第92話 賢者弟子を取る04

チェルシーが何となく要望したから揚げを食べた翌朝。

朝食後。

「にゃぁ」(あの娘、リリーとか言ったか。料理の方も見込みがあるのう)

とご満悦のチェルシーを連れて、さっそく裏庭に向かう。

するとそこにはすでにリリーがいて、

「おはようございます。本日からよろしくお願いします!」

と元気に挨拶をしてきた。

「ああ。おはよう。こちらこそよろしく頼む」

と声を掛けてさっそく基礎訓練に取り掛かる。

まずは魔力を集中させて循環させる訓練から始めた。

聞けば魔法は冒険者を始めてから見様見真似で覚えたらしい。

ギルドで基礎講習を受けるお金が無かったのだそうだ。

私はそれを聞いて、

(いや、見様見真似で覚えられるものじゃないぞ…)

と驚愕しつつ、

(これは本当に丁寧に教えてやらねば)

と決意する。

しばらく訓練をしてみるが、どうやらリリーは苦戦しているらしい。

おそらく自分の膨大な魔力を計りかねているのだろう。

私も最初はそうだった。

ギルドの基礎講習ではずいぶんと苦労したものだ。

そんなことを思い出しながら、魔力を集中して体内を循環させるという訓練を続ける。

すると、割と時間が経っていたらしく、チェルシーが持ち前の正確な腹時計で、

「にゃぁ」(おい。飯にしろ)

と言って、もう昼時であることを教えてくれた。

「よし。ほんのちょっとだが、出来るようになったな。とりあえず続きは昼を食ってからにしよう」

と言っていったん訓練を中断する。

昼はみんなと母屋でとった。

昼食は和やかに進み、午後。

再び訓練を開始する。

私は、

(これは長丁場になるかもしれんな…。しかし、ものがものだけに中途半端は良くない)

と思いつつ、リリーが必死に自分の魔力と対話する姿を見つめた。


翌日からも訓練の日々が続く。

魔法だけでは飽きてしまうだろうと思って時々剣術の稽古も挟んだ。

リリーは本当に剣術が好きらしく、いくら打ち負けても楽しそうに「もう1本お願いします!」と言って打ち込んでくる。

その姿はどこかエルドワス自治区で会ったサユリに似ているように思えた。


そんな稽古の日々が続くこと30日ほど。

リリーの魔力操作は一応形になってきている。

私はそれを見て、

(そろそろ実戦で試してもいい頃合いか…)

と思い、最後の仕上げの意味を込めて、リリーをダンジョンに誘ってみた。

「楽しみです!」

というリリーの笑顔を微笑ましく思う。

私は、

(私にもあんな時代があったのだろうか…)

と考えて目を細めたが、すぐに、

(…そういうことを考える歳になったか…)

と自嘲気味に心の中で苦笑いを浮かべた。


出発を明後日にして一緒に準備を整える。

いざと言う時の食料のことやあると便利な道具のことなど、細かい点を教えながら進める準備はなぜかいつもよりずっと楽しく感じられた。

そして、出発の日。

久しぶりにサクラには乗らず徒歩で移動する。

サクラは少し不満そうな顔をしていたが、軽く宥めてやると、すぐに機嫌を直してくれた。


旅路は楽しく進む。

初心者のリリーも一緒ということもあって、ゆっくりと進み、2日ほどかけてダンジョン前の村に到着した。

いつものように1泊して準備の最終確認をしつつ体を休める。

そして翌朝。

「準備はいいか?」

「はい!」

「今回は浅い所までだが油断はするなよ」

「はい!」

「よし、じゃぁ行こう」

「はい!」

という会話を交わすと、いよいよダンジョンへと入っていった。


初日は順調に進む。

とはいえ、徒歩で初心者のリリーに合わせていることもあって、普段サクラと一緒に行動している時の半分も進めなかった。

それでも、

(まぁ、初心者にしては上出来だな…)

と思いつつ、リリーが作ってくれたスープで晩飯を済ませる。

そして、交代で休みつつ夜を過ごした。


翌日も同様に進む。

そして、そろそろ日が暮れようかという頃。

「にゃ」(おるぞ)

と言ってチェルシーが魔物の存在を教えてくれた。

(さてどうするか…)

おそらくこの辺りで出てくるからには小者だろう。

しかし、夜戦になれば厄介さも多少は増す。

リリーのことを考えればじっくり相手をさせてやりたい。

そう思って私はその日の追跡を諦めた。


また、リリーが作ってくれた飯を食べながら、

「勝負は明日だ」

と告げる。

その言葉にリリーは緊張しながらも、私の目を真っすぐに見て、

「はい!」

と力強く答えてくれた。


翌朝。

さっそくチェルシーが指し示してくれた方へ向かう。

途中、予想通りゴブリンの痕跡を発見したので、その見分け方、追跡の方法、地形の読み方、そんな基本的なことをリリーに教えながら進んだ。

やがてゴブリンの巣に辿り着く。

そこで私は、リリーに、

「いいか。焦るな。後は私が守る。目の前の敵に集中しろ」

と最後に念を押し、

「はい!」

という返事を聞くと、

「よし。思うように動いてみろ。私が補佐に回る」

と言って、リリーを促がし戦闘を開始した。


まずはリリーが勢いよく突っ込んで行く。

(おいおい。落ち着け…)

と思いつつも、

(これが若さか…)

となんだか微笑ましい気持ちで私もそれに続いた。


リリーが先頭にいたゴブリンに斬りつける。

右に薙ぎ、下段から跳ね上げ、そして袈裟懸けと流れるような剣さばきで次々とゴブリンを魔石に変えていった。

(ずいぶんよくなったな…)

と思いつつ、時々リリーの背後から迫ろうとしているゴブリンを討つ。

リリーは私が言った通り、目の前の敵に集中し、どんどん群れの中心へと突き進んでいった。

私もそれについていく。

(ここまでは順調だな…)

と思いながら見ていると、奥からやや大きな個体が出てきた。

(さて、どうする?)

と思って見ていると、リリーは迷わずそのやや大きな個体に突っ込んでいく。

私は、

(ははは。元気だねぇ…)

となんともおっさん臭いことを心の中でつぶやきながら、その戦闘を見守った。


デタラメに振り回される拳を冷静にかわし、まずは胴に一撃、そして、そのままその個体の横を素早くすり抜けると、後ろから袈裟懸けに切って、あっけなく勝負がついた。

私はまだ少し興奮気味のリリーの所に近寄っていき、

「よくやった」

と声を掛ける。

「ありがとうございます!」

と言ってリリーが嬉しそうに笑った。

私はその笑顔を見て、

(ああ。こういう生き方もありかもしれんな…)

と、再び思う。

エルドワス自治区でみんなに教えた時もそうだった。

自分の経験を誰かに伝え、それが形になっていくさまを見るのにはなんとも言えない満足感がある。

私はそのことを確実に喜びだと感じ始めていた。


その日はもう少し奥まで行ってみることにしてさっさと魔石を拾い集めてその場を発つ。

しばらく移動し、そろそろ夕暮れというところでいい水場を見つけた。

さっそくその場で野営の準備に取り掛かる。

毎度申し訳ないと思いつつ、今日もリリーに食事をお願いした。

リリーの飯は美味い。

エルドワス自治区で出会ったサユリと遜色ないのではなかろうか。

しかも本人曰く料理が好きなのだそうだ。

料理をしていると心が落ち着くらしい。

そんな話をしながら、飯を食う。

そして、その日は早めに体を休ませた。


翌朝。

また魔物を探して森の中を歩く。

するとそろそろ昼かという所で、チェルシーが、

「にゃ」(豚じゃな)

と言った。

どうやらオークらしい。

私はリリーに、

「オークの経験はあるか?」

と聞いてみる。

「い、いえ…」

と緊張からかやや青ざめたような顔で答えるリリーに、私は、

「じゃぁ、どんなものか見学しているといい。なに。慣れてしまえばただの豚だ」

と言うと、チェルシーが指し示してくれた方へさっさと歩を進めていった。


やがて痕跡を発見する。

ここでも私はリリーに痕跡の見分け方なんかを教えながら進んでいった。

そうやって進むことしばし。

ようやくそれらしき影を発見する。

数は3。

私はリリーに軽くうなずくと、いつも通り悠然とオークの方へ近寄っていった。

刀を抜き、自然体に構える。

そして十分射程に入ったところで、オークもこちらに気が付いた。

いつものように醜く叫びながら襲い掛かって来る。

私はそれを冷静に受け止め、なるべくゆっくり、基本に忠実に仕留めていった。

戦闘が終わり、リリーのもとへ戻る。

リリーはややぽかんとした表情をしていたが、私が、

「どうだ?十分に見えたか?」

と聞くと、

「は、はい!すごかったです」

と言いキラキラとした目を私に向けてきた。


「ははは。たいしたことじゃない」

と、やや照れながらいい、

「さぁ、昼にしよう」

と言って、さっさとその場で食事の準備を始める。

その日の昼はいつも通り簡単なチーズドッグにしたが、火魔法でチーズを炙る私を見て、リリーはまたぽかんとした表情を浮かべた。

「魔力の制御が上手くなるとこういうこともできるようになる」

と苦笑いで教えてやる。

すると、リリーは楽しそうな顔で、

「覚えたらお料理の幅が広がりそうですね!」

と言った。

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