day17:半年
今月の限定はチョコミントのタルト。もちろん冴さんの作。コーヒーは水出しがよく出るかと思ったら、アイスであれば別に水出しにはこだわらない人も多かった。前からあるブレンドがミントの風味によく合うと思うので、メニューにそのコメントを貼り付けたら、ホットコーヒーを選ぶ人が増えた。
こうしてお客さんに僕の言葉が届くのは、楽しい。
開店直後はさとしさんの予想どおり、なかなか売り上げが伸びなくて、家賃の免除がとにかくありがたかった。とはいえタダで使わせてもらうのはあまりに忍びなく、僕はさとしさんに、よかったらどうぞと言って特別なチケットを渡した。毎日、ご自身とお連れさんふたりまで、無料でその日のおすすめを振る舞うチケット。
さとしさんは結構、友だちを連れてきてくれて、その日お出ししたコーヒーにあわせて、タルトはもちろんクッキーとか、サンドイッチとかを買ってくれた。
でも、ほかのお客さんにはコーヒーは、とにかく一番安いやつばっかり出ていた。タルトは結構、思ったとおりにばらついたのだけど。冴さんに、この辺の人あんまりコーヒーに興味ないのかな、インスタントコーヒーでも売れてたみたいだし、みたいな話をしたら、冴さんは困った顔をして、どうかなあ、と言った。
そんなことが続いて僕が早くもやさぐれ始めたころ、僕はさとしさんに提案を受けて、日々の天気、気温と売り上げやよく売れたもの、逆に売れなかったものとを記録するようにした。
さとしさんがとりあえず半年続けてごらんと言ってくれたのは、商売をかなりナメていた(当時はそんなつもりはなかったのだけど、今はそうとしか思えない)僕を、まずは足元を見ろとたしなめたのだとは思う。
でも、確かに、数字で状況を目の当たりにするというのは自分を冷静にさせるものだ。僕はその記録をつけ始めてわずか二週間で、自分の思い上がりを反省した。
そのあとは自分でもびっくりするくらい順調にいった。店も、冴さんとの関係も。もちろんいきなり黒字になったわけではないけれども、さとしさんが言った半年で、僕らはさとしさんに家賃を払い始めるようになった。
僕らは最初の家賃を、振り込みをするという決まりになっていた契約書には違反するけれども、さとしさんに直接手渡ししたくて、ご自宅に伺う日を調整した。
和室の座卓を挟んで向かいに座ったさとしさんは、僕から家賃を受け取るのと引き換えに、何度も財布から出し入れされてボロボロになった手書きのチケットを僕に返してくれた。僕はそれをすぐには受け取らず、「よかったらこれからも使ってください」と言ったが、さとしさんは「お小遣いが増えたから大丈夫」と、家賃の封筒を示してにっこり笑った。
それからさとしさんは、座卓の下からA4くらいのサイズの平たい箱を取り出した。
「これは、あきらから」
そう言いながらさとしさんはその箱を座卓の上に置くと、僕のほうに押し出した。
「父から?」
「そうだよ。きみもあきらも素直じゃないからねえ。なんで僕を通すの? って聞いたんだけど、恥ずかしいんだってさ」
僕は隣に座った冴さんと顔を見合わせると、箱の蓋を開けた。
中には金属の文字で、店名と「HALF ANNIVERSARY」と書かれた木の板が入っていた。箱から出して裏返すと、壁にかけられるようにフックがある。その下のほうに、やたら大きな「父より」という筆文字。
冴さんが、「お父さん、達筆だね」と笑った。僕は、うん、と頷いて、その板をまた、そっと箱にしまった。
僕は翌日、さとしさんから返ってきたチケットに、これまでの人生では一番長い手紙を添えて、父に送った。
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