第94話 もう一つ鞍を作ろう01
サクラとアクアが楽しそうに並んで歩く後を私とリリーがのんびり歩く。
チェルシーは抱っこ紐の中だ。
私はのんびり歩きながら、
「アクアの分も鞍を作らんといかんなぁ」
とぼんやりつぶやいた。
そこへ突然、
「はい。師匠!」
と言ってリリーが手を挙げる。
私がそれに、
「なんだいリリー」
と軽く応じると、リリーは、
「私、お金がありません!」
と、堂々と金欠だと言ってのけた。
「ははは」
と笑いつつ、
「まぁ、そうだろうな。それは心配するな。しかし、また材料を取りに行かんといかんからそこは覚悟しておいてくれ」
と返す。
すると、リリーは、やや緊張した面持ちで、
「はい!」
と元気に返事をしてきた。
そんなやり取りをしつつ、次の目的地を考える。
(また山でもいいが、どうせなら違う素材で作ってもらうのもありかもしれんな…。ああ、ついでにリリーの魔法の稽古になる相手がいいな)
と思いつつ私はなんとなく地図を広げてみた。
なんとなく現在地を見ると、昔行ったことのある大地の裂け目のようなダンジョンが近い。
(ああ、あそこなら適度に大物がいるし、そこまで厳しくも無いから、リリーに場数を踏ませるにはちょうどいいな…)
と思って目的地を決める。
そして、私たちの前を行くサクラとアクアをいったん止めて、
「目的地が決まったからここから先は私が先頭な」
と言うと、一応先頭に立って、またのんびりと街道を進み始めた。
そうやって進むこと5日。
とりあえず通りかかった宿場町に入る。
私はいつものようにギルドで依頼の状況を見ると、リリーにちょうど良さそうな感じのゴブリン退治の依頼があった。
「ああ、リリー。こういう売れ残りの依頼は積極的に受けろ。たいてい困っている人たちからの依頼だからな」
と簡単に説明してその依頼票を持って受付に行く。
そして、そこで事情を聞くとやはり最近になってゴブリンが出るようになり困っている村だということだった。
その日はその宿場町で宿を取り翌日。
さっそく依頼のあった村に向かう。
村に続く田舎道を進みながら、これまでのことをかいつまんでリリーに話した。
「え!?じゃぁチェルシーちゃんは魔王ってことですか!?それに世界樹の枝って…」
と驚くリリーに、
「まぁ、聞けば聞くほど妙な話だよな…。ああ、当然だがこのことは秘密にしておいてくれよ」
と言うとリリーはやや青ざめた顔で、コクコクと頭を縦に何度も振る。
私はそんなリリーに続けて、
「いいか、リリー。冒険者ってのは自由気ままな商売だ。だから誰かから指示を受けることはない。だが、そんな気楽な冒険者だってこの世界を動かす歯車のひとつだということを忘れるな。だからこういう地味な依頼もたまには引き受けなくちゃいけない。それが冒険者の社会的責務、いってみれば、冒険者がこの世界に存在している存在意義のひとつだからな」
という私の考えを伝えてやった。
「はい!」
と元気よく返事をしてくれたリリーの態度に安心して村への道を進む。
そして、村に着くと、いつものように村長宅を訪れて村長から詳しく話を聞いた。
状況はいつも通りといえばいつも通り。
ゴブリンの痕跡らしきものが見つかるようになったのはここ最近のことらしい。
その話を聞き、その日は村長宅で宿をお願いする。
そして、たっぷり英気を養わせてもらうと、翌朝。
さっそく、目撃の多い地点へ向けて出発した。
森の中を順調に進んで行く。
このくらいの森ならリリーも慣れたものらしく足取りに不安はない。
しかし、さきほど私が、
「今回は任せる」
と言ったからやや緊張気味なのが伝わって来た。
(私も最初は緊張したものだったなぁ…)
と昔の自分を思い出しながら、微笑ましい気持ちでリリーを見守る。
そして、その日は適当なところで野営をすることになった。
「料理は任せてください!」
というリリーに頼んで飯を作ってもらう。
私はその間に簡単な設営を済ませておいた。
やがて出来上がって来たトマトシチュ―を全員で美味しく食べる。
「にゃぁ」(うむ。なかなかであるぞ)
とご満悦のチェルシーに、リリーが、
「ありがたき幸せにございます」
とふざけて返し、その日の夜は楽しく過ぎて行った。
翌朝。
勝負が始まる。
とはいえ、目撃情報はゴブリン。
そうたいした相手ではない。
しかし、油断は禁物だ。
私はリリーにも自分にも言い聞かせるように、
「油断だけはするなよ」
と言いつつ森の中を進んでいった。
やがて痕跡を発見する。
私とリリーはそれを見てうなずき合うと、素早くその痕跡を追って行った。
やがて巣を見つける。
数は50もいないだろうか。
リリーに視線を送ると、リリーがしっかりとした表情でコクンとうなずいた。
私もそれにうなずき返す。
するとリリーが、
「行ってきます」
と短く言って剣を抜き、ゴブリンの巣へと突っ込んでいった。
私も一応刀を抜いて構える。
しかし、結局最後までその出番はなかった。
全てが終わり2人して魔石を拾い集める。
そして、それが終わると、
「さて。次は私の仕事だな」
とつぶやき、さらに森の奥を目指すことにした。
(おそらく豚か鶏か…)
と思って進んでいると、
「にゃ」(あっちじゃ)
とチェルシーが魔物がいると思しき方向を指し示してくれた。
それに従って進んで行く。
すると、コカトリスらしい痕跡を見つけた。
「よかったな。鶏肉だぞ」
とわざとらしく明るい声を掛ける。
しかし、リリーは顔を青ざめさせて、
「あ、あの…」
と言ってきた。
「ああ、心配するな、ちゃんと手伝う。魔法の練習だと思ってやってみるといい」
と、安心するよう言ってやる。
そんな言葉にリリーは、
「は、はい…」
と答えたもののやはりどこか緊張しているようだ。
(そりゃそうだよな。初めての魔物ってのは緊張するもんだ…)
と思いつつ、私はリリーに、
「コカトリスってのは時々木の上から襲ってくることもあるが、基本は鶏だ。ギャーギャー喚いて突っ込んでくるだけだから、冷静に対応すれば問題無い。もし、相手の間合いに入ってしまった場合は防御魔法を展開するのを忘れるなよ。そうすれば軽く拭き飛ばされる程度で済む」
とコカトリスと戦う時のコツを教えてやった。
「は、はい!」
と答えて気合を入れるような仕草をしたリリーを先頭に痕跡を追っていく。
すると、森がやや開けたところでのんびり草をついばんでいるコカトリスの群れを発見した。
数は5。
(リリーだけじゃ厳しいだろうが…)
と思いつつ、まずはリリーに相手をさせる。
(さて、どう戦う?)
と、なんとなく上から目線で考えていると、リリーはひとつ深呼吸をして、ロッドを取り出し、いきなり風の矢の魔法を放った。
3発ほど放って2発が敵に当たる。
それで私たちの存在に気が付いたコカトリスが一斉にこちらに向かって突っ込んできた。
「行きます!」
と言ってリリーも突っ込んでいく。
(おいおい…)
と思いつつ、私も刀を抜き、いざと言う時のために備えた。
リリーが先頭の1匹を防御魔法でいなして斬る。
だが、浅い。
(さて、どうする?)
と思って見ていると、リリーは迷わず突っ込んでいってその1匹の首元を思いっきり剣で薙ぎ払った。
(なるほど、まずは1匹ずつ確実にという方をとったか…)
と思いつつ、次の1匹へ向かうリリーの動きを見る。
(…やっぱり焦りがあるな)
と思って今日はそこで助け船を出してあげることにした。
リリーの後から狙っている1匹に魔法を撃ちこみ沈黙させる。
これで1対1になった。
リリーはそんな状況が分かったのか、
「ありがとうございます!」
というと、また真っすぐ目の前の相手に向かって突っ込んでいった。
(まっすぐな剣だな…)
と感心しながらその様子を眺める。
リリーは時々弾き飛ばされながらも粘り強く戦って、最終的には何とかコカトリスを黙らせることに成功した。
「よくやった」
と肩で息をするリリーに声を掛けてやる。
「…はぁ…はぁ…ありがとう、ございます」
と言うリリーに、
「少し休んでいるといい」
と言って、私はさっそく解体作業に取り掛かる。
「にゃ!」(焼き鳥じゃ!)
というチェルシーをひと撫でしつつ、手早く作業を進めていった。
やがて、リリーも手伝って、解体を終える。
初めてのコカトリスの解体に最初はやや苦労していたようだったが、さすがは料理上手だけあって早くコツをつかみ、最終的には私と変わらない速度で捌けるようになっていた。
(そっちの才能もあるのか…)
と若く才能の塊のようなリリーを頼もしく見る。
そして、解体を終えると、
「次は私の仕事だな…」
と言って、杖を取り出した。
いつものように地面に突き立て、魔力を流す。
この作業にもずいぶんと慣れてきた。
それでもけっこうな魔力を消費してその作業を終えると、
「にゃぁ」(終わったら飯にせい)
といういつものチェルシーの言葉を受け、私たちはさっそく野営の準備に取り掛かった。
食後。
お茶を飲みながら、少し反省会をする。
どうやらリリーはまっすぐに突っ込みすぎるところがあるようだ。
このままその長所を伸ばして身体強化の魔法を究めるのもいいかもしれないが、それではせっかくの才能が無駄になってしまうような気がして、私はもう少しバランスのとれた戦い方をするよう助言した。
その話にリリーは素直にうなずいてくれる。
「また、稽古だな」
と苦笑い交じりに私がそう言うと、リリーは嬉しそうに、
「はい!」
と答えた。
翌朝。
帰路に就き、村長宅を目指す。
帰りは順調に進み3日ほどで辿り着いた。
さっそく村長に依頼達成の報告をする。
村長は少し大げさなくらい喜んでくれて、その日も宿と心尽くしの膳を用意してくれた。
翌日。
村長宅を発って、また田舎道を歩く。
「賢者様のお仕事には、こういう喜びがあるんですね」
とリリーが楽しそうな顔でそう言った。
「…まぁな」
と半分照れたような苦笑いで返す。
「とっても素晴らしいことだと思います。私、やっぱり師匠に弟子入りしてよかったです」
と真っすぐな言葉を言うリリーにまた照れながら、
「因果な商売さ」
と照れ隠しのひと言を言った。
「うふふ」
とリリーが笑う。
私もなんだかおかしくなって、
「はっはっは」
と笑った。
長閑な道をのんびりと進む。
そして、またあてがあるようでないような旅が始まった。
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