第99話 鞍を取に行く

ケイン宅を辞した翌日。

オルセーの町を出る。

私たちは、また旅の空へと戻って行った。


「師匠。次はどうするんですか?」

というリリーに、

「ん?ああ、とりあえず適当なダンジョンにでも入るか」

と答えてのんびりと街道を行く。

そんな私に、

「にゃぁ」(相変わらず風来坊よのう)

と言って、チェルシーが、

「ふみゃぁ…」

とあくびをした。

そんないつも通りの長閑な旅をして、適当な宿場町に入る。

そこで急を要する依頼が無いことを確認すると、私たちはさっそく手近なダンジョンへ向けて出発した。


田舎道を進むこと10日ほど。

ようやくダンジョン前の村に到着する。

私たちはいつものようにそこで1泊してから森の中に入っていった。

初日は順調に進み2日目。

さっそくゴブリンの痕跡を発見する。

(毎度毎度…)

と思いつつも、その追跡をリリーに任せ、私は後ろから何となくその様子を見守った。

ところどころ危なっかしい点がありつつも、リリーが無事痕跡の主の下に辿り着く。

こちらに視線をやるリリーに軽くうなずくと、リリーは迷いなくゴブリンの群れへと突っ込んでいった。

(うん。前よりも剣捌きが安定してきているな。やはりケインに教えを乞うたのがよかったのだろう。やはり基本は大事だかなら…)

と思いつつ、リリーが戦う姿を見つめる。

やがて、リリーが戦い終わると、私も手伝って、魔石拾いをした。

「お疲れ」

と声を掛けて拾った魔石を渡す。

「はい。ありがとうございます」

と言ってリリーはその魔石を受け取りつつも、

「やっぱり師匠にはかないませんね…」

と苦笑いでそう言った。

「ははは。あと何十年か経てばきっと追いついているさ」

と言って焦りは禁物だと伝える。

「先は長いですね…」

とリリーがちょっとだけ悔しそうにそうつぶやいた。

「ふっ。こればっかりは時間をかけるしかない。というよりも時間を掛けた方がいいんだ。苦労して身につけた物はいずれ大きな礎になってくれるが、早急に身に着けた力はもろく崩れやすい。きっと人生というやつもそんな感じにできているだろうから、覚えておくといいぞ」

と言って、いかにも師匠らしいことを言う。

その言葉を聞いてリリーは、

「肝に銘じます!」

といつものように元気にそう答えてくれた。


その場から少し移動して飯にする。

今回も飯はリリーが作ってくれた。

カレー粉で味をつけたジャーマンポテトとスープを食べる。

(こういうちょっとしたひと工夫が嬉しいんだよな…)

と思いながら、美味しくいただき、私たちはまた奥を目指して進んで行った。


やがて、大きな痕跡を発見する。

私はそれを見て、

「どうする?」

とリリーに聞いてみた。

「行かせてください!」

とリリーが言ってくる。

私は迷わずうなずくと、

「気を引き締めてかかれよ」

と真剣な表情でリリーに伝えた。


痕跡を追っていく。

十中八九オークだ。

おそらく数は3ほどの小さな群れだろう。

今のリリーなら問題無いはずだ。

そう思いつつも、私はどこか緊張して丹念に痕跡を追っていくリリーの後姿を見つめた。


やがて、オークを発見する。

予想通り、数は3。

それを見たリリーが私に視線を向けてきた。

私は小さくうなずき返す。

そのうなずきを受けてリリーはしっかりうなずき返すと、小さく、

「いきます」

と言って、まずは魔力を練り出した。

(ほう。初手は魔法か。いい選択だ)

と思いつつ、見守る。

そうやって私が見守っている前でリリーが風の矢の魔法を放った。

まずは1匹。

それに気が付いて他のオークが攻めてくる。

それにもリリーは落ち着いて、剣を抜くと、少し前に出てまずは最初の攻撃を防御魔法で軽くいなした。

すかさず剣を一閃して1匹を魔石に変える。

そして、次も同じようにかわし、いなして上手に剣を入れると危なげなく魔石に変えて見せた。


(うん。オークはもう大丈夫そうだな…)

と思いながら、そばに寄り、

「おつかれさん」

と声を掛ける。

すると、リリーは、

「はい。ありがとうございます!」

といかにも嬉しそうな顔をこちらに向けてきた。


「にゃぁ」(夕飯にせい)

という声が私の胸元からかかる。

リリーはそれに、

「はい」

と苦笑いで答え、

「今日はカレーの気分なんです」

と私に笑顔でそう言ってきた。


(やはり外で食うカレーは一味違うな…)

と思いつつ、美味しく食べ、ゆっくりと体を休める。

リリーもここ最近でようやく半分寝て半分起きるというあの冒険者独特の体の休め方を覚えてきたらしい。

私はそんなことを聞き、

(徐々にではあるが、ちゃんと成長しているんだな…)

と改めて感慨深く思った。

静かに夜が更けていく。

私は弟子の確実な成長を嬉しく思いつつ、今日もまたゆっくりと静かに目を閉じた。


翌朝。

さっそく帰路に就く。

ダンジョンを出て、いつものようにダンジョン前の村で軽く休息をとると、私たちはまた田舎道を行き、街道へと戻っていった。

「そろそろ、鞍と防具ができるころかな?」

と言う私に、

「はい。そろそろだと思います」

とリリーが少しワクワクしたような様子で答える。

私はそのワクワクした様子をなんとも微笑ましく思いながら、

「そうか。じゃぁ、真っ直ぐ進むか」

と言って、みんなを先導するように先に立って街道を歩き始めた。


歩くこと1月弱。

ようやくクルツの町に入る。

「待ちに待った鞍だな」

とリリーに声を掛けると、ものすごく嬉しそうな、

「はい!」

という声と、

「ひひん!」

というアクアの鳴き声が返って来た。

(やはりユックというのは人間の言葉を理解しているのではないだろうか?)

と思って思わず微笑む。

私たちはまず真っすぐヲルフの店に行き、

「出来てるか?」

と言いながらその店の扉をくぐった。


「おう。誰だ?」

という声が奥から聞こえてくるのに、

「ジークだ」

と返す。

すると、奥からヲルフが顔を出し、

「裏に回んな」

と言ってきた。

言われた通り、サクラとアクアを連れて裏に回る。

すると、しばらくしてヲルフが新しい鞍を持って裏口から出てきた。

「どれ、いったんつけるぞ」

と言って、さっそく鞍を取りつけ始める。

アクアはどこかソワソワしていたが、それをリリーが優しく宥めていた。

「よし。だいたい大丈夫だな。ちょいと調整するからもう少しまってろ」

と言って、ヲルフがいったん鞍を外す。

そして、なにやら叩いたり引っ張ったりすると、再びアクアに鞍を取りつけた。

「どうだ?」

と聞くヲルフに、

「ひひん!」

とアクアが答える。

「ははは。気に入ってもらえたみてぇだな」

と笑うヲルフにとりあえず、金貨の入った袋を手渡した。

ヲルフはそれを、

「毎度あり」

と言って受け取ると中身も確かめず無造作にエプロンのポケットに突っ込んだ。

「ついでだ。そっちの白いのの鞍も調整してやるよ」

と言って、サクラの鞍を外しにかかる。

サクラは若干嫌そうな顔をしたが、

私が、

「調整してもらうだけだから大丈夫だぞ」

というと大人しくヲルフに鞍を触らせてやってくれた。

「ははは。利口なもんじゃねぇか」

とヲルフが感心しつつ、また叩いたり引っ張ったりして鞍を調整する。

そして、しばらくすると、

「よし、いいだろう」

と言って再びサクラに鞍を着けてくれた。

「ありがとう」

と言って右手を差し出す。

するとヲルフは、

「へっ。こちとら商売だからな」

と悪態を吐きつつ、私の右手を握り返してきた。


「ありがとうございます!」

と言って、リリーも頭を下げた後右手を差し出す。

ヲルフはその真っすぐな視線に照れたのか、

「おう。だから商売だっつってんだろ」

と若干顔を赤くしつつ悪態を吐き、リリーの手を握り返した。


「じゃぁな。なにかあったらまたくる」

と言い残してヲルフの店を後にする。

初めてリリーを乗せたアクアは、今にも走り出しそうなほどウキウキとしていた。

「うふふ。ちょっと待っててね。すぐにお散歩に行くからね」

と言ってリリーがそれを宥めつつ、今度は防具を受け取りにドルトンの店を目指す。

そして、例の酒屋の隣の小汚い店に着くと、また、

「出来てるか?」

と声を掛けて、店の扉をくぐった。

「あぁ。誰だ?」

というドルトンの声に、

「防具を頼んだ。ジークだ」

と答える。

すると、

「ちょっと待ってろ」

と返事があって、ドルトンがおそらく防具が入っているであろう箱を持って店の奥からよっこらしょという感じで出てきた。

「おう。いいのが出来たぜ」

と言いつつ箱を開けるドルトンに、

「ありがとうございます!」

とリリーが頭を下げる。

それを聞いたドルトンは、

「おいおい。そう言うのは着けてみてからにしてくれ」

と苦笑いで言いながら、リリーを呼び寄せ、軽く防具を試着させてみた。

「うわぁ…。すっごく軽いです!」

と感動するリリーに、

「まぁ、ワイバーンロードの革だからな」

とドルトンが苦笑いで返す。

そんなやり取りの横から私が、

「良かったな」

と言うと、リリーはまるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように純粋な笑顔で、

「はい!」

とひと言、元気に返してきた。

そんなリリーをまた微笑ましく思いつつ、

「ありがとうな」

と言ってドルトンに金貨の入った袋を渡す。

ドルトンはそれを、

「おう」

と言って受け取ると、こちらも中身を確かめず、その辺の棚に無造作にぽんと置いた。

「ありがとうございました!」

と言ってリリーが頭を下げ、右手を差し出す。

「おう。なんかあればいつでも持ってきな」

と言ってドルトンがその差し出された右手をやや照れながら握り返すと、私たちは店を後にし、さっそくクルツの町の門を目指した。

「ぶるる!」

とアクアが鳴く。

どうやらやる気が漲っているようだ。

そこにサクラが、

「ひひん!」

と、まるで「よかったね」と声を掛けるような感じで優しく鳴いた。

「次は刀か…」

とつぶやいて、何となく次の目的地を決める。

「刀、ですか?」

と言うリリーに、

「ああ。上手い具合にオーガが出て来てくれればいいが…。まぁ、出てこなかったら聖銀辺りで似たような物を造ってもらおう」

と言うと、リリーの顔が一瞬にして青くなった。

「ははは。なに、心配はいらんさ。後学のためだと思って見学でもしててくれ」

と笑って返す。

すると、リリーは何か諦めたかのような笑顔で、

「あはは…」

と力なく笑った。


やがて門をくぐり街道へ出る。

日はまだ十分に高い。

私たちは、意気揚々とした気持ちで街道をとりあえず西へと進んで行った。

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