day19:トマト

 昨晩も外で夕涼みをしたけど、父はだいぶお酒を控えるようになったらしく、缶ビールを一本空けたあとはずっと麦茶を飲んでいた。

 父が先に床についてしまったので、母にそのことを聞いたら、数年前からこういう状態らしい。「健康診断の数値を見て決めたみたいよ」と母は言うが、僕はそんなこと全く知らなかった。いや、知ろうとしなかったのだ。つまらないプライドが邪魔をして。

 冴さんは、今気づけて良かったよ、と言ってくれた。彼女はお母さんを早くに亡くしている。見つかったときには手遅れで、恩返しも間に合わなかったと。


 翌朝、顔を洗いに洗面所に行こうとしていると、さとしさんが庭から上がってきた。

 さとしさんは「よく眠れたかい」と言いながら、両手で持った竹のざるを持ち上げてみせた。中にはミニトマトが、ざるの底が見えないほど入っている。

「大漁ですね」

「ななちゃんがドライトマトは食べるらしくてね。ユリさんと冴さんが作るって」

「ななちゃん、なんというか、通ですね」

 僕は苦笑いしながら、さとしさんが一粒投げてよこしたミニトマトを頬張った。ちょっと味が薄めだが、みずみずしくておいしかった。


 ななちゃんは、従兄弟の娘だ。従兄弟の奥さんであるユリさんは栄養士と調理師のダブルライセンスで、スポーツジムと契約し、利用者にオンラインで食事指導をしている。最近はSNS投稿のうち反応が良かったものをまとめたレシピ本も出したらしく、料理に関してはプロ。そういえばドライトマトもユリさんのSNSで見た気がする。

 冴さんもタルトやクッキーをよく作るけど(そしてそれはとても美味しいけど)、本人の自認では本職はフォトグラファーだ。中でも子どもの写真を撮るのが好きで、昨日撮ったというななちゃんとりくくん(ななちゃんの弟)の水遊びの写真は、僕としては店に飾らせてほしいくらい、元気が出る作品だった。


 冴さんにはSNSや口コミで、七五三とか、入学式・卒業式なんかの写真の依頼が舞い込む。その予定がある日は冴さんは、店に出すタルトをいつもより早くから焼き始める。僕がまだ寝ている時間から。

 暗いうちから作業を始めることも多いから、一度僕は「売り切れたら売り切れたで仕方ないし、無理していつもと同じほど準備しなくていい」と言ったこともあるのだが、冴さんはそれに首を横に振った。

 お客さんをがっかりさせない。それが彼女のポリシーで、写真もお店もやると決めた以上は、両方のお客さんを可能な限り満足させたいのだと言う。

 冴さんみたいなプライドの持ち方を、僕はとても、尊敬している。


 口の中のミニトマトを呑み込むと、僕はさとしさんに聞いた。

「父はもう起きてますか」

「うん。かなえさんと犬の散歩に行ったよ。帰ってきたら朝ご飯」

「じゃあ僕、準備手伝ってこないと」

「だいぶ張り切ってるみたいだからね、そうしてあげて」

 そう言ってさとしさんは、奥さんのいる台所のほうを指さした。

「僕も手伝おうとして台所に行ったらさ、あなたがいると狭いって言われて追い出されたんだけど、こういうときって大体、みんなが帰ったあとに、疲れたって言って寝込むんだよね」

「全力投球型ですね」

「常に出力三割くらいで生きてる僕とは正反対なの。でこぼこコンビ」

「そんなことはないと思いますけどねえ」

 僕は笑いながらさとしさんと別れ、顔を洗うと台所に向かった。


 僕のほうがさとしさんよりだいぶ幅も厚みもあるけど、奥さんは僕を歓迎し、コーヒーの準備係に任命してくれた。

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