にあやかりたいと、神社はさもしい根性をした人々で溢れかえっている。


「平日なのにすごい人出だね」

「みんな楽して金儲けがしたいのよ」


 ふん、と周囲をあざけるように鼻を鳴らす七海。ボクたちだって同じだよね? なんとなく気恥ずかしいボクは柏手かしわでの音も小さく心の中で祈った。どうか一万円で良いから当たりますように・・・。するとそんなボクの隣で、お相撲さんが仕切り中にするような大きな柏手を打つ音。それに続いて、声高々にお祈りをする声が。


「神様! お願いします! 百万! 百万円が当たりますように!! なんでもしますから! お願い、お願いしますぅーっ!!」


 たっぷり時間を掛けて深々とお祈りした彼女は、今度はボクの手を握ると思い切りその手を引く。


「い、行くわよ彩葉いろは!」


 ど、どこに行くの?

 彼女の向った先は社務所しゃむしょに併設された売店・・・つまりお守りとか売っているあそこだ。


「金運、金運と・・・」

 すかさずお守りを物色した彼女は迷わず『金運祈願』を書かれた黄色いお守りをゲット! それを後生大事に両手で包み込むように見つめる。七海ってこんな子だったっけ?


「さあ、次行くわよ!」

「次?」


 ボクが言葉を発する前に彼女はまたもや手を引くと、片隅にあったおみくじ売り場へ。そして巫女みこさんにムリな注文。

「ねえお姉さん、大吉はどれですか!?」

「だ、大吉ですか・・・」


 もう! さっきからかなり興奮状態の彼女。そのツンととがった鼻からはフンフン! と荒い鼻息がれている。まさに競走馬が興奮してかかり気味になっているようだ。


「あ、気にしないで下さい」

 ボクは巫女のお姉さんにそう言うと、自らもおみくじを一個手に取る。


「おお、彩葉も気合い入ってるねー!」

 七海の目が光る。キミほどじゃないけどね。でも神社に来たからにはおみくじだよね。宝くじはともかく、学力の方はなんとかしなくちゃ。ギリギリで入った高校、このままでは最初の中間から赤点コンプリート間違いなしだもん!


 ボクは早速百円玉をおみくじ脇の小箱に入れると、山盛りになったおみくじからそのひとつを取り上げる。大吉・・・いやいや中吉くらい出ないかな。

 そんなボクの隣で突然、七海が大声を上げる。


「げげーっ、サイアクー!!」

「どしたの?」


 ワナワナと震える手には、すでに開いたおみくじが握られている。覗き込むその上部にひときわ大きく印字された『凶』の一文字。


「ちょっと! 凶ってなによ! 信じられない!」


 そう言いながらも、食い入る様にその下に書いてある細かな文字にも目を通す彼女。へえ~、凶なんてのもちゃんと入っているんだね! 


 ヘンなところに感心しているボクの心を読んでか、七海が相変わらず大きな声を口にする。


「なんで凶なんて入れとくかなあ。空気読めよ!」

「本当だね。凶も出る事あるんだね」

「それに見てよ! 恋愛「望みなし」だって! マジさいあく! 人の恋路について勝手に決めんなし!」


 恐れ多くも神様に文句をれる七海。バチが当たらなければいいけど!


「ねえ、彩葉はどうなのよ!?」

 そう言ってボクの手元を覗き込む彼女。


「あ、ああボク・・・?」

 その問いかけに止めていた手を動かし、丁寧に織り込まれたおみくじを開いてみる。

「末・・・吉・・・?」

「ちっ! 彩葉ばっかズルイ!」


 末吉? 末吉って・・・吉より良いんだっけ? 悪いんだっけ?


「あ~あ、凶か~! 学業「高望みするな」、体力「衰えあり」、捜し物「出て来ず」・・・って、サイアクかよ!!」


 すぐに自分のおみくじを再度恨めしそうに眺める七海。


「そうだよね、フツー神社のおみくじで凶なんてあまり聞かないよね・・・。あ、でも見て見て」


 そう言ってボクは彼女のおみくじの下の方を指さす。


「ねえここ、金運「かすかな望みあり」ってなってるよ」

「かすなな望みって何よ! 抽象的すぎて意味わかんないわよ」

「うう~ん、今回の宝くじで三千円くらい当たるって意味かなあ?」

「三千円ってモトじゃん! それになんかニュアンス違うくない?」

「そっかなあ・・・?」

「よーし、もう一回!!」

「えっ? また引くの?」

「当たり前じゃん! 大吉が出るまでやるに決まってんでしょ!」


 その時、広場に植えられた杉の大木の影から一人の男子が近寄って来た。大介だいすけだ。


「なんだお前ら。こんなトコで会うなんて珍しいな」

「あ、大介! ・・・って、それを言うならアンタこそ珍しいじゃん」

「そうか?」

「そうよ。神様に縁もゆかりもなさそうなアンタがさ」

「バカ言うなよ! ここをどこだと思ってんだよ」

「ん? 宝幸神社だけど」

「そうじゃなくってよ。ここ、勝負事の神様さまなんだぜ! 俺はココイチの勝負の前には必ずココに来る」

「ははーん、結局アンタも宝くじの当選祈願ってことね」

「まあそれもあるけどな。で、お前らは? そっかお前らも当選祈願か?」

「まあ、そんなとこかな」

「なんだよ彩葉。お前、あまり乗り気じゃなかったクセにヤル気満々じゃねえか」

「いや、ボクはそんなに・・・」

「あったり前でしょ! 大金が掛かってるんだから」


 ボクのモチベの低さを七海が代わりに否定してくる。


「大介だって一緒じゃない。一等祈願! でしょ?」

「まあ、それもあるけどな。あと今日はこれからスロット回しに行くし、週末はダービーもあるし、全部ひっくるめてだな」

あきれた~。そんなことよりさ、折角だから一緒に写真撮らない? 今回は共同購入みたいなもんなんだからさ」

「写真?」

「そうよ! さっき社務所しゃむしょの壁にポスターが貼ってあったんだけど、あの杉の木の下で願い事すると叶うらしいよ! だからあそこで!」


 七海のその言葉を聞いた瞬間、何故か大介の瞳が怪しく光った・・・のは気のせいかな?


「じゃあよ、みんなで買った宝くじを抱えてポーズとかいいんじゃねえか?」

「わあ、いいわねそれ! 大介、ナイスアイディア!」

「御利益あるかな」


 ボクも疑問を残しつつも同調すると、その子供っぽい彼の提案を受けるべく、バックの中から自分の宝くじを取り出す。


「こうやってJK二人と写真に収まれるなんて貴重だよ!」そう大介に恩着せがましく言う七海に従ってボクたちは杉の木の下へ向うと、それぞれに購入した宝くじを胸元にあてがう。


「じゃあ行くよ~! はいピース!」

 掛け声とともに自分のスマホをボクたちに向ける七海。―――パシャリ! パシャリ!


 七海本人は両手がふさがっているため、ピースサインこそできなかったけど、ボクたちは仲良くその写真に収まった。おみくじの内容にしょげていた七海だったが、テンションが上がったらしく、どうやら二本目のおみくじのことは忘れているようだ。


「じゃあ次は俺のスマホでも撮ろうぜ」そう言ってポケットから自らのスマホを取り出す大介。

「ちょっと! 宝くじはいいけど、アンタの写真に私の顔が写るのはイヤ」

「な、なんでだよ!」

「なんでって・・・何か悪用されそうだもん」

「す、するかそんなこと!」

「とにかくダメって言ったらダメ! 私は男子の写真には顔出しNGなの!」

「チッ! わかったよ。まあ、今回の主役は宝くじだからな」


 そう言うと彼は、こちらに向けて伸ばしていた右手を少し折り曲げる。この角度だと七海の心配していた顔までは写らないだろう。


「んじゃ、宝くじ中心で・・・」パシャリ!


 そんな彼の注文に仕方なく応じた七海だったが、テンションは上がっていた。


「うんうん、盛り上がってきたねー。お参りもしたし、これで当選間違いなしね!」

「おうよ! 三人で確率は三倍!! 当選発表、そして俺たちの開封の儀式が楽しみだぜ!」


 そう言い残すと彼は宝くじをしまい、そそくさと境内けいだいを出て行った。

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