day16:窓越しの
ご想像のとおり、僕らは店の名前に「灯台」を使うことにした。そのままではないけど。
僕の大学同期にロゴデザインを頼んで、ウィンドウサインの作成はさとしさんの知り合いの印刷屋さんに発注した。印刷屋さんはショップカードも一緒に作ったらと言って、いろんなパターンを提案してくれた。
さとしさんは初日に来て、
一方、僕の父は、僕が勤めていた会社を辞めてしまったことをあまりよく思っていなくて、店にも一度も来ていない。
美大を卒業こそしたものの望んだ職につけずフラフラしていた僕にあの会社を紹介してくれたのは父だ。きっとかなり頼み込んでくれたのだと思う。だから申し訳ないな、とは思っている。今も。でも、あの会社は僕には合わなかった。冴さんとはその関係で出会えたので、現時点ではあの会社を経由したことは人生のトータルでいえばプラスだけど、あとわずかでも長居していたらマイナスになったかもしれない。そのくらい僕向けではなかった。冴さんがあの朝「辞めたら」と言ってくれなかったら、僕は今ここにいたか、自信がない。
父は名前を「あきら」と言って、漢字は「聡」。さとしさんが「暁」なので、よく読みを反対に間違われたそうだ。冴さんを父に引き合わせたときも父は冴さんにその話をした。冴さんは「お聞きしちゃったせいで、逆に間違えそうです」といたずらっぽく言い、その場を和ませてくれた。もちろん父も母も、僕らの結婚を歓迎した。
冴さんは、その挨拶のときと、結婚式のとき以来、父には会っていない。僕も、その後僕が仕事を辞める背中を押してくれた冴さんを、父がどう思っているのかには自信がなかった。だから僕は父とは連絡をとらないままになった。父に冴さんのことも悪く言われそうで怖くて。
店名を貼った窓には、さっきざっと降った雨粒がついている。今はだいぶ小降りになったけど、今日みたいな日はお客さんが減りがちだ。僕はカウンターの中でネットショップのページを整えながら、この雨粒のついた窓を背景に商品写真を撮ってもいいな、と思った。
僕がバックヤードの冴さんに声をかけると、冴さんは一瞬顔を出し、またすぐ戻って、カメラとかの機材を持って出てきた。僕は写真を撮ってもらうドリップパックをショーケースから出し、それを持って窓辺の席に向かった。
この席は佐倉さんが指定席みたいにしている。佐倉さんは、共用部分管理のことでお世話になっている不動産屋さんの担当さんだ。ここの物件で前、朝の短時間だけコーヒースタンドをやっていた人がいると教えてくれたのも佐倉さん。その人は、お店の形態が違い過ぎるから参考にならないと言って、お客さんの動向とかの僕が知りたかったことには答えてくれなかったけど、その後ちょくちょくお店には来てくれている。
僕と冴さんがテーブルのセットをしていると、窓の向こうをバスが通り過ぎた。冴さんは外に顔を出し、すぐひっこめると、「後にしよっか」と言って機材をしまった。
すぐそばのバス停を、平日午後三時二十六分に通るバス。開店から数ヶ月、ある年配の女性は週に二、三回、それに乗って、僕らとおしゃべりをするのを楽しみに来てくれるようになった。僕は急いで戻るとタオルをカウンターに置き、それからあのお客さんがいつも頼むセットの準備を始めた。
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