第101話 鉄を取りに行く02
こちらに駆け寄って来たリリーが、
「さすがです。師匠!」
と目を輝かせながら言ってくる。
私はそれに、
「なに。慣れればたいしたことじゃないさ」
と半分照れながらそういいながら、少し大き目の魔石を拾った。
(刀の代金にはもう少し欲しい所だな…)
と考えつつ適当に荷物の中にしまい込む。
そして、
「さて、これからはこんなのが続くから油断するなよ」
と、やや苦笑いでリリーにそう声を掛けると、さっさと森の奥を目指して歩を進めた。
それから5日はいつものゴブリンやオークをリリーが相手にして終わる。
そして、その翌日。
慎重に森の中を歩いていると、ついに、
「にゃぁ」(ちとでかいぞ)
とチェルシーが言った。
私たちは気を引き締め、チェルシーが指す方向へと進んでいく。
すると、案の定、大きな痕跡を発見した。
しかし、私は、
(鉄じゃなかったか…)
と思い少しがっかりする。
そこで、私はリリーを呼び寄せ、
「見てみろ、これがサイクロプスの足跡だ」
と言って、痕跡を残した主とその痕跡の特徴を細かく教えてやった。
痕跡を追いながら、
「いいか、リリー。ヤツらは魔法に弱い。的が大きいから当てやすいし、3、4発で動かなくなってくれる。魔法使いにとっては比較的楽な部類に入る大物だ。しかし、力が強くて一撃がものすごく強烈だから防御魔法が完璧でないうちは危険だろう。だから、今回は私が防御を補助して、リリーが魔法を撃ちこむ感じで戦ってみよう」
と、提案する。
するとリリーは、緊張しながら、
「はい!」
と返事を返してきてくれた。
(本当は怖いだろうが、よく頑張って勇気を振り絞ったな…)
と、弟子の心中を思ってどこか嬉しいような気持ちになる。
そして、私は、
(だとしたら、その勇気をくじかないよう、指一本触れさせないようにしなければいかんな…)
と密かに気合を入れ、さらに痕跡を追って行った。
痕跡が濃くなるのに伴って気配も濃くなっていく。
私とリリーはいったんサクラとアクアから降り、さらに痕跡を追って行った。
しばらくして、サイクロプスを見つける。
数は2。
(練習にはちょうどいいな…)
と思いつつ、私はリリーに目配せをした。
その視線をうけてリリーがうなずく。
そして、私たちは息を合わせてサイクロプスに突っ込んでいった。
まずは先制にリリーが風の矢の魔法を放つ。
魔法は過たずサイクロプスの腹を穿ち、1匹を苦悶させた。
(良い感じだ)
と思いつつ、もう1匹が打ちおろしてくる拳を防ぐ。
すると、リリーは落ち着いて、その拳を振り下ろしてきた個体にも風の矢の魔法を叩き込んだ。
背中に魔法を受け、悶絶するサイクロプスがデタラメに拳を振り回してくる。
「こっちは抑える。あっちにトドメを刺せ!」
と指示をして、そのデタラメに振り回される拳を確実に抑え込んだ。
その隙にリリーが魔法でトドメを刺しにかかる。
相手も何発か反撃したようだが、腹を撃ち抜かれたからか、力無い攻撃ばかりでリリーは簡単に避けていた。
やがて、その1匹が沈黙する。
するとリリーは、
「お待たせしました!」
と言って、こちらの個体に魔法を放ち始めた。
何発かの魔法が撃ち込まれ、最後にサイクロプス最大の特徴である大きな一つの目に風の矢の魔法が刺さって勝負が決まる。
ドサリと音を立ててサイクロプスが倒れると、私とリリーは軽くハイタッチを交わして、互いの無事を祝った。
さっそくサクラとアクアを迎えに行き、戻って来て解体をする。
ここでも私が先生役になって実際の解体はリリーにさせてみた。
リリーは料理が得意だからだろうか、例の包丁こそ上手く使いこなせなかったが、普通の解体用のナイフでも割と器用にサイクロプスを解体していった。
「うん。初めてにしては上手いもんだ」
と素直に褒める。
すると、リリーは、まるで子供のような笑顔で、
「ありがとうございます!」
と言ってきた。
解体を終え、サイクロプスを焼いてその場を後にする。
しばらく行くとチェルシーが、
「にゃぁ」(そろそろ飯じゃぞ)
というので、適当な水場を見つけて、その日はそこで野営をすることになった。
「今日はお野菜の気分なんで、ポトフにしますね」
と言って、リリーが楽しそうに料理を作り始める。
私は設営をしながら、その姿を、
(そろそろ、あの包丁とまな板を使う訓練をし始めてもいい頃合いかもしれんな…)
と思いながら横目に見つめた。
やがて出来上がったポトフを食いながら、今日の感想を聞く。
「師匠のおかげで楽に戦えました。…でも、あの一撃を防ぎながら戦うのはまだ…」
というリリーに、
「そうだな。まずはオーク辺りで経験を積むのがいいだろう。まぁ、無理に強い相手に挑むことはない。最初は確実に相手に出来るものでじっくりと自分の実力をあげていく方がいいだろう」
と助言し、
「私も昔はそうだったんだ。焦ることはないさ」
と、苦笑いで自分にも駆け出しの時代があったと言うことを話した。
「師匠にもそんな時代があったんですねぇ…」
と感心したように言うリリーに、
「人間誰しも初心者の時期はあるものさ」
と、また苦笑いで答える。
そんな会話をしながら平和に夜が過ぎ、その日も割とゆったりとした気持ちで体を休めた。
翌日も森の奥を目指す。
(そろそろ出て来てもおかしくないが…)
と思っていると、チェルシーが、
「にゃぁ」(まだ遠いがおるぞ…)
と言って、大きな気配があるという方向を示してくれた。
その指示に従って進む。
すると、しばらくして、また先ほどとは違う大きな痕跡を発見した。
「さて、鉄くず拾いだな」
と冗談交じりにそうつぶやく。
そして、リリーの方に視線を向けると、
「よく見てくれ。こういう人間を大きくしたような足跡だったり、周囲の木を何かで斬り払ったような跡があるだろ?これがオーガの痕跡だ」
と、その痕跡の特徴を詳しく教えていった。
「なるほど…」
と言いながら、リリーもつぶさにその痕跡を確認する。
私たちは、そのわかりやすい痕跡を追って、さらに森の奥を目指し進んでいった。
やがて、いかにもオーガが住み着いていそうな洞窟を発見する。
「いいか、リリー。オーガって言うのはああいう洞窟みたいなところを巣にしがちなんだ」
と言いつつ、目の前の洞窟を見つめ、
「痕跡からいって1匹だろうから、試しに炙り出してみよう。サクラとアクアを頼んだぞ」
と言って、私はさっさとその洞窟の方へと近づいていった。
杖を手に取り、集中して大きな炎の魔法を洞窟の中に打ち込む。
すると、中から、
「グオォォッ!」
という声がして、何やら影がこちらに近づいてきた。
(釣れたな)
と思いつつ、杖をしまい、刀を抜く。
そして、私はその影に向かって駆けだすと、まずはすれ違いざまに足元を一閃した。
(相変わらず硬いな…)
と思いつつ、飛び退さる。
すると、そこへ強烈な斧の一撃が飛んできた。
飛び散る岩の破片を防御魔法で防ぎながら、またオーガの懐に飛び込む。
そしてまた同じように足元を一閃すると、
「グオォォッ!」
と苦悶の声を上げて、オーガが膝をついた。
(よし!)
と思って、さらに畳みかける。
デタラメに振り回されるオーガの斧を避け、確実に削る一撃を加えていると、やがてオーガの動きが極端に鈍くなり始めた。
(今だ!)
と思って、素早くヤツの懐に入り込み、首筋を一閃する。
すると、ヤツの姿が雲散霧消するかのように消え、その場に魔石と鉄くずが残った。
「ふぅ…」
と息を吐いて、腰の辺りをトントンとやる。
すると、そこへリリーが駆け寄って来て、また、
「さすがです、師匠!」
と言い、私にキラキラと輝く目を向けてきた。
「慣れさ」
と照れながらそう言う。
そして、私はさっそくその場で鎮静化の作業に取り掛かった。
いつものように杖を地面に突き立てて魔力を流す。
すると、黒い奔流のような筋がいくつも私の目の前に現れた。
私はそれを辿り一つ一つ流れを整理していく。
するとやがて、その流れが静かな物に変わり、私に鎮静化が終わったことを教えてくれた。
「はぁ…はぁ…」
と肩で息をしながら、その場に座り込む。
「大丈夫ですか?」
と言って心配してくれるリリーに、
「ああ。いつものことだ、心配ない」
と、なんとか微笑みながら返し、
「すまんが、今日はここで野営だな」
とひと言そう言った。
やがて、リリーの作ってくれたおじやを食べ、サクラにもたれかかりながら、ゆっくりと体を休めさせてもらう。
(ひとりだと大変だが、誰かに手伝ってもらえるとこんなにも楽なんだな…)
と、リリーの存在をありがたく思いながら、徐々に紺碧の度合いを増していく夕暮れの空をぼんやりと眺めた。
まだどこか弱々しい三日月がぼんやりとした姿で空に浮かんでいる。
私はその姿に今のリリーを重ね合わせ、
(これからあの月は満ち、明るく輝くんだろうな…)
と、しみじみそう思った。
静かに目を閉じる。
すると少し離れた所から、
「お休みなさい」
と言う声が聞こえた。
思わず微笑み、
「ああ、おやすみ」
と返す。
危険なダンジョンの奥地になんともいえず和やかな空気が流れた。
(平和なもんだな…)
と少し皮肉気味にそう心の中でつぶやく。
そして、私はゆっくりと意識を沈め、穏やかな眠りへと落ちていった。
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