day26:深夜二時

 あまりに暑くて目が覚めた。

 もう最近はエアコンを一日つけっぱなしなんていう家が多いのは知ってるけど、我が家はエアコンで体調を崩すタイプが大半なので、扇風機と寝ござが頑張っている。母の部屋だけはエアコンだけど。

 もともと風の通りを重視した間取りにしたし、周りの環境的にも、建てた当初は「案外いけるんじゃないかな」と思っていた。でもたった数年で、「そろそろやばいかも」と思い出した。私たちが変わったんじゃない。地球が変わっている。いやまあ、私たちも変わっているかもしれないけど。特に子どもの変化は激しい。去年と身長体重、どのくらい違うだろう。語彙もめちゃくちゃ増えたしな。


 夫と子どもたちを起こさないように部屋を出ると、真っ暗なまま廊下を通り抜け、居間に行った。電気のスイッチに手を伸ばしたけど、やっぱりやめて、手元のスマホの画面を外に向けて周りを照らしながら冷蔵庫まで進む。扉を開けたら明かりと冷気が出てきた。でも私は大人なので、この冷気を楽しんだりしないぞ。麦茶のボトルを取り出すと、すぐに扉を閉めた。

 シンク脇に伏せてあったグラスに半分くらい麦茶を注ぐと、居間を横断して掃き出し窓のそばへ。不用心なことはわかりつつも網戸にしてあるけど、風向きのせいかほとんど空気の流れを感じない。私は網戸を半分開け、グラスを持ったまま、スリッパを履いて外に出た。


 うちの周りは、山を大規模に削って造成し、エリアごとに売り出した住宅地だ。だから遠くからは、斜面にみっしり建った家がなんだか、しめじみたいに見える。でもその感想を伝えたら夫はピンと来てなかった。ばらばらにされる前のしめじになじみがないせいだ、たぶん。

 私の家の周りは区画ひとつひとつが狭めで、その分値段もお手頃だったからか、割と若い家族が多い。道を挟んで向かいのお宅の兄弟は、上も下もうちの子たちと同い年だし、西側のお隣さんちは先々月くらいに二人目が生まれたばかり。親しい人ばかりというわけでもないけれど、他人との距離感なんてそれぞれだし、少なくともトラブルは今のところないから、平穏なエリアだと思う。

 もう少し遠くまで見渡してみても、門扉や玄関ポーチの常夜灯を除けば、この時間に灯りの入っている家はほとんどない。まあそうだろうな、いわゆる丑三つ時というやつだ。繁華街も遠いこんなところで、こんな時間に外に出ている人なんて私くらいだろう。私はなんとなく優越感みたいなものを感じながら、庭の真ん中まで出て行くと麦茶を一口飲み、空を見上げた。


 満点の星空というわけにはいかないが、それでもこの辺なんかは東京(……にも田舎はあると言われるが、そんなの地方民からしたら知ったことではない)に比べたら、とんでもなく田舎で、天の川は見えないけど星は結構見える。私は、あの中や私の目が悪くて見えないだけで視野にはある星々の最低ひとつくらいは生き物が住んでいると思っているし、なんならそっちのほうが文明も進んでるんだろうなくらいの感覚でいるけど、もしそうなのだとしたら、そちらの星からこちらはどう見えていますか。やっぱりしめじでしょうか。いや、しめじのご紹介からでしょうか。ツナ缶と鶏ガラスープとごま油があると簡単に最高な一品になります。


 私は麦茶のグラスをあおり、まるでビールを一気飲みしたあとみたいに息を吐くと、よし、と呟いて庭に背を向けた。


 寝よ。

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