第96話 もう一つ鞍を作ろう03

「さて。材料もそろったしさっさと目的地を目指すか」

と言いつつダンジョンを出てクルツの町を目指す。

「にゃぁ」(どのくらいじゃ?)

と聞くチェルシーに、

「ん?ああ、20日くらいじゃないか?」

と答えると、

「にゃぁ」(まっすぐ行けば、か?)

とやや皮肉るような言葉が返ってきた。

「ははは。今回は目的があるからな。ちゃんと真っすぐいくさ」

と苦笑いで答える。

「にゃぁ」(だとよいがのう)

というチェルシーの疑いを他所に旅は順調に進んでいった。


それから進むこと1か月。

ようやくクルツの町に入る。

ここまで多少飯休憩という名の寄り道はしたが、比較的真っすぐやって来た。

さっそくヲルフの店を目指す。

そして例のぼろい店の玄関を開けると、

「やってるか?」

と声を掛けた。

「うちは居酒屋じゃねぇぞ」

という声が奥から聞こえたので、

「ジークだ。注文をいいか?」

とやや大きな声で店の奥に呼びかける。

するとややあって、

「なんだ、鞍の調子でもおかしくなったってのか?」

と、やや不機嫌に言いつつヲルフが店の奥から出てきた。

「いや、鞍は順調だ。今回は新しい鞍の注文だな」

と言いつつ、表の方に視線を向ける。

すると、ヲルフは、

「はぁ?新しい鞍じゃと?」

と言いつつ、私と同じく店の表の方に目を向けた。

私が扉を開けて見せる。

すると、そこにはリリーとアクアがいて、

「よろしくお願いします!」

とリリーが勢いよく頭を下げた。

それに合わせるかのようにアクアが、

「ひひん」

と鳴く。

それをみたヲルフは、きょとんとして、

「どういう事じゃ?」

と私に視線を向けてきた。

一応の事情を説明し、

「まぁ、そういうことだからよろしく頼む」

と軽く注文を出す。

すると、ヲルフは「がはは」と笑って、

「ああ、頼まれてやるよ」

と言ってくれた。


「皮は柔らかい方しか使わん。硬い方もついでに『なめし屋』に頼んどいてやるがいいか?」

というヲルフに、

「ああ、よろしく頼む。ついでに武具屋も紹介してもらえるか?このリリーに防具を作ってやりたい」

と言うと、ヲルフは、

「ああ。わかった適当に話は通しておくから10日くらいしたらとりあえず革を取りに来い」

と言ってそちらも快く引き受けてくれた。

「じゃぁ、頼む」

と言って店を出る。

店を出てすぐ、リリーが、

「あ、あの。師匠。いいんですか?」

と、やや焦ったような口調で聞いてきた。

「なにがだ?」

と聞くと、

「いや、ワイバーンロードの革で作った防具なんて私には…」

と遠慮がちに言ってくる。

私はどういったものかと迷ったが、結局、

「どうせそのうち必要になるんだ。先に作っておいて損になることはないさ」

と軽く答えておいた。

「あの…、ありがとうございます!」

と言って勢いよく頭を下げてくるリリーの態度に少し照れつつ、

「ははは。先行投資だと思っておいてくれ」

と若干訳の分からないことを言いながら、さっさと先を行く。

そして、また、

「ありがとうございます」

と先ほどとは少し違って、明るく笑みを含んだ感じのリリーの礼を背中で受け取ると、私は苦笑いと微笑みの中間のような笑みを浮かべ、今日の宿を探しに大通りへと出て行った。


やがて、適当な宿に入り、軽く風呂を済ませる。

そして、風呂から上がると、リリーを誘ってさっそく夜の町に繰り出していった。


「さて、何が食いたい?」

という私の質問に、リリーは、

「そうですねぇ…」

と顎に手を当てながら考え、

「今日はあっさりとこってりの中間っていう気分です」

となんとも幅が広いようで狭い答えを出してきた。

「なるほど。じゃぁ、ちょっと品の良さそうな居酒屋にでも入ってみるか。そういうところだったら、肉も野菜も適当なのがあるだろうしな」

と答えて適当な路地に入る。

そして、いくつかの店を眺めつつ歩いていると、

少し高そうだが、感じのいい店構えの居酒屋を見つけた。


「猫がいるが構わんか?」

といつものように声をかけて店に入る。

そしてとりあえずビールを頼みつつ、勧められた席に座った。


ビールを待つ間品書きを見る。

(お。季節の天ぷらか。いいな)

と思いつつ、見ていると、リリーが、

「師匠。季節の天ぷらがあります。まさしくあっさりとこってりの中間です!」

と嬉しそうな顔でそう言ってきた。

「ははは。じゃぁ、まずはそれだな」

と言いつつ他を見る。

すると、割と「おまかせ」とか「季節の」という文字が目立つことに気が付いた。

(ああ、なるほど。そういう店か…)

と思い、ビールを持ってきてくれた店員に、

「季節の天ぷらを2人前。あとは小鉢を3つほどお任せで持ってきてもらえるか。あと串も盛り合わせで頼む」

と適当に注文を出す。

すると店員も慣れた様子で、

「かしこまりました」

と言って奥に下がっていった。


「さすが師匠です」

とリリーが感心したようにそう言う。

そんなリリーに、

「年の功さ」

と苦笑いで返して、さっそく乾杯をした。

シュワシュワとはじけるビールの泡を味わい、つまみを待つ。

すると、まずは小鉢がやって来た。

(お。ナスの煮びたしがある。それにこっちは煮豚か。ああ、いいな南蛮漬け。魚はワカサギだろうか)

と思いながらまずはその姿をじっくりと堪能する。

そして、最初はナスの煮びたしに箸を伸ばした。

とろりとした舌ざわりの後、出汁がじゅわりとしみ出してくる。

(いいな…)

と思わずうなってしまった。

ビールをひと口飲んで、煮豚へ。

角煮よりもあっさりとしていて歯ごたえがある。

(うん。こういう肉のうま味が詰まっているって感じがいいんだよ…)

と思いながらしっかり噛んで味わうと、またビールを飲み、次に南蛮漬けに箸をつけた。

(ん。あっさりでいいな。酸味とうま味のバランスもちょうどいい。いい仕事してるじゃないか…)

と職人の腕を褒めつつまた飲む。

リリーも、

「うーん。この味付け、完璧ですね…」

と感心し、くぴくぴとビールを口にしていた。

やがて、天ぷらがやって来て、ビールのお替りを頼む。

季節の天ぷらはこの時期らしくオクラやアスパラなんかの野菜がふんだんに入っていて、たしかにリリーの言うあっさりとこってりの中間というのにふさわしい料理だと言えた。

シンプルに塩をつけ、さっくりとした食感と野菜の甘味を存分に楽しみ、またビールを飲む。

(ああ、こういうしっぽりしたのもたまにはいいな…)

としみじみ感じながら、その日は〆のお茶漬けまでどちらかと言えばしっとりとした雰囲気で飯を堪能した。


翌日。

とりあえずギルドに顔を出す。

10日ほどの間にこなせる依頼は無いかと思ったが、あったのは商店の荷物運びの手伝いや探し物の依頼だけだった。

(こういうのは本当の初心者ように取っておいてあげなければいかんからな…)

と思いつつ遠慮して、宿に戻る。

そして、私は、

(いい機会だし、サクラとアクアの散歩がてらリリーに稽古でもつけるか)

と思って、のんびりした気持ちでクルツの町の門を出ていった。


適当な草原でサクラとアクアを遊ばせつつ、リリーと剣の稽古をする。

まずは型の練習で体を温めたあと、軽く手合わせをした。

もちろんリリーが一本も取れるわけもなく、剣の稽古は終わる。

「はぁ…はぁ…」

と肩で息をするリリーに、

「いいか。リリー剣も魔法も根本は一緒だ。集中して気を練る。そして、その力を全身に巡らせるようにして使うんだ。そうすれば暴発もしないし身体強化も楽になる」

となんとなくコツを教える。

そんなざっとした説明もリリーは、

「はい。師匠!」

と言って、素直に受け入れてくれた。

「うん」とうなずいて、今度は魔法の訓練を始める。

しばらくは瞑想するように魔力循環の稽古をして、簡単な魔法で適当に放り投げた石を狙う訓練をした。

これも上手に当たる事なく終わる。

しかし、リリーはそんな結果にも関わらず、

「難しいですね、師匠!」

と、さも楽しそうにそう言った。


その真っすぐな姿勢に微笑ましさを覚える。

(この子は本当に心から冒険が好きなんだな…)

そう思うと自然と顔がほころんだ。

日が暮れて町に戻る。

その道中もリリーはいろんな質問をしてきた。

その質問に答えつつ、戻る道はどことなくウキウキとして楽しいものだとそう感じた。

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