第97話 もう一つ鞍を作ろう04

そんな稽古の日々が10日ほど続き、革を取りに行く。

ヲルフの店を訪ねると、

「ちょっと待っとれ」

と言って、ヲルフが奥からいかにも頑丈そうな見た目の革を持ってきてくれた。

「話はしてある。この店に持っていけ」

と言って渡された簡単なメモ書きを渡される。

「すまんな。ありがとう」

と言ってその革とメモ書きを受け取ると、私とリリーはさっそくそのメモに書かれている武具屋へと向かった。

「えっと、小間物屋の3軒先の酒屋の隣…」

とつぶやきながら職人街の路地を歩く。

すると、またしてもぼろい佇まいの店らしき所に、「武具・ドルトン」と書かれた看板がかかっているのが目に入って来た。

(やっぱりボロいのか…)

と苦笑いで店の扉を開く。

すると、

「酒代ならつけといてくれ」

と店の奥からそう声がかかって来た。

「酒屋じゃない。客だ」

と返す。

すると、奥からまた、

「ああ、あれか…」

というような声が聞こえて、一人のドワーフがいかにも「よっこらせ」というような感じで出てきた。

念のため、

「ヲルフの紹介できた」

と言いつつ革を見せる。

するとドルトンは、

「おう。聞いてるぜ。賢者様とそのお弟子さんだろ」

と言って面倒くさそうに頭を掻きながら、革を受け取り、リリーの方をチラリと見ると、

「そっちの嬢ちゃんにはもったいねぇな」

とひと言つぶやいた。

「ははは。先行投資ってやつだ。気に入らんかもしれんが受けてくれ」

と、やや下手に出て頼む。

「けっ。こちとら仕事だかんな。心配すんな。最高のものを作ってやるよ」

と言ってくれるドルトンに、

「ありがとう」

と伝える。

リリーもやや緊張気味ながら、

「ありがとうございます!」

と言って頭を下げた。

「けっ。礼は出来てからにしてくんな」

と、ツンデレるドルトンに、

「どのくらいだ?」

と聞く。

「3か月だな。鞍ができる頃には出来てるだろうぜ」

と答えつつドルトンは、

「ほれ、嬢ちゃん。測るからこっちに来な」

といってさっそくリリーに巻き尺のようなものを当て始めた。


熟練の手捌きでさっさと測定が終わる。

「じゃぁ、3か月後にまた来よう」

と言って、店を出ようとすると、ドルトンは、

「ああ、賢者様よ。ついでだ。隣の酒屋のツケを払っといてくれ。なに、前金代わりだ。ちゃんと代金からはひいとくからよ」

と言い、自分はさっさと奥に引っ込んで行ってしまった。

(なんというか…)

と、ぽかんとしながらその姿を見送る。

そして、一呼吸置いて、苦笑いを浮かべると、

「ああ。ついでに新しい酒も注文しといてやるよ」

と言って店を出て行った。


酒屋で金貨5枚を払いドルトンのツケの清算と新しい酒の注文を入れる。

(よくもまぁ、こんなにツケをため込んだもんだ…)

と苦笑いしつつ、酒屋を後にすると、私たちは昼を食うべく適当な定食屋に入っていった。


場末の職人街にあるらしく、適度に年季の入ったその定食屋に入り、私はチャーシューエッグ定食を、リリーはスタミナ丼を頼む。

そして、チェルシーも含めた私たち3人は場末の定食屋の流儀に従って、ガツガツと手早く昼食を終えた。

「にゃぁ」(やはり肉は正義じゃな…)

というチェルシーに、

「ああ。ああいう暴力的な量と大胆な味付けがたまらん」

と返す。

リリーも、

「やっぱりああいう所で食べるガッツリ系はたまりませんね」

と感想を述べ、軽く腹をさすっているからかなり満足したのだろう。

そんな私たちは宿に戻る途中、ギルドへ足を向けた。


軽く依頼を見る。

すると、そこに狼討伐の依頼があった。

距離はこの町から徒歩だと5日ほど。

おそらく安くて誰も引き受けないだろう依頼が書かれた紙をいつものように剥がして受付に持っていく。

そして、受付を済ませると私たちはさっそく宿に戻りまた旅に出る準備を整え始めた。


翌日。

市場で適当に買い物と朝食を済ませて、クルツの町を出る。

どこかウキウキとした様子で歩くサクラとアクアを宥めつつ、私たちもどこか高揚した気分で街道を進んで行った。


予定通り5日ほど歩き、依頼を出した村に入る。

まずは村長宅を訪ねると、家畜にも被害が出ているとのこと。

その話を聞いた私たちは急いで森へと向かっていった。

森の入り口に着き、様子を窺う。

時刻は夕方。

(なんとか暗くなる前に痕跡を見つけたいところだな…)

と思いつつ、辺りをくまなく探っていった。

やがて、案の定森の入り口付近で痕跡を発見する。

(思ったより数が多いかもしれんな)

とその痕跡から数頭程度の群れではなさそうだと判断し、私たちはその痕跡があった場所の近くでヤツらを待ち伏せすることにした。


(私たちという『餌』に上手く引っかかってくれればいいが…)

と思いながらじりじりとした時間を過ごす。

そして、夜半過ぎ。

どこかから遠吠えが聞こえてヤツらがやってきた。

慎重に気配をさぐる。

どうやらあちらも私たちの存在に気が付いているらしい。

私たちの周りをぐるぐると気配が回っている。

私は、リリーに、

「私が前に出る。サクラとアクアは頼んだぞ」

と声を掛け油断なく刀を抜いた。


「ワオーン!」

という遠吠えを合図に気配がさらに濃くなっていく。

どうやらかなり統率が取れた群れらしい。

私はそんなことを感じつつ、集中して気配を読んだ。


じりじりとした時間が続き、やがて気配が動く。

私はそれに合わせて、まずは風の刃の魔法を放った。

3匹の狼が倒れる。

それを合図に、次々と闇の中から狼たちが飛び出してきた。

次から次に襲い掛かって来る狼を風の矢で穿ち、刀で斬っていく。

チラリと見ると、リリーは落ち着いて対応しているようだ。

私はそれに安心して、目の前の状況に集中した。

身体強化を使って縦横に動きつつ、確実に狼を仕留めていく。

そして、私が、

(そろそろか…)

と思った瞬間、

「ガルル…」

と唸り声をあげて、1匹のやや大きな個体が闇の中からその姿を現した。

周りに3匹ほどの手下を連れているから、おそらくこれが統率していた個体なんだろう。

そう思って、そのやや大きな個体と対峙する。

すると一瞬の間を置いて、その個体は躊躇なく私に飛びかかって来た。

当然のように斬る。

そして、周りにいた手下も魔法で仕留めると、意外とあっけなくその戦いは終わった。


「やりましたね、師匠!」

と言ってリリーが嬉しそうに近寄って来る。

私はそれに、

「ああ」

と返しつつも、何か釈然としない物を感じていた。

(なぜ、ああも単純に突っ込んできた?何か切羽詰まったような感じがしたのは気のせいだろうか…)

と、考える。

そんな私の様子を見て、リリーが、

「どうしたんですか、師匠?」

と私を覗き込むようにして、疑問を投げかけてきた。

「ん?いや…、やけに単純に突っ込んできたと思ってな…」

という私のつぶやきにリリーが、

「そうとうお腹が減ってたんですかねぇ…」

とつぶやき返してくる。

私は、そのリリーの言葉を聞いて、

(なるほど。それか)

と気が付いた。

「リリー。明日の朝村長に討伐の報告をしたら、森の奥まで行くぞ。おそらくそこに狼を追い詰めた原因がいる」

と言うと、リリーは一瞬驚いたような顔を見せる。

しかし、すぐに、

「了解です!」

と言ってすぐに狼の後始末を始めてくれた。


翌朝。

さっそく村長宅を訪ね、討伐完了の報告をする。

そして、せめて一泊して行ってくれと言う村長の申し出を丁重に断ると、そのまま森の奥を目指して出発した。


森に入って3日。

案の定、それらしき痕跡を発見する。

オークだ。

私は、

(やはりか…)

と思いつつ、リリーに、

「これがオークの痕跡だ。覚えておくといい」

と言って、その特徴を細かく教えつつ、痕跡を追っていった。

やがて、5匹ほどの群れを見つける。

私はリリーに目で合図をすると、さっさとその群れに突っ込んで行った。

私の後から風の矢が飛ぶ。

私はその矢が確実に1匹仕留めるのを見て、その他の連中をまとめて仕留めに掛かった。


やがて戦闘が終わり、リリーを振り返る。

するとリリーは、

「さすがです、師匠!」

と言って、なぜか嬉しそうに私の方に近寄って来た。

私はそれを苦笑いで迎えつつ、

「あれがオークとの基本的な戦い方だ。覚えておくといい」

と教える。

そんな適当な説明にリリーはまた嬉しそうな顔で、

「はい。師匠!」

と答えてくれた。


さっさと魔石を拾ってその場で鎮静化の作業に入る。

この作業も慣れたもので、そろそろ、息切れ程度で済むようになってきた。

「はぁ…はぁ…」

と少し肩で息をしつつ、

「これが賢者の努めってやつらしい」

と苦笑いでリリーに伝える。

リリーは私の魔法を見て、

「私もいつか使えるようになるでしょうか」

と聞いてきた。

それを聞いて私は少し驚く。

リリーにその仕事を引き継いでいいのかどうか。

はたまた、引き継げるものなのかどうか。

それは私にはわからない。

しかし、私はその言葉を聞いて、

「ああ。そのうち使えるようになるさ」

と笑顔で答えてしまった。

「はい。頑張ります!」

とリリーが無邪気に答える。

私はなぜか確信を持って、リリーがこの仕事を受け継いでくれるだろうということを感じた。


(まぁ、それはともかく、次はケインの所だな…)

と、次の行先を決める。

そして、

「さて、行こうか」

とリリーに告げると、私たちはさっそく帰路に就いた。


いつの間にか日は西に傾き始めている。

サクラの鞍の上から、

「にゃぁ」(とりあえず、落ち着く場所を見つけたら飯にせい)

というチェルシーの声が聞こえた。

いつものように、

「あいよ」

と苦笑いで答える。

リリーも微笑ましい苦笑いをチェルシーに送り、私と目が合うと、

「ふふっ」

といった感じで笑った。

(こういうのも悪くないな…)

と思い、赤く染まった空を見上げる。

(さて、明日からまた旅だな)

そう思うとなぜかワクワクとした気持ちが込み上げてきた。

西の空に一番星が輝く。

私はそれを見て、なぜか希望という2文字を頭に思い浮かべた。

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