day11:錬金術

 潤ちゃんに渡すお土産のタルトをお願いしている間に向かいのスーパーで買い物をして、一度戻ってきてタルトを受け取ってから帰宅した。潤ちゃんは、お昼寝から起きたばかりだという裕真にテレビを見せながら、自分は食卓で何か読んでいたみたい。上に載せた新聞ごとテーブルの端に寄せて、隠したつもりだろうけど、あれはたぶん仕事の関係。

 私としては、できれば完全に仕事のことを忘れて療養してほしいと思っている。でも、潤ちゃんの気持ちもわかるし、やめたほうがいいよって言っていいのかもわからないから、そっと見ないふりをした。

「おかげでリフレッシュできたよ。タルト、食べる?」

「夕飯のあとにしようかなあ。美味しかった?」

「すっごい美味しかった」

「そうなんだ。じゃあ今食べよ。コーヒー入れるよ」

 立ち上がりかけた潤ちゃんを「私が入れるよ」と言って制して、私はキッチンに立った。


 智恵利とは月一回くらいは会っているから、毎回報告することもそんな大したことではなくて、私は潤ちゃんのことのあとは、こないだのエレベータでの話をした。このあたりじゃ珍しい名字が並んでて、お聞きしたら両方とも思ってたのと読み方違った、みたいな。

 ちなみに読める? と私は、スマホを取り出すと文字を打ち込んで智恵利に画面を見せた。智恵利は画面を見、それから私を見て言った。

「オオガ」

「読めるんだ」

「知り合いにいるから」

「そうなの? 同じ人だったりして。あんまり背が高くないアラサー男子?」

 智恵利はうなりながらぎゅっと目をつぶった。

「苗字ふたつ並んでるって言った?」

「うん。さんずいの」

「待った。ストップ。聞かないほうがいいかもしんない」

 智恵利は手のひらを私のほうに向けながら言った。

 私は、もしかして地雷踏んじゃったのかなと思いながら「やっぱ知り合い?」と聞いた。智恵利は、そうかも、と答えた。

「グレーのハッチバックの外車に乗ってる、まあまあダルそうにしゃべるイケメンだったら、たぶん間違いなく、そう」

「私基準のイケメンではないけど智恵利の好みの系統ではあった」

 智恵利は、「樹里の好み、縄文顔だもんね」と言い、私は「縄文顔」というのがピンとこなくてその場でスマホで調べ、そのあとはその流れで別の話になってしまったので、結局智恵利が大神さんとどういう知り合いなのかは聞かなかった。

 でも、一緒に住んでる人の名前を聞きたくないっていうなら、まあ、そういうことなのかもしれないな。


 そんなことを思い出しながら、私は潤ちゃんにコーヒーを差し出すと、自分の前には麦茶のグラスを置いて椅子を引いた。

 潤ちゃんは、自分でタルトを箱から出してお皿に置いている。フォークがふたつ準備してあった。潤ちゃんがその一本を私のほうに差し向けたので、私は言った。

「私は食べてきたから、いいよ。潤ちゃんひとりで食べな」

「え? 一緒に食べようよ。俺ひとりで食べたら夕飯入らなくなっちゃうかも」

「そしたら私、一個半食べることになるんだけど」

「大丈夫だよ。樹里ちゃんいつも仕事頑張ってるから」


 私は、その「頑張ってる」っていう言葉に思わず、ぐ、と詰まってしまった。頑張りをタルトで表すなら、きっと、潤ちゃんはホールまるごと食べていいくらい、頑張っている。私なんかより、ずっと。

 でも、潤ちゃんの言葉を否定は、したくない。

 私は急にそのタルトが潤ちゃんの背負っている重荷そのものに見え、じゃあ、と言うと、タルトの尖ったほうを半分くらい、ざっくり取り分けた。

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