第100話 鉄を取りに行く01
次の目標が刀の製作と定まったので、とりあえず西のダンジョンを目指す。
(前の鎮静化からずいぶん経っているし、そろそろ湧いてきていてもおかしくないとは思うが…)
と思いつつ、あれからどこか不安げなリリーを励ますように、
「なに。心配無いさ」
と、いつもの調子でそう声を掛けた。
進むこと3か月ほど。
ダンジョン近くの宿場町に入り休息をとる。
ギルドに行き、依頼を眺めてみたが、急を要するようなものは無かった。
一安心して、銭湯に向かう。
そして、いつものように居酒屋に入るとリリーが、
「師匠。鶏の柚子味噌焼きっていうのが美味しそうです!」
と嬉しそうな声で言ってきた。
どうやら緊張は振り切れたらしい。
もしくは覚悟が付いたというべきなのだろうか。
とにかく、リリーがいつもの調子を取り戻してくれたことにほっとしつつ、
「お。いいな。じゃぁ、私は同じ鶏でもこっちのカツのおろし煮にしてみよう」
と言って、ワイワイと注文を決めていく。
そして、いつものように乾杯をすると、チェルシーも含めた3人でワイワイと食事を楽しんだ。
「ふみゃぁ…」(あの、茸の揚げ出汁はよかったのう。なんというか、滋味深い味じゃったわ…)
と言ってご満悦のチェルシーを撫でてやりながら、宿に戻る。
ダンジョンに近い宿場町の夜はまだどこか活気に満ちていて、方々の店から明るい声が聞こえてきていた。
翌朝。
さっそくダンジョンに向けて出発する。
街道を逸れ、ダンジョンへ続く田舎道に入ると冒険者の方を多く見かけるようになった。
「みなさんやる気ですね」
とか、
「あちらのパーティーはどうしたんでしょうか?少し沈んでますね」
と言って、私に話しかけてくるリリーに、
「冒険は成功もあれば失敗もある。それでも挑み続けるから冒険者は冒険者と呼ばれるんだろうな」
と答えながら、私たちはややのんびりとダンジョンへ向かっていった。
やがてダンジョン前の村に着きいつものように1泊する。
必要なものを買いそろえて銭湯に行くと、その日はゆっくりと休んだ。
翌朝。
宿の食堂に降り、
「おはようございます。師匠」
とにこやかに挨拶をしてくるリリーに、
「ああ。おはよう」
と返し、朝食をとりさっさと出発する。
今回の目的はオーガ鉄。
上手い具合に出て来てくれればいいが、そうでなくても大物の魔石を取って刀代の足しにしたい。
(さて、今回はどんな冒険になることやら)
と、ひとり楽しみに思いつつ、しかし、気を引き締めて私は西のダンジョンに続く登山道へと入っていった。
初日は順調に進み、尾根筋に出たところで野営にする。
リリーが作ってくれたチリドッグのようなパンを食べ、食後のお茶を飲んでいると、リリーが、
「師匠。このダンジョンにはどんな魔物がいるんですか?」
と基本的なことを聞いてきた。
「ああ。一般的な山岳型の特徴というのは主に山羊や羊系の魔物が多いことだな。山羊はデカいだけでそんなに大変じゃないが、革を取りたい時は慎重にやらなければいけないから、面倒くさい。羊は数が多いからかなり面倒だ。まぁ、若いうちはいい運動だと思って相手をするのもいいかもしれんが…」
と、山岳にいる魔物の説明をした後、続けて、
「しかし、今回の目標は山と山の間にある森の中だ。森の中には大物も多い。今回の目標、オーガはもちろん、オークやサイクロプス、あとは狼や豹のデカいのもいるな。だから普通の森型ダンジョンより難易度はかなり高いと思って間違いないぞ」
と、このダンジョンの特徴を教えてやる。
その説明に、リリーはやや顔を青くしていたが、私はそんなリリーに、
「心配ない。今回は本当に見学だけだ。安心してついてくるといいさ」
となるべくにこやかな顔でそう言ってやった。
「はい!」
と引き締まった顔でリリーが返事をする。
私はそんな表情を見て、軽くうなずくと、
「さぁ、明日も早い。早めに休もう」
と言って、リリーに休息を促がした。
翌朝。
本格的な冒険が始まる。
サクラとアクアのおかげで順調に進んでいると、遠くに羊の群れがいるのが見えた。
(群れとしては小さいな…)
と思いつつ、
「やってみるか?」
とリリーに訊ねる。
するとリリーは、真剣な表情で、
「はい!」
と答えてきた。
「わかった。いこう」
と言って、羊の群れの方に近づいていく。
そして、私とリリーは適当なところでサクラとアクアから降りると、2人を岩陰に隠し、
「いいか。焦って魔法を連発するな。ヤツらはとにかく突っ込んでくるから確実に1匹ずつしとめていけ。なに落ち着いてやれば大丈夫だ」
とリリーに助言を送る。
その助言を真剣に聞き、
「はい」
とうなずくリリーに私もうなずき返して、私はリリーを送り出した。
リリーが駆け出す。
私も念のため、サクラとアクアを守れる範囲内で、かつ、リリーをいつでも援護できるような位置まで移動した。
羊の群れがリリーに気付き、突進を始める。
リリーは私の教え通り、魔法を使わず剣で1匹ずつ確実に仕留めていった。
多少危なっかしい場面はありつつもリリーは順調に羊を魔石に変えていく。
私はそれを見て、
(ずいぶん防御魔法の使い方が上手くなったじゃないか。順調に成長してるな…)
と嬉しく思いつつ私はその戦いを見守った。
やがて、最後の1匹が魔石に変わり戦闘が終わる。
私がリリーの方へ向かおうとすると、私の横をアクアが駆け抜けていった。
「ひひん!」
と鳴いてアクアがリリーに頬ずりをする。
私の横にはサクラが来て、
「ぶるる」
と鳴いて頬を寄せてきた。
きっと、アクアは、
「やったね!」
と言い、サクラは、
「よかったね」
とでも言ったのだろう。
私はそんな2人の気持ちを察して、サクラに、
「ああ。いい戦いだったな」
と言い、その首筋を軽く撫でてやった。
リリーのもとへ行き、軽くハイタッチを交わして魔石拾いを手伝う。
魔石は全部で50ほどあった。
「にゃぁ」(終わったらさっさと飯にせい)
と先ほどまでサクラの上で眠っていたはずのチェルシーが昼飯を要求してくる。
私とリリーは苦笑いで顔を見合わせると、チェルシーの要求を呑んで、昼食の準備を始めた。
その後は何事も無く尾根を下る。
そして、谷間にある森の手前まで来ると少し早めだが、そこで野営をすることにした。
「明日からはさらに気が抜けないぞ」
と念のためリリーに忠告しておく。
「はい!」
と引き締まった表情で答えるリリーを頼もしく思いつつ、その日はリリーが作ってくれた鍋焼きうどんを食べ、明日からの冒険に備えてゆっくりと体を休めた。
翌早朝。
嫌な気配で目を覚ます。
夜中遠くで遠吠えが聞こえたような気がしたが、どうやらこちらに近づいてきているようだ。
私がそっと起き上がると、チェルシーが、
「にゃぁ」(狼じゃな。珍しく1匹じゃ。まだ遠いぞ)
と、やや呑気にそう言った。
(グレートウルフか…)
と、相手の姿を思い浮かべる。
私はそっとリリーを起こした。
「手早く朝食にしよう。おそらく相手はグレートウルフだ。やたらと速いから注意が必要だが、落ち着いて対処すれば問題ない。よく見ているんだぞ」
とこれから起こるであろうことを簡単に説明する。
リリーは、さっと顔を青ざめさせたが、私がもう一度、
「大丈夫だ。安心して見ているといい」
と言うと、
「はい!」
と静かに、しかし、元気よく返事をしてくれた。
素早く準備を済ませて、森の中に入っていく。
「にゃぁ」(あっちじゃ)
というチェルシーの導きに従って進むと、徐々に気配が濃くなってくるのが分かった。
どうやら相手もこちらと対決することを決めたらしい。
徐々に気配が近づいてきている。
私は適当に開けた場所でサクラから降りるとそこで迎え撃つ態勢をとった。
慎重に気配を読み、魔力を練る。
すると、突如として私の右前方から大きな気配が飛び出してきた。
(ちっ…)
と心の中で舌打ちをしつつ、咄嗟に魔法を放つ。
どうやらどこかに当たってくれたようだ。
しかし、油断なく構えて次の攻撃に備える。
すると、今度は後方で大きな気配が膨らんだ。
素早く振り向いて魔法を放つ。
しかし、相手も素早く動いて今度はかわされてしまったようだ。
私は素早く動き相手を追う。
すると、相手は逃げず、逆にこちらに突っ込んできた。
(ナメられたものだな…)
と苦笑いしつつ、刀を一閃し風の刃の魔法を放つ。
「ギャンッ!」
という悲鳴がして、巨体が私の横をすり抜けていった。
ドサリと音がする。
どうやら転んだらしい。
そこへ私はすかさず何発もの風の矢の魔法を放った。
いくつかが当たり、いくつかが外れる。
グレートウルフは魔法に強い。
しかし、効かないわけでは無いから次々と放って足を止める。
そして、足が止まってきたところで止めを刺すのが討伐の基本だ。
私はそんな討伐の基本をリリーに見せるように、丁寧に相手を追い込んでいった。
追い詰められた相手が、また突っ込んでくる。
私はその突進に合わせるようにして、真っ直ぐ相手の懐に飛び込んでいった。
突進をギリギリのところでかわし、斬る。
横なぎの一閃が相手の胴を確実にえぐった。
コロンとあっけない音が響いて戦いが終わる。
私は、振り返って集中を解くと、
「ふぅ…」
と息を吐きつつ、腰の辺りをトントンと軽く叩いた。
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