day14:さやかな
軽の持ち主の子がちょっと自信がないというので、大神さんは彼女からキーを受け取るとその軽の運転席に乗った。すぐ出すのかなと思ったら、助手席の窓を開けて、持ち主に「乗って」って言う。
私は少し離れてその様子を見ていた。どうやら「このあたりでハンドルをこのくらい切って」みたいなレクチャーをしているみたい。女の子は少し不安そうな顔で頷いたり、周りを見たりしていた。
無事に車を入れたあと、大神さんは自分の車に乗り換え、慣れた感じで駐車した。私はその様子を女の子と並んで眺めた。行きがかり上、ちゃんと彼女が家に帰るのを見送ろうと思って。
女の子は頭に巻いてたタオルを、今は畳んで手に持っている。シャンプーのいい匂いがした。
「ぶつけたこともあるんだって?」
私は彼女に、大神さんの車からうっすら聞こえてくるバックの電子音を背景に聞いた。
「そうなんです」
「バックモニター、ついてないの?」
「急に仕事に必要になって、とにかく安いの買ったので……」
私は彼女が学生じゃないということに、ちょっとびっくりした。彼女は続けた。
「そしたら反対側の隣の人が、狭いから離してって置き書きしてきて。それでそっちばっかり気にしてて」
「え? でも自分の枠内に収まってれば別に、文句言われる筋合いなくない?」
「私もそう思ったんですけど……」
「それはさあ、向こうが工夫することだよね」
私は彼女の車の向こう側に見える、その「反対側の隣の人」の枠に目をやり、あ~、と思った。大神さんの車より、体感的にはさらにいかつい外車だった。車高も高い、オフロードっぽい車。
「めっちゃ挟まれてるんだね。この枠」
「そうなんですよ。だけどほかの枠空いてなくて。なんか、聞いたら、ここいつもすぐ空くみたいなんです。管理会社には、近所に駐車場借りる人もいるよって言われて」
「空く理由って隣?」
「たぶん」
私は、そうなんだ、と呟きながら、降りてくる大神さんを見た。
大神さんは、彼女と二言三言話したあと、私に、それじゃ、と会釈をして行ってしまった。私は彼女の車の前まで歩いていき、彼女の車の両隣を交互に見てから後ろを振り返った。私の車が駐まっている。私は私の車に、やばい隣人と戦う覚悟を問うた。もちろん車はオッケーした。
私は残された女の子を手招きした。女の子は不思議そうな顔で、小走りでやってきた。
「なんですか?」
「よかったら、私と枠交換しない?」
「え?」
「私の枠、あそこなんだけどさ」
私は後ろを指さした。いわゆるコンパクトカー。でも軽ではないから、彼女の車よりはたぶん幅がある。隣は軽と、国産のファミリーカー。彼女は、いいんですか? と聞いてきた。
「こっち駐めにくいですよ」
「大丈夫、私わりと運転うまいし」
女の子は不安げだ。私は年長者の余裕を見せてやりたくなった。
「それに、左右に高級車、従えてみたいし」
きっとそれを言葉どおりには受け取っていないだろうけど、女の子はほっとした顔になって、迷惑じゃなければ是非お願いします、と頭を下げてきた。
私は満足げに頷き、じゃあ管理会社に連絡しとくねと言って、彼女の名前と部屋番号を聞き出した。四〇一の、西田真紀ちゃん。おととい二十歳になったって。
その日早速私は、真紀ちゃんと車を入れ替えた。彼女は本当にうれしそうな顔で何度も頭を下げてくれた。たったそれだけのことだけど、私はなんだかとても晴れやかというか、すっきりした気持ちになって、ニコニコしながら帰宅した。
迎えてくれた潤ちゃんが、いいことあった? と聞いてきた。
私は、自慢をするとなんだかこの気持ちが濁ってしまう気がしたので、潤ちゃんには「何も」と、元気に返事をした。
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