第93話 賢者弟子を取る05

簡単な昼食を終え、再び歩きだす。

しかし、奥へではなく浅い層を横断するような形で進んでいった。

運が良ければもう一度くらいリリーにゴブリン辺りの経験を積ませられるだろうと思ってそうしたが、案の定夕方前になって、それらしい痕跡を発見した。

「賢者様、ゴブリンです!」

と得意げな感じで痕跡を指さすリリーに、

「ああ。よく気が付いたな」

と褒め言葉を掛けてあげる。

するとリリーは嬉しそうな顔になり、少し得意げな感じで元気よくその痕跡を追い始めた。

「おいおい。油断はいかんぞ」

と一応釘を刺す。

すると、リリーはハッとしたような顔で、

「は、はい!」

と答え、今度は慎重にその痕跡を追い始めた。


やがて巣を見つける。

私に視線を送って来るリリーに、「任せる」という意味を込めて軽くうなずき返した。

そのうなずきにリリーは「了解」と言う感じでうなずき返してくる。

そしてリリーはひとつ深呼吸をすると、ゆっくりと立ち上がって慎重にそのゴブリンの群れへと向かっていった。


数は50ばかりいるだろうか。

今のリリーなら大丈夫なはずだ。

そう思いつつも私はその場からいつでも魔法が放てるように油断なく構える。

そして戦闘が始まった。

リリーは次々とゴブリンを魔石に変えていく。

そして、今度は魔法を使った。

大きな風の刃で数匹がまとめて魔石に変わった。

(…まだまだ制御が甘いな…)

と思いつつも、冷静に大惨事を引き起こすことなく魔法が使えたことに一安心しつつさらに見守る。

そしてリリーは焦ることなく全てのゴブリンを魔石に変えることが出来た。


私はリリーのもとへ向かい、

「よく頑張ったな」

と労いの言葉を掛ける。

リリーも嬉しそうに、

「ありがとうございます」

と頭を下げてその言葉を受け取ってくれた。


リリーのことを考えてその場で少し休憩を取ることにする。

いつものように簡単にお茶を淹れ、まずはリリーに差し出した。

「どうだった?」

と簡単に聞く。

その質問にリリーは、

「はい…。ずいぶんよくなったとは思いますが…」

と前向きな発言はしたもののそのままうつむいてしまった。

それを見て私は、

「安心しろ確実に一歩前進している。前を向け」

と、なるべく優しく声を掛ける。

その声にリリーは少し安心したような顔を私に向けると、やや照れながら、

「はい」

といつものように明るく答えてくれた。

その様子に安心しつつお茶を飲む。

すると、突然サクラが、

「ひひん!」

といつもより大きな声で、興奮したような鳴き声を上げた。


「どうした!?」

と、慌てて声を掛ける。

するとサクラがなぜかリリーに近寄ってまるで立ち上がるのを促がすように頬でリリーの背中を押し始めた。

「え?な、なんですか??」

とリリーが慌てて立ち上がる。

私も慌てて立ち上がり、サクラを宥めようとしたが、サクラはそれを少し嫌がって、またリリーの背を押した。

「わ、わかりましたから…」

とリリーが何がわかったかわからないがとりあえずそう言い、サクラを撫でる。

するとサクラはまた、

「ひひん!」

と大きく鳴いて、まるでついてこい言わんばかりに私たちの先に立って歩き始めた。

「おい。どこに行こうって言うんだ?」

と言いつつ、慌ててサクラについて行く。

サクラは時々私たちを振り返りながらも、ずんずんと森の奥へと入っていった。


そこから1時間ほど歩く。

そこで、チェルシーが、

「にゃ」(なにかおるぞ)

と言った。

チェルシーの語調からして緊迫感はない。

(どういうことだ…?)

と思いつつ慎重に進む。

そして、しばらく進むと私にも何となく気配が掴めるようになってきた。

またサクラが、

「ひひん!」

と鳴く。

すると、奥の茂みがガサリと動いて黒い馬が現れた。

(なっ!?またユックだと!?)

と驚く。

私はいったいどうしたものかと思ったが、サクラは私ではなく、リリーの方に近寄り、またその背中を押し始めた。

「え?ええ??」

と驚くリリーにその黒いユックが近寄ってくる。

その黒いユックはじっとリリーを見つめ、リリーもまた、その黒いユックを真っすぐに見つめた。

「えっと…来る?」

とリリーが苦笑いでそう言う。

すると、その黒いユックが、

「ひひん!」

と嬉しそうな声を上げた。


(おいおい…)

と思いながらその光景を見る。

そして、私は苦笑いしながら、リリーとそのユックに近寄ると、まずはリリーに、

「良かったな。いい仲間ができて」

と言葉を掛けた。

「は、はい!」

と嬉しそうにリリーが返事をする。

すると、そのユックも、

「ぶるる!」

と嬉しそうな声を上げた。

私はそんなリリーと黒いユックを見て、

「名前を付けてやったらどうだ?」

と笑顔で提案する。

するとリリーはハッとしたような顔で、

「え、えっと…。いいんですかね?」

となぜか私に許可を求めてきた。

「いいも何も、リリーがつけてやるべきだろう」

というとリリーは少し緊張したような感じでうなずき、その黒いユックの方を振り返る。

そして、そのままその黒いユックと見つめ合うと、

「アクア。水色の瞳がとってもきれいだから、アクアなんてどうかな?」

と言った。

「ひひん!」

とその黒いユックが嬉しそうに鳴く。

どうやら気に入ったようだ。

そのアクアと名付けられた黒いユックはリリーに頬を寄せ、嬉しそうに頬ずりをし始めた。

「あははっ。くすぐったいよ…」

と言いつつ、リリーも嬉しそうにアクアを撫でる。

私はそんな光景を見て、微笑ましい気持ちになり、サクラのもとに近寄ると、

「ありがとうな」

と言って、サクラを撫でてやった。


ひとしきり撫で合って落ち着いたリリーとアクアを連れて先ほどの場所まで戻る。

あたりはそろそろ暗くなろうかという頃だったので、その日はそこで野営をすることにした。


飯を食いながら、リリーに、

「よかったな」

と、改めて声を掛ける。

「はい。すっごく嬉しいです!」

と微笑みながら答えるリリーは本当に嬉しそうだ。

私はそんなリリーを見て、

「馬がいると冒険の速さが違う。便利になるぞ」

とその利点を伝える一方、やや真剣な表情で、

「ただし、守るべきものが増えるということも肝に銘じておけよ」

と注意点を教えてやった。

「…はい」

とリリーが緊張気味に返事をする。

そんなリリーに私は、

「ははは。そう構えなくてもいい。無理せずゆっくりやっていけばいいんだ」

と笑いながら言い、そして、最後に、

「着実に強くなれ」

という言葉を掛けてやった。


やがて、完全に日が落ちる。

その日、私はサクラに、リリーはアクアに寄りかかるようにしてゆっくりと体を休めた。


翌朝。

帰路に就く。

2日半ほどかけて無事ダンジョンを抜けると、ダンジョン前の村で1泊し、また2日ほどかけてハース村に到着した。

村長宅に戻りさっそく風呂を使わせてもらう。

湯船に浸かると、自然と全身の力が抜けていった。

「ふぅ…」

と息を吐きつつ、今回の冒険のことを振り返る。

リリーの剣さばきも魔法もずいぶんと良くなった。

まだまだ粗削り中の粗削りだが、いい物を持っていることは確かだろう。

きっとこれからもっと強くなる。

そして、いつか私を超える存在になってくれるに違いない。

私はそう直感していた。

(このまま真っすぐ育ってくれよ)

という思いを強く抱く。

そして、

(できればもう少し見てやりたかったが…)

という思いも抱きつつ、ぼんやりと何も無い天井を見上げた。


風呂から上がりささやかな打ち上げを催してくれるという村長の言葉に甘えるべく母屋に向かう。

私が母屋につくとリリーも手伝って料理を運んでいる最中だった。

鶏の照り焼きにサラダ。

ピザにスパゲティとなんとも家庭的でごちゃまぜな料理が並ぶ。

私はそれをなんだか微笑ましく思いつつ、さっそく席に着かせてもらった。


「いただきます」

と声をそろえて食事が始まる。

私、リリー、そして村長とその奥方で食卓を囲んだ。

あれこれと世話を焼いてくれる村長の奥方に遠慮しつつも美味しく料理をいただき、村の自慢だと言うエールを飲む。

そのどれもが素朴で飾らない味ながらも、優しさに溢れていた。


そんな食事が楽しく終わり、食後のお茶の時間。

(さて。そろそろ、お暇の時間だな…)

と思っていると、いきなりリリーが立ち上がり、

「け、賢者様!…あ、あの…、なんというか…、その…。わわ、私を弟子にしてください!」

と言って頭を下げてきた。

あまりに突然なその言葉に一瞬ぽかんとしてしまう。

そうやって私がどう答えたものかと思っているとリリーは頭を下げたまま、

「もっと学びたいんです。そして、村を守れるくらい強くなりたいんです。お願いします!」

と力強い言葉でそう言った。

私はそれを微笑ましく思い、

「ああ。いいぞ」

と答える。

しかし、リリーは、

「足手まといにはなりません。お願いします!」

と、どうやら私の言葉が聞こえていなかったようで、頭を下げたまま、また私に弟子入りを懇願してきた。

「ああ。だから許すと言っているんだが…」

と苦笑いで答える。

すると、そこでリリーは初めて、私の言葉の意味を理解したらしく、顔を上げて、そのきょとんとした顔を私に見せてくれた。

「え、えっと…いいんですか?」

と聞くリリーに、

「いいもなにも、願い出てきたのはそっちだろう」

と冗談を返す。

その言葉にリリーは満面の笑みを浮かべつつも、

「あ、あの…」

と言って涙を流し始めてしまった。

「おいおい。それじゃまるで私が意地悪を言ったみたいに見えるじゃないか」

と、また冗談を言う。

そんな私に対してリリーは、涙を袖で拭いつつ、泣き笑いで、

「えへへ。すみません…」

と、少し照れくさそうにそう言ってきた。

「じゃぁ、出発は明後日だ。いいか?」

と聞く。

「はい!もちろんです!」

と涙を拭いたリリーが今度は元気にそう返事をしてくれた。

リリーに近寄り右手を差し出す。

リリーはその手をまっすぐ握り返し、

「これから、よろしくお願いします。師匠!」

と言ってニカッと笑った。

「ははは。師匠ときたか…」

と照れて苦笑いを浮かべる。

「はい。師匠です!」

と満面の笑顔で答えるリリーの横で、チェルシーが、

「にゃぁ…」(これからはうるさくなるのう…)

と憎まれ口をたたいた。

「うふふ。チェルシーちゃんもよろしくね」

と言ってリリーがチェルシーを撫でる。

「にゃ」(ふん)

とツンデレるチェルシーを私も撫で、

「良かったな。料理人が仲間になったぞ」

と冗談を言った。

「にゃぁ」(うむ。そっちには期待しておる)

と鷹揚に答えるチェルシーの言葉に、私とリリーは密かに笑う。

そして、

「そういうわけだ、そっちもよろしくな」

「はい頑張ります!」

と会話を交わすと、その瞬間、私に生まれて初めての弟子ができた。

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