day28:ヘッドフォン

 ちょっと前に流行ったハワイアンパンケーキが、このカフェの売りらしい。確かに周りを見ると内装もどことなくハワイ風だ。とは言え私が頼んだのはエッグベネディクトで、パンケーキではないんだけど。妹はオムレツ。


 卵を突き崩しながら、母のプレゼントの話をする。もちろんじょうろをあげるんだけど、それだけっていうのもなと思って。花束かなあ、みたいなことを言ったら、じょうろあげるんだから鉢植えにすれば、と妹が言って、私はそれもそうだなと思った。

 母は自分の部屋の窓際にいくつか小さな鉢を並べている。窓は南東向きだけど、母はそれにあぐらをかかず、気候や天気を見ては鉢を庭に持って降り、日光浴させたりしている。だからみんなほとんど屋内にいる子にしては、とっても元気だ。


 ついでに鉢も探そうかと思い、私は周りを見回した。店内は板張りで、観葉植物が一杯置かれている。全部が違った鉢に入っているけど、床に直に置いてる大きな鉢では参考にはならなかった。

 そうして店内ぐるりを見てみると、案外ひとりのお客さんも多かった。妹が背を向けている通路を挟み、向かい側の高校生っぽい女の子もそう。テーブルには空のお皿と、もはや水ではっていうくらいに薄くなった元・アイスコーヒーと、なんかの参考書が開かれているけど、その子が凝視してるのは参考書を下敷きに構えたスマホ。しかもヘッドホンまでして。参考書、要らなくない?

 私がああいう参考書を開いていたころは、お小遣いが全然足りなくて、カフェで勉強しようなんていう友だちの誘いは適当に用事をでっち上げて断っていた。そういう友だちが、大学名をデカデカと書いた過去問を買ってるのとかを、なんとなくバカにしたような気持ちで見てた。どうせそれを開いて勉強してるフリをして、そういう自分が好きなんだろうなって思ってた。きっとその参考書は演出の小道具で、本来の用途になんて使われない。

 でも、もしそれができるくらい、私もお金を持っていたら、たぶん私も、そうしてた。

 だからこれは半分以上、ひがみだ。


 なんだか嫌なことを思い出しちゃったなと思いながら手前に目を戻した。オムレツを食べ終えた妹は、テーブル脇に立てられたメニューに手を伸ばしている。私はそれを取ってあげながら聞いた。

「デザート?」

「そう。入るような、入らんような……」

「じゃあ二人で一つ頼む? 私もちょっと食べたいけど、ちょっとだけでいいし」

 妹は、じゃあそうしようと答えながらメニューを開き、私の意見も聞いてから、ケーキとアイスが乗ったデザートプレートに決めた。


 振り向いて店員さんを呼んだ妹は、注文を終えると私のほうを向き直り、少し身を乗り出して、ひそひそ声で言った。

「後ろの人、めっちゃゲームしてる。お姉ちゃんと同担かも」

「え。画面まで見えたん?」

「カットインがギリ見えただけだから違うかもしれんけど」

 私は少し腰を浮かしてそっちの人を改めて見たけど、私の位置からじゃスマホの画面は全然見えなかった。私はため息をつくと椅子に掛け直し、妹に言った。

「でもああいう、カフェで勉強してるフリ、やりたかったよな」

「え? そう?」

「うん。なあ、ちいちゃん。私だけ専門行って、ずるかったよなあ」

 妹は眉を顰め、「なんで?」と聞いた。

「だってちいちゃん、美容師の学校行けんかったやん」

「でも、ならお姉ちゃんは、行きたかったん? 経理の学校」

 私は少し考え、うなだれながらフォークを手にとると、プレートに残った卵の黄身を真ん中に寄せながら、答えた。

「わからん」

「やろうなあ。だから全然うらやましくなかったよ」


 そうなんだ。じゃあいいか。

 私は「ならいいわ」と言うと、フォークを置いた。


 

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