第91話 賢者弟子を取る03

リリーと会った翌日。

オークを数匹魔石に変えてから無事、鎮静化をしてハース村への帰路に就く。

帰りは何事も無く2日ほどでハース村に辿り着いた。

まずは村長宅を訪ねる。

リリーに伝言を頼んだものの、一応自分の口からも伝えるのが筋というものだ。

時刻は夕方前。

(もしかしたら、また宿を頼むかもしれんな…)

と少し申し訳なく思いながら村長宅の玄関でおとないを告げると、村長はすぐに出て来てくれて、私を招き入れてくれた。

リビングに通されソファに腰掛ける。

「状況は聞いたか?」

と開口一番聞く私に、村長は少し申し訳なさそうな顔で、

「はい。この度はリリーを助けていただいたそうでありがとうございます」

と言って頭を下げてきた。

「なに。たまたまだ。…というかリリーはここの子だったのか?」

と少し照れくさく思いながら、話題を変える。

すると村長はなぜか困ったような笑顔を浮かべながら、

「はい。小さい頃から引き取って育てています」

と言った。

どうやら事情があるらしい。

私はなんとも悪いことを聞いてしまったと思いつつ、

「そうだったのか…」

と短く返す。

そんな私に村長は、昔を思い出すような感じで、

「あの子にも困ったものです。きっと私たちに負い目を感じているんでしょう…。去年いきなり冒険者になると言って家を出ていってしまいまして…」

と、苦笑いの苦さの方を少し増したような顔でそう言った。


それを聞いて私は、

(なるほど、それぞれにそれぞれの想いがあるんだろうな…)

と想像しつつ、

「なるほどな…。で、剣術も魔法も独学なのか?」

と、また話題を変える。

すると、村長はその質問を少し意外に思ったような顔で、

「いえ。魔法の方は知りませんが、剣術は村の道場で習っておりました。昔から剣術の好きな子でしたから、好きにさせていたんですが…」

と答え、私の方に心配そうな視線を向けてきた。

私は顎に手を当て、

「そうか…なるほどな」

と少し考える。

その仕草を見て、心配になったのか村長は、

「あの…いかがでしょう、賢者様からみてあの子は…?」

と、ますます不安そうな顔でそう聞いてきた。


「そうだなぁ…」

と答えようと思ったところで部屋の扉が叩かれる。

そしてリリーが、

「失礼します」

と言いお茶を持って入って来た。

「ああ。ちょうど良かった。今、お前の話をしていたところだったんだよ」

と村長が言い、私に向かって、

「本人にも聞かせてやってくれませんか?」

と願い出てくる。

私は一瞬どうしたものかと思ったが、

「ああ。いいぞ」

と言って、リリーの同席を許した。


緊張気味にリリーが席に着く。

そのリリーが、

「あ、あの…」

と少しおどおどしながら、私に覗き込むような視線を送って来た。

「ははは。なに、村長から腕前はどうかと聞かれたのでな。まぁ、私から見てどう見えたか正直に話すから今後の参考にでもしてくれ」

と軽く笑いながら、リリーに話掛ける。

すると、リリーは少し顔を青くしてうつむいてしまった。

おそらく自分の失敗のことを思い出しているのだろう。

そんな様子を微笑ましく思いつつ、私は、

「まずは剣についてだな。道場の稽古が良かったんだろう。癖のない太刀筋でなかなかのものだった。冒険者で言えば5年目くらいの実力だと言っていいと思う。…そうだな。わかりやすく言うと、ゴブリン2、30程度ならいいがそれ以上ならパーティーを組んだ方がいいくらいと言えばわかるか?」

と言い、リリーの方に視線を向ける。

するとリリーは小さく、

「…はい」

と言ってますます縮こまってしまった。


そんなリリーの肩を村長が慰めるように優しくさする。

その光景を見て、私は、

(親心だな…)

と何となく思いつつも、

「次に」

と言って、本題の魔法の方の話を始めた。

「はい…」

とリリーが青ざめながらもはっきりとした目で私を見てくる。

どうやら真剣に聞きたいようだ。

私はその視線に軽くうなずきながら、まずはお茶をひと口飲み、

「魔法の方は全然だ。基礎がなっていないから危なっかしくて使えたものじゃないだろう。しかし、私も驚くほどの魔力を持っているらしいから、きちんと使い方を学べばそれなりに所まで行くはずだ。…村長、2、3日もらえれば基本的な訓練方法を教えてやれるがどうだ?」

と、正直なところを本人に伝えつつ、基本を教えてやりたいがどうだ?と村長に申し出た。

すると、急にリリーが立ち上がって、

「あ、あの!うれしいです。お願いします!」

と言って頭を下げてくる。

村長もそれを苦笑いで見つつ、

「お願いしてもよろしいでしょうか。…それがこの子を守ることにつながるのであれば願ったり叶ったりです」

と言い、私に頭を下げてきた。


私はその真っすぐさと、優しい想いになんとも言えない照れくささと温かさを感じ、

「ああ。じゃぁ、明日からさっそく練習を始めよう」

と言いリリーに右手を差し出した。

「はい!よろしくお願いします!」

と言って頭を下げつつ私の右手を両手で握り返してくるリリーを私微笑ましい気持ちで眺める。

村長もその姿を嬉しそうに眺め、私は、臨時ではあるが、私はまた教官役をやることになった。


その後、

「しばらく滞在されるなら離れをお使いください」

と言ってくれた村長の言葉に甘えて村長宅の離れに移る。

どうやら、普段から客室として使っているらしい。

その離れに移って、リリーにお茶を淹れてもらっていると、さっそくソファの上で丸くなったチェルシーが、

「にゃぁ」(相変わらずおせっかいなやつよのう)

と言って、器用に苦笑いを浮かべて見せた。

「ははは…」

と笑いながら撫でてやる。

するとそこへお茶を持ってきたリリーが、

「実はずっと気になっていたんですが、その猫ちゃんは賢者様のお友達ですか?」

と聞いてきた。


「ん?まぁそうだな。友達と言えば友達だ」

「にゃぁ」(うーむ…。そう言われると否定もできんな…)

と2人して答える。

そんな私たちを見て、リリーは「くすっ」と笑うと、

「いいですね。お話できる猫ちゃんのお友達がいるなんてさすが、賢者様です」

と何気ないことのようにそう言った。


「なっ!?」

「んにゃぁ!?」

と2人同時に声にならない声を上げる。

それに驚いたのかリリーは、

「え、えっとー…」

と言いながら若干引いたような目で私を見てきた。

私は驚きつつ、

「聞こえるのか?」

と息を呑んで聞く、

そして、

「え?えっと…はい…」

と、戸惑いつつ答えるリリーに向かってうなずくと、

「これからチェルシーに何か質問をしてもらうから、もう一度聞いてみてくれ」

と言い、今度はチェルシーに向かって、

「チェルシー、なんでもいいからちょっと話しかけてみてくれ」

と頼んだ。

「にゃ、にゃぁ」(わ、わかった…)

と言って、チェルシーはおもむろに、

「にゃぁ」(今夜はから揚げにせい)

と言う。

すると、リリーが「ぷっ」と噴き出してから、

「うふふ。から揚げですね。了解です」

と、ものの見事にチェルシーの会話を聞き取って見せた。


「私こう見えて料理は得意なんですよ!」

と嬉しそうに言って台所に下がっていこうとするリリーを、

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

と言って呼び止める。

そして、

「とりあえず座って話をしよう」

と言うと、まずはリリーをソファに座らせた。

驚きで混乱する頭をどうにか整理する。

私は深呼吸をして、お茶をひと口飲むと、

「まず、このことは他言無用だ。もし、バレたら大変なことになるからな…」

と言って釘を刺した。

「は、はい…」

とリリーが緊張気味に答える。

私は慎重に言葉を選びつつ、

「いいか。いくらケットシーとは言え、しゃべれる猫なんてのは普通、存在しない。チェルシーだけが特別なんだ。まずはそのことを理解してくれ」

と言いリリーに真剣な目を向けた。

「は、はい…」

とリリーが息を呑みながらそう答える。

私はその目をまだ真っすぐ見ながら、再度、

「他言無用だ。絶対に」

と念を押した。

「はい!」

とリリーが緊張しながら返事をしてくれる。

私はとりあえずそのことに一安心したものの、

(さてこれはどうしたものか)

と思い、こめかみを軽く抑えながら、またお茶をひと口飲んだ。

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