彩葉① 教室

「オイシイ話があるんだけど乗らないか?」


 顔を上げると、自慢の茶髪に手ぐしを入れながら大介だいすけがボクを見下ろしている。


「オイシイ話?」


 首を傾げ、疑問口調で言葉を返すと、前の席の七海ななみが振り返る。

「なになに? オイシイ話って?」


 そんな二人の視線が自分に集まっていることを確認すると、さっさと隣の空席に腰掛ける彼。


「ああ、いいもうけ話だ。まあ絶対はないけどな」

「儲け話ね・・・。ね、それってアヤシイ話じゃないわよね?」


 早くも興味を持ったのか、眉間にシワを寄せながらも身を乗り出す七海。


「全然! そんな事ねーよ! 国がその安全性を認めている」そう胸を張りながらそれに答える彼―――。


 クラス一のお調子者で、競馬、パチスロ、麻雀等々の賭け事はプロ級、その毎月の収益は十万を超えるとか超えないとか。その上、尻軽で・・・まあ、それは一旦置いておき、そんな大介が「儲け話」とやらを持って来たボク。


 あ、言っておくけどボクって言っても正真正銘、花のJKだからね。

 なんかアニキと二人きりの生活が長いせいか、いつの間にか一人称まで男の子っぽくなったけど、これも個性のウチだと思ってもらえるとありがたい。


 本名はもちろん「ボク」ではなく那須彩葉なすいろは。どう? 可愛らしい名前でしょ? 七海からはよく不釣り合いな名前だって言われるけど、ボクは気に入ってるんだ。そのうち名前に負けないくらい可愛らしい女の子になるからよろしくね。


 そんなボクの目の前の席に座るのが幼なじみの七海。短髪刈り上げのボクとは違って黒い長髪がとっても良く似合うこれまた花のJK。まあ、同じクラスにいるんだから当たり前だけど。


 そんなボクたち二人を相手に、大介は更に熱弁を振るう。


「なあ、乗れよ! 一人三千円ポッキリで大きな夢が叶うかもしれないんだぜ」

「だからいったい何の話なのよ。内容を言わなくちゃわかんないじゃん」


 そりゃ七海の言う通りだ。「儲かる」「乗れ」「大きな夢」と言われたってね。至極当然な返しに、少し前屈まえかがみになりながら「じゃあ説明すっな」と、珍しく真剣な表情を作ると彼は話し始めた。


 まんで話すとこうだ。

 今発売しているドリームジャンボ、要するに宝くじ、それを共同で購入しないかと言う提案だ。そのルールとして一人三千円を出してそれぞれ別の場所でバラを十枚ずつ購入する。それを各々持ち寄り、当選発表の翌日、つまり来週の日曜、大安の日に参加者立ち会いのもと、開封式を行なう。


 当りが出たら基本的にはそのバラ十枚を買ってきた本人のモノになるが、分け前として他の参加者にそれぞれ当選金の一割ずつを還元する。但し、元締めの保障として当選金の半額は担保され、六人以上の参加者がいた場合は、残りの五割を外れた人数で等分する、と言うものらしい。


 つまり六人で買ってもし百万円が当たったら、買って来た人は最低保障で半分の五十万円、残りの五十万円を五人で分けるからそれぞれ十万円ずつ貰えるってことかな。


「な、いい話だろ? 一人だったら買えてもせいぜい十枚。十枚ごときで当たるほど甘くはない。ところがみんなで買えば当選確率だって倍々ゲームで上がって行く。このやり方で買えば人数を集めただけ当選確率も格段にアップする画期的なシステムさ」


―――うーん、なんか良く聞くような話だけど・・・。

 しかしそんなボクの思いなどつゆ知らず、すぐに同調する女子一人。


「そっか、じゃあみんなで買えば当選できるじゃん! やるっきゃないね!」


 早くも目を輝かせて七海が腰を浮かす。すでにそのつぶらな瞳は「$マーク」になっている。


「そうだぜ。もし百万とか当たったらどうするよ!? みんなに分けたって最低五十万だぜ!」

「そうね、もし自分のが外れても他の人が当たれば十万ってことよね!? やるっきゃないわね!!」

「そ! そんでさっきも言った通り、この作戦は参加人数が増えれば増えるだけ確率が上がる。だからできるだけ人数を集めたいんだ」


 大介がそう言い終わると同時に七海がボクに視線を向ける。


「ねえ、彩葉もやるわよね! こんなオイシイ話はないわよ!」

「う、うん、そうかな・・・」

「よし決まりだ! まずは二人ゲット! 他には・・・」

―――え、決まりなの? まあ、法に触れるワケでもないし(正確には未成年はダメかもだけど)三千円くらいならバイト代でなんとかなるからいっか・・・。


 そんな事を考えていると、辺りを覗っていた大介の視線が隣の颯真そうまとらえる。その視線を彼がらすように見えたのは気のせいか。


「おお颯真! お前も乗れよ! 話、聞こえてただろ」


 するといつものように少し冷めた表情で彼がこちらを向く。


「あれだけ大声で話していれば聞こえるよ」

「おお、だったら話は早い。どうだ! 乗れよ! たった三千円で夢が買えるんだぜ!」


 すると明らかに失望したような表情で彼が返答する。


「大介の論理は基本的に間違っている。宝くじの還元かんげん率って知ってますか? 恐ろしいことにわずか五割弱しかないんですよ。つまり百万円賭けて四十数万円しか戻って来ない計算です。ギャンブルとして認識されているアノ競馬だって還元率は八割近く、それを遙かに下回るのが宝くじです」

「ま・・・それはそうかも知れねえけどよ・・・」

「ところでこの国で起こる交通事故の件数って知ってる? 一説では年間三十万件とも四十万件とも言われています。一方で宝くじの高額当選とされる百万円以上の当選者、これが年間わずか二万人! 事故なんてよほどでなければ起こさないと考えている人が、そのわずか数パーセントの確率の宝くじを『当たるかもしれない』と思って購入する―――こんなナンセンスな話ってありますか?」

 それだけ言うと彼は広げた教科書に再び目を落とした。


―――う~ん、確かにそんな話も聞いたことあるような・・・。


 そんなボク達の表情を見て大介が慌てて声を上げる。


「た、た、宝くじは儲けが目的じゃねえからよ。夢・・・そうだよ夢だよ、夢! 夢を買うのが宝くじさ! あははは・・・」

―――さっきまでしきりに「儲け、儲け」って言ってたよね?


 しかしそんな彼の発言に七海も頷く。


「そ、そうよね、夢だよね! それに、もし当たれば十代目ブラザーの全国ツアーにも参戦できるし、通販グッズも大人買いできる!」

 そう言って両手を胸の前で組む七海。


「じゃあ七海と彩葉は決まりってことで!」


 そう言うと彼はチラと颯真を一瞥しながら教室を出て行った。きっと他のクラスでも同様の話を持ちかけるつもりなのだろう。

 目の前では早くも七海がうっとりとした表情で両手を胸の前で組んでいた。

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