第98話 賢者、弟子を紹介する
クルツの町を出て1月ほど。
クルシュタット王国の王都オルセーの町に入る。
久しぶりに来るオルセーの町は相変わらずにぎやかで人々の活気に溢れていた。
「なんか、いかにも都会って感じの町ですね」
とリリーが率直な感想を漏らす。
その感想を聞いて、私は微笑みながら、
「ははは。まぁ、勇者のお膝元だからな。それなりに発展もするさ」
と答え、下町の宿を目指した。
宿に入りケインに宛てて簡単な手紙を書く。
その手紙の中に、弟子を取ったから是非紹介したいということを書いた。
(これを読んだらケインのやつ驚くんだろうな…)
と思いつつ封をして近くに雑貨屋に持ち込む。
「明日にはお届けしますよ」
と言ってくれた雑貨屋の店員に礼を言って、いったん宿に戻ると、私はリリーを伴っていつものように銭湯に出掛けた。
旅の垢を落とし、さっぱりした所で適当な飲み屋に入る。
いつものようにまずはビールを注文して、適当につまみを選び始めた。
「師匠。今日はから揚げが食べたいです!あと、このお好み焼き(ソバ)っていうのも気になります」
というリリーの言葉で、
(ああ、広島風は根付いたんだな…)
と気付き妙な感慨にふける。
それと同時に、私は、この間の年月の流れを思って少し感傷的な気持ちにもなった。
やがてビールがやって来て、広島風のお好み焼きとから揚げ、そして適当なサラダを頼む。
私は真っ先に広島風お好み焼きの味を見てみたが、やはりあの味に近くなっているような気がした。
(進めば進むものだな…)
と、あのおっちゃんの努力か、それともそれを引き継いだ誰かの努力かに感動しつつ、ソースの味でビールを飲む。
私の目の前ではリリーが、
「師匠!これ美味しいです!」
と言って、広島風お好み焼きを美味しそうに頬張っていた。
そんな楽しい夕食を終えて宿に戻る。
当然日はとっぷりと暮れていて、王都の空には丸い月が空にぽっかりと穴を空けたようにくっきりと浮かんでいた。
そんな空を見上げて、ふとため息を吐く。
おそらくケインは私の知っている姿から相当変わっているだろう。
そのことを思うと、この長寿を恨めしくも思った。
気持ちを切り替えて床に就く。
いつものように先に枕元で丸くなっているチェルシーを起こさないようにゆっくり布団をかぶると、静かに瞼を閉じ、ゆっくりと体を休めた。
翌日。
暇つぶしに王都を散策して過ごす。
リリーは初めて見るという芝居に興奮した様子で、しきりに私にその感想を述べてきた。
私はそれを微笑ましく受け止める。
これからリリーはどんどん新しい経験を積んで大人になっていくことだろう。
そう思うと、なんとも嬉しい気持ちが心の底から湧き上がってきた。
そんなのんびりとした休日を過ごした翌日。
宿にケインからの遣いがやって来たので私とリリーはさっそくその迎えと一緒にケインの屋敷に向かう。
「なんだか緊張します」
と言うリリーに、私は、
「なに、勇者と言っても普通の人間だ。そう気を張らなくても大丈夫だぞ」
と言って微笑えんでやった。
やがてケインの邸宅の門をくぐり玄関の前に着く。
私とリリーはさっそくサクラとアクアを預け、執事が開けてくれた玄関をくぐった。
「久しぶりだな、ジーク」
と言う初老の男性に、
「ああ、久しぶりだな。ケイン」
と挨拶をし、固い握手を交わす。
「元気そうだな」
「ああ、相変わらずの風来坊さ」
と、あの頃と変わらない感じでそう会話を交わすと、私はさっそく、
「弟子のリリーだ。よろしく頼む」
と言って簡単にリリーを紹介した。
「初めまして勇者様。リリエラです。よろしくお願いします」
と元気に挨拶をするリリーの言葉を聞いて、
(ああ、そう言えば本名を聞いてなかったな…)
ということに、今更ながら気が付いた。
「ケイン・クルセイドだ。こちらこそよろしく頼む」
と言ってケインとリリーが握手を交わす。
そして、ケインが、
「さっそくだが、リビングでエミリアが待っている。積もる話はお茶を飲みながらにしよう」
と言うと私たちはさっそくケインの案内でリビングへと向かっていった。
「まぁ、久しぶりね、ジーク」
と言ってエミリアが握手を求めてくる。
私はそれに、
「ああ。久しぶりだな。元気そうで安心したよ」
と返し、差し出された右手を握り返した。
「うふふ。ジークも相変わらずね。…そちらが噂のお弟子さん?」
と言ってエミリアがリリーに視線を送る。
私は、
「ああ。つい最近弟子に取ったリリーだ。よろしく頼む」
といってリリーを紹介すると、リリーはまた、
「初めまして、聖女様。リリエラですよろしくお願いします!」
と、やや緊張気味ながらも、元気にそう挨拶をした。
「こちらこそよろしくね。リリーちゃん」
と言ってエミリアが微笑む。
リリーもなんだか嬉しそうにはにかみながら、
「はい」
と答えた。
その後、メイドが淹れてくれたお茶を飲みながら、話をする。
聞けば長男のユリウスは財務関係の役職に就き毎日忙しく働いているそうだ。
長女のクレアは嫁いで2児の母になっているらしい。
そして、次男のルークは騎士学校を出て今は王宮で騎士をしているとのことだった。
「そうか。みんな立派になったんだな…」
と感慨深くそう思う。
そんな私に向かってケインは、
「嬉しいような寂しいような…。そんな感じだな」
と苦笑いを浮かべながらそう言った。
やがて、私とリリーの出会いの話やこれまでの冒険の話、今、ワイバーンロードの革でアクアの鞍を作ってもらっているという話をする。
それを聞いて、ケインは、
「はっはっは。ワイバーンロードが魔法の練習相手とは、とんだ所に弟子入りしてしまったな」
と、さもおかしそうにそう言って笑った。
その言葉に、私は、
「いやいや。あれは的が大きいから狙いやすいんだ。ちょっと挑発してやると真っすぐに突っ込んできてくれるしな」
と言い、苦笑いで一応弁解する。
そんな私の弁解にリリーは、
「あの時は肝が冷えましたよ」
と、少しムッとしながらそうツッコミを入れてきた。
「うふふ。楽しそうね」
と言ってエミリアがおかしそうに笑う。
そんな楽しいおしゃべりの時間は楽しく過ぎ、
「にゃぁ」(おい。飯はまだか?)
というチェルシーの声が聞こえるまで続いた。
夕食の最後。
「ジーク。やっと成功したぞ」
と言って、ケインがやや自慢げにいい、執事にデザートを持って来るよう命じる。
私が何だろうかと思って期待していると、やって来たデザートは、まごうことなき抹茶のティラミスだった。
「おお!やったな!」
と思わず歓声を上げる。
鮮やかな緑色の抹茶だけでなく、それでティラミスを作ったというのだからたいしたものだと感動していると、ケインが、
「さぁ、食べてみてくれ」
と言ってややウズウズとした感じで私に抹茶ティラミスを勧めてきた。
「ああ。いただこう」
と言ってさっそく口に運ぶ。
その味は私が知っている抹茶ティラミスとなんの遜色も無かった。
「美味しいです!甘くてまったりでほろ苦です!」
とリリーが驚きの声を上げる。
その横で、チェルシーの、
「んみゃぁ!」(おお。これは良い。これは良いぞ!)
と言葉になっているようでなっていない感動の言葉を口にした。
「はっはっは。どうだ。驚いたか?」
というイタズラ顔のケインに、
「ああ。完全に一本取られたよ」
と微笑んで返す。
そんな私にケインは、
「はっはっは。王宮でも評判でな。今後いろんな商品が出ると思うから楽しみにしていてくれ」
と、鼻高々といった感じでそう言ってきた。
楽しさと驚きに満ちた夕食が終わる。
そして、リリーとエミリアはサロンに移り、私とケインはケインの執務室へと移っていった。
ケインの執務室に入り、安酒を酌み交わす。
そこで、ケインが、
「どうしてまた、急に?」
とケインが聞いてきた。
「ん?ああ、なんというか、そろそろ次世代を育てる歳になったと感じてな」
と苦笑いで答える。
「そうか。ということは例の仕事のことも?」
というケインに、
「ああ。一応教えてはいる。しかし、受け継ぐかどうかは世界樹次第だ」
と今度はやや真剣な面持ちでそう答えた。
「そうか…」
と言って、ケインが黙る。
私も黙って安酒をひと口やった。
短い間が空く。
そして、ケインがひと言、
「お互い歳をとったな…」
とひと言そう言った。
「ああ」
とだけ答える。
また短い間が空き、ケインが、
「息子たちのことを頼む」
と、そう言ってきた。
私は、
「任せておけ」
と答えて、また安酒をひと口やる。
そして、懐から吸うとスースーするシッカパイプを取り出すと、すーっとひと口吸い、
「ふぅ…」
と息を吐いた。
翌日からはリリーとケインの稽古や、ユリウスとの経済談議をしてゆっくりとした時間を過ごす。
そして、4日ほどが経った頃。
私たちはケインの屋敷を辞することにした。
「またすぐに来い」
というケインに、
「ああ。必ず」
と答えて握手を交わす。
「リリーちゃんもいつでも遊びに来てね」
と言ってリリーとエミリアも握手を交わした。
後ろ髪引かれるような思いでケイン宅の門をくぐる。
そして、私は門を出たところで屋敷を振り返ると、心の中で、
(またな…)
とつぶやいた。
いろんな思いが交錯する。
私は久しぶりに親友に会えた嬉しい気持ちと、その老いを目の当たりにするという寂しい気持ちを抱え、王都の下町へと戻っていった。
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