day12:チョコミント
潤ちゃんと半分こにした夏限定のタルトはチョコミントのだった。潤ちゃんは向かいに腰掛けた私に、「チョコミントにしては色がやさしい」と言っていたけど、私が彼から分けてもらった半分を食べ終えてしまうまで、自分の分を口に運ぼうとしなかった。
私は、ふと、潤ちゃんもしかしてミント嫌いだったっけと思ったけど、後の祭り。潤ちゃんは私のその不安を察してか、フォークを握り直すとタルトを一口食べた。
私が見ている前で、潤ちゃんは斜め上を見たまま、じっくり味わうように口を動かし、やがてそれを呑み込んだ。私は少し身を乗り出して聞いた。
「ごめんね。もしかしてミント、苦手だった? 買う前に聞けばよかったね」
潤ちゃんは頭を振ると、私が入れたコーヒーのマグカップを引き寄せ、一口すすってから答えた。
「大丈夫だよ。実はミント、あんまり好きじゃなかったけど、せっかく買ってきてくれたものだから食べたいって思ったし……」
「食べたい? 食べなくちゃ、じゃなくて?」
「食べなくちゃ、じゃなくて」
潤ちゃんは、それに、と言いながらタルトの残りにフォークを刺し入れて続けた。
「もっと歯磨き粉みたいな味すると思ってた。でも食べてみたら結構美味しいもんだね。勇気要ったけど、これからは認識を改めないと」
潤ちゃんが二口目をすんなり口に運んだので、私はちょっとほっとして、浮かせていた腰を下ろしながら言った。
「だったらよかった。だけどさ、潤ちゃん、嫌なことは嫌って、我慢しないで言っていいんだよ。というか、言ってね。気づかないまま嫌なこと、したくないし」
私は、潤ちゃんが私に見せまいと新聞の下に隠したもののことを思いながら、言った。
潤ちゃんは真面目で、優しい。そのせいで、人に言われたことを全部真正面から受け止めて、なんとか期待に応えようと奮闘した。私からしたら、そんなの応える必要ないじゃんと思える理不尽なものも、全部。まともな球も、ズレた球も、そしてデッドボールさえも全部受け止めて、彼はひとつずつ、丁寧に返した。
潤ちゃんの鬱は、でもたぶん、その奮闘だけが原因じゃない。潤ちゃんが頑張って作り上げ、差し出したものを、潤ちゃんにそれを要求した人は必ずしも、潤ちゃんほど誠実には受け止めなかった。そんなことが多すぎて、潤ちゃんは折れてしまった。
私は他人が自分にどんな期待をしてるかとか、ほとんど気にならないタイプだ。だから、そういう潤ちゃんのことを、なんていい人なんだろうと思う反面、気の毒でたまらなくなる。同時に、要領のよさだけで身の丈に合わない評価を受けてる自分と比べて、ちょっとしんどい気持ちになる。
潤ちゃんは、清く、正しい。だから美しい。私は、汚く、ずるい。ならば私の形容詞はなんになるんだろう?
リモコンで遊んでいた裕真が、いつの間にかこっちを見ていた。私は裕真を呼んで膝に乗せ、潤ちゃんの前のタルトにフォークを伸ばすとクリームのところをちょっとすくって、裕真に「食べてみる?」と聞いた。
裕真は首を振った。まあ、確かに、子どもが好きな匂いじゃないと思う。私はクリームを自分の口に運ぶと、空になったフォークを裕真の手の届かないところに置いた。
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