第104話 また、まな板を作ろう01
ダンジョンを抜け、ダンジョン前の村で小さな打ち上げを催す。
「「「「「乾杯!」」」」」
と声をそろえて飲むビールは、いつもよりずっと爽快な味がした。
「いや、でも、マジでリリエラちゃんが羨ましいっすよ」
と言うリカルドに、
「リカルドの剣はずいぶんと鋭さが増してきている。そのまま真っすぐ進めばいいさ」
と正直な感想を伝える。
その言葉を聞いてリカルドは、
「あざっす。頑張るっす!」
と、なんとも嬉しそうに少年のような瞳で元気な返事を返してくれた。
熱々のピザを頬張り、ビールを飲む。
そんな私の横でチェルシーが揚げ鶏にかじりつき、
「んみゃぁ!」(美味い!)
と歓喜の声を上げた。
楽しい宴が続く。
私たちは心行くまで飲み、話した。
やがてそんな楽しい打ち上げも終わり、満足とほんの少しの寂しさを抱え、それぞれの寝床へと帰っていく。
その時、私の心にはただ、希望という言葉だけが残った。
翌朝。
村の門の前で「雷鳴」の3人と別れる。
私たちは次の宿場町へ、「雷鳴」の3人はルカの町へと戻っていった。
なんとも清々しい気持ちで街道を進む。
そんな私に、
「楽しかったですね、師匠!」
と、リリーが笑顔で話しかけてきた。
「ああ。また一緒に冒険できるといいな」
と返して、微笑む。
その言葉に、
「はい!」
と嬉しそうに答えるリリーの声と笑顔が青空の下で輝いた。
そんな楽しい旅が続くこと1か月と少し。
ようやくクルシュタット王国に入る。
国境をくぐったその日は少し早めに宿を取り休息に充てることにした。
宿で荷ほどきをして、まずは銭湯に向かう。
今日もチェルシーはリリーと一緒に風呂に入るとのこと。
チェルシー曰く、リリーは猫の洗い方が上手いのだとか。
「にゃぁ」(あれは肩が軽くなるからよいものだ)
と言っていた。
(猫にも肩こりというものがあるのか…)
と、そんなバカなことを考えつつゆっくりと湯船に浸かる。
そして、風呂から上がると、みんなそろって町に繰り出していった。
「今日、チェルシーちゃんはがっつりの気分らしいですよ」
と言うリリーの言葉を受けて今日の飯を考える。
確かに私も、ガツンとしたものが食べたい気分だ。
ただし、酒も飲みたい。
(さて、そんな時にいいのはなんだろうか)
と思いつつ飯屋を探していると、1軒のラーメン屋を見つけた。
看板に豚骨と書いてある。
私は、これだと思ってさっそくその店の扉を開けた。
「猫がいるが構わんか?」
と聞いて中に入る。
店の中は意外にも落ち着いた雰囲気で、ラーメン屋らしからぬ小奇麗な佇まいをしていた。
しかし、厨房の奥から漂ってくるのはやはりあの香りで問答無用に食欲を刺激してくる。
私たちはとりあえずビールを頼むと、飯の前にギョーザと店の名物らしい角煮で一杯やることにした。
さっそくやって来たビールで乾杯する。
するとまずは角煮がやって来た。
濃いめのタレがたっぷりかかった肉厚の角煮を頬張り酒を飲む。
そして、あっと言う間になくなってしまったビールのお替りを頼むと、そこへギョーザがやってきた。
(お。羽根つきパリッと系だな)
と何となく嬉しく思いつつ、さっそく摘まんで酒を飲む。
角煮のトロトロとギョーザのパリパリの食感の差が面白い。
私はまたビールを頼み、リリーはたまらず米を頼んだ。
「にゃぁ」(わかっておるではないか。小娘)
とチェルシーが嬉しそうにリリーを褒める。
私たちは思い思いの方法でギョーザと角煮を楽しみ、〆にラーメンを頼んだ。
焦がしニンニクがたっぷりとかかった豚骨ラーメンを勢いよくすする。
チェルシーにはスープとチャーシューを分けてあげた。
しばし沈黙が流れ、それぞれが夢中で食べる。
そして、満足した腹を抱えてその店を出ると、私たちはニンニクの匂いを纏ったまま宿への道をゆっくりと歩いていった。
翌朝。
微かに残ったニンニクの香りに苦笑いしながら、身支度を整える。
そして、さっそく宿を発つと、職人ドワイトのいるルネアの町を目指して街道を進んでいった。
街道を進むこと5日。
ルネアの町に入る。
私たちはとりあえず宿を取ると、さっそくドワイトの店に向かった。
夕方前のことで、
「まだやってるか?」
と声を掛ける。
すると店の奥から、
「うちは居酒屋じゃねぇぞ!」
というダミ声が返って来た。
「ジークだ。とりあえず顔くらい見せてくれ」
と苦笑いでそう伝える。
すると少し間を置いて、
「久しぶりだな」
と言いつつ、汗を拭きながらドワイトが店先に出て来てくれた。
「ああ。久しぶりだ」
と言いつつ右手を差し出す。
ドワイトは、その手を無造作に握り返しつつ、
「で、何の用だ?」
といきなり本題に入って来た。
苦笑いで、
「まずは弟子を紹介させてくれ」
と言ってリリーの方に視線を向ける。
するとドワイトは、
「はぁ!?弟子だと!?」
と言って、やや大袈裟に驚いた。
「初めまして、リリエラです!」
とリリーが明るく挨拶をし、右手を差し出す。
そんな右手を見て、ドワイトは、
「あ、ああ…」
と驚きつつややぎこちない感じで、握り返した。
「ははは。と、いう訳だ。よろしく頼む」
と笑いながら、ドワイトを見る。
ドワイトは驚きから呆れのような表情に変わり、
「お前さんもそういう歳か…」
と小さくため息を吐きながら、そう言った。
「まぁ、そうだな」
と苦笑いで返す。
すろとドワイトはそんな私に、いわゆるジト目を向けながら、
「で。紹介だけか?」
と聞いてきた。
そんなドワイトの視線を苦笑いでかわしながら、私は、
「いや。また、まな板を頼みに来た」
と言いつつ背負っていたミノタウロスの角を差し出す。
「はぁ?」
と怪訝な顔を見せるドワイトに向かって私は、
「リリーにも作ってやろうと思ってな」
と、少しイタズラな表情でそう言った。
「…なんでまた、まな板なんだ?」
と聞くドワイトに、
「師匠の技は弟子に受け継がせんといかんからな」
と冗談半分に答える。
すると、ドワイトはリリーに目を向け、
「嬢ちゃん。とんだところに弟子入りしたな」
と言ってため息を漏らした。
「そんなわけでよろしく頼む」
と言って右手を差し出す。
すると、ドワイトはさもおかしそうに、
「とびっきりのを作ってやるから2か月待ってな」
と言って私が差し出した右手を握り返してきた。
商談が成立してドワイトの店を出る。
するとそれまで抱っこ紐の中で丸くなっていたチェルシーが、
「にゃぁ」(お好み焼きじゃ)
とひと言そう言った。
「ああ。そうだったな。よし、行ってみよう」
と言って、例のお好み焼き屋を探す。
すると、その店は昔と変わらない場所にあったが、店の佇まいは新しく生まれ変わっていた。
(時の流れを感じるねぇ…)
となんともオヤジ臭いことを思いつつ、その店の暖簾をくぐる。
すると、どことなくあのおっちゃんに似たような青年から、
「いらっしゃい!」
と威勢よく声を掛けられた。
「猫がいるが構わんか?」
といつものように声を掛けてカウンターの席に座る。
そして、メニューの中から、「お好み焼き(そば)」を注文した。
「あいよ!」
という威勢のいい掛け声を合図にお好み焼きが焼かれ始める。
主人は慣れた手つきでたっぷりのキャベツと焼きそばが薄く焼かれた生地の上に乗せ、手際よくお好み焼きを作っていた。
(ああ、これがおやっさんの努力の結晶か…)
と感慨深くその様子を見守る。
そして、出来上がってきた広島風のお好み焼きは私が知っているあの味と遜色ないものになっていた。
(おっちゃん、よくやったな…)
と心の中で思いつつ、勢いよく食べる。
そして、私たちはソースの香ばしい香りを纏ったまま宿へと戻っていった。
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