第2週/早川樹里

day08:雷雨

 うちのマンションの駐車場は屋根ありと露天があって、露天のほうが安いけど、通路が広くて切り返しやすい。枠は申込み順に早い者勝ち。だから枠番号と部屋番号が全然関連していない。

 そのせいで、どの枠が何号室なのかは、たまたま駐車タイミングが一致して、なおかつエレベータでご一緒するとかして、そしてどちらのお部屋の方かを聞き出すとかして、といういくつものハードルを越えないと、特定できない。

 そうして私が主を特定している数少ない駐車枠が、うちのお向かいの枠だ。駐められているのは海外メーカーのSUV。夫が毎回、うらやましそうに見ている車。


 その日は天気が大荒れで、私は仕事帰りに寄ったスーパーでびしょびしょになりながら荷物を車に放り込んだ。帰り着いてからも雨は止むどころか強まり雷まで鳴り出したので、私は車を降りる勇気がなく、少し様子を見ることにした。エアコンを切ると蒸し暑くてかなわないから、エンジンはかけたまま。そうして私が車内から家に連絡を入れようとスマホを取り出すと、ちょうど向かいの枠の人が帰ってきた。

 私は、その人も少し待つかなと思って、スマホから顔を上げ様子を窺った。でもワイパーの向こうのその人は、車を駐めるとすぐエンジンを切り、なんの躊躇もなく出てきた。それから後部座席側に回るとその人は傘を取り出し、隣の車に当たらないよう少し上に掲げて広げた。

 私はその一連の動きを、ちょっと震えながら見ていた。さっき濡れたせいで、エアコンの風が当たるとめちゃくちゃ冷たいのだ。雨も弱まる気配がない。私はその人がさっさと行ってしまうのを見、意を決してエンジンを切ると、買い物袋をひっつかみドアを開けて、建物まで敢然とダッシュした。


 息を切らしてエレベータ前に着くと、私はひとまず買い物袋をエレベータの脇に置き、集合ポストを見に行った。そこにはさっきの向かいの人がいて、上のほうのポストからダイレクトメールとかを取り出している。私は、あ、と思った。そのポストはたぶん、苗字がふたつ並んでいる家。そんなのはこのマンションでは一軒だけなので覚えている。私が勝手に、奥さんの親との同居なのかなと想像しているお宅。

 その人は会釈をしてすれ違い、私が戻ったときには放置された私の買い物袋をちょっと気にしていた。私は少し恥ずかしい気持ちになりながら、すみません、と言ってその買い物袋を回収した。


 一緒にエレベータに乗って、その人の押した階を見る。やっぱりあのポストの家で間違いなさそう。その階は確かフロアあたりの世帯数が下の階の半分。つまり、広いし、高い。

 私は好奇心が抑えきれず、「すごい雨ですね」と話しかけた。その人は私より少し上、たぶんアラサーの男性で、身長から想像したよりは低い声で「そうですね」と言った。沈黙。私は少しためらったけど、やっぱりもう一回話しかけた。

「珍しい苗字ですよね」

「僕ですか」

「すみません。ポストのお名前、前から気になっていて。せがみさんと、おおがみさん……」

「『せかみ』と『おおが』です」

 私はまた、すみません、と頭を下げた。

 私の階にはもう着いてしまう。私はこんな中途半端なところで別れるのも気まずすぎる気がして、名乗った。

「七〇三の早川です」

 瀬上さんだか大神さんだかは、きょとんとした顔で私を見ていたけど、ああ、と声を上げると返事をしてくれた。

「僕は大神のほうです」

「そうなんですね。なんか、すみません」

「いえ。よく聞かれるので」


 七階に着いた。私は、お疲れ様でした、と頭を下げてエレベータを降りた。

 大神さんを乗せたエレベータは、私を置くと上に向かっていった。

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