第89話 賢者弟子を取る01
実家を発った翌日。
とりあえず王都の北にある宿場町に入る。
(さて、当面の間この国で活動すると言ったもののどうしたものか…)
と思いつつギルドに向かい、軽く掲示板に張り出されている依頼を見てみた。
特に急を要するようなものは無いように見受けられる。
それでも私は念のため受付に行き、最近の依頼の傾向を聞いてみることにした。
「ちょっといいか?」
と言って、受付で暇そうにしているおばちゃんに声を掛ける。
「あ、はい。なんでしょう?」
と少し驚きながらも居住まいを正して私の方に目を向けたおばちゃんに、
「いや、ちょっと最近の依頼の様子なんかを聞きたくてな。特に魔物が増える傾向にあるとか、小さな村からの依頼があるとか、そういうことが無いか聞きたいんだが」
と言うと、その受付のおばちゃんは「はぁ」と不思議そうな顔をしながらも、
「そうですね。ここ最近増えたってことはありませんけど、言われてみれば若干多いかもしれませんね。まぁ、誤差の範囲と言えばそう言えますが。あと、小さな村からの依頼はたまにありますよ。どれも初心者のいい練習になってますね」
と教えてくれた。
「そうか。わかった。ありがとう」
と言って、ギルドを出る。
(やはり細かく回ってみた方が良さそうだな…)
と私は、やはりこの国でもダンジョンが活性化しているのではないかという感覚を得てとりあえず宿に戻って行った。
「にゃぁ」(飯の時間か?)
と少し寝ぼけ眼でいうチェルシーに、
「風呂に入って来るからちょっと待っててくれ」
と苦笑いで返しながら、銭湯へ行く支度をする。
銭湯に着き手早く体を洗った後、
「ふぅ…」
と息を漏らしながら湯船に浸かると、私は先ほどギルドで懸念に思ったことについて少し考えてみた。
(比較的ダンジョンが多いのは当然ヒトの国だ。なにせ、広い。それに大きなダンジョンがたくさんあるからついついそちらに目が行きがちだったが…。小さいダンジョンにもきちんと注目しなければならなかったな…。盲点、いや、私の考えの足りなかったところだな…)
とこれまでの自分の行動を反省しつつ、顔にパシャンとお湯を掛ける。
そして、
(幸い、この国の場合大きなダンジョンは1つしかない。あとはダンジョンが無くても経済が回るような村ばかり、のはずだ。そこは慎重に見極めなければならないだろうが、ある程度鎮静化してしまっても大丈夫だろう…)
私はそう思い、なんとなくこれからの活動方針を決めた。
そして次に、具体的なことについて考え始める。
(さて、国中を回って小さなダンジョンを潰していくのはいいとして、それなら本当にどこかに拠点を置かんとな…。うーん一番便利なのは王都周辺なんだろうが、どうもそれじゃぁ面白くないというか、なんというか…)
といかにも風来坊らしくどこか知らない土地を選んでみたいというような欲求を覚え、少し悩んだが、結局、
(とりあえず、飯の美味い村をみつけたらそこにするか。上手いこと見つからなかったらその時は王都近郊に戻って来ればいい)
と、なんとも行き当たりばったりのいつもの思考に着地してそこで風呂から上がった。
さっさと宿に戻る。
するとさっそく、
「にゃぁ」(腹が減ったぞ)
といういつもの催促が来たので、私も、
「あいよ」
と、いつものように答えてさっそく町に繰り出していった。
適当な定食屋に入り、今日は卵の気分だというチェルシーの要望でオムライスを頼む。
注文する前に、薄焼きで包む系かふわとろのオムレツを上に乗せる系か聞いてみ所、ふわとろ系だということで、チェルシーもそれで納得してくれた。
「にゃぁ」(うぬ。なかなかよいとろとろ具合じゃ)
と言いつつ、食べるチェルシーを微笑ましく見つめる。
そして、私も、
(薄焼きの方はチキンライスを食っているという感じが強いが、とろふわの方は卵料理を食べているという感じを強く感じるな)
とオムライスに対する考察をしながら、そのとろふわオムライスを口に運んだ。
満足で定食屋を出る。
「にゃぁ」(美味かったのう)
「ああ。なかなかだった」
と味の感想を言い合った後、
「にゃぁ」(明日からはどうするんじゃ?)
というチェルシーに、
「ああ。とりあえず各地を巡って様子を見てみようと思っている。行先は…とりあえず、北だな」
と、明日からのざっくりとした予定を伝えた。
「にゃぁ」(そうか。まぁ、なんでもよいが、飯はちゃんとしろよ)
と、いつものように特に関心がなさそうな感じで言ってくるチェルシーに苦笑いしつつ、
「ああ。善処する」
と答えて、宿への道を歩いた。
翌朝。
のんびり宿場町を発つ。
とりあえず北に向かう街道を進んだ。
途中、小さな村に寄り食事をしながらその店のおばちゃんに最近の村の様子を聞く。
突然そんなことを聞かれておばちゃんは当初私のことを訝しんでいたようだが、ギルドカードを見せ、「国からそういう仕事を受けてな」とちょっとした嘘を吐くと、喜んで村のことを教えてくれた。
話を聞いた限り、この村では異常は無さそうだ。
私はそのことに安心し、また街道を進んだ。
やがて、次の宿場町に到着し、またギルドに寄る。
だが、ここでも売れ残っている依頼はなかった。
安心しつつ、宿を取って飯を食う。
そんなことを何度も繰り返しながら、私たちはゆっくりとエリシア王国各地を巡っていった。
そして、季節はひと回りして、また初秋。
(時々鎮静化もしたが、大きな異常はなかったな、あとはあの大きめのダンジョンだけか)
と思い、そのダンジョンに続く田舎道を歩く。
そして、ダンジョン前の村まであと1日というところでちょうど日が暮れてきたので、ダンジョンが近いなら宿はあるだろうと思って適当な村に入った。
しかし、人に聞いたが、残念ながら、この村に宿は無いと言う。
そこで私は仕方なく村長宅を訪ね、適当なところで野営でもさせてもらえるよう頼みにいった。
わりと広い村のあぜ道を通り、たわわに実る稲穂を横目に村長宅を目指す。
どうやら割と豊かな村らしい。
私はこの村にそんな印象を抱きながら村長宅の玄関扉を叩いた。
やがて出てきてくれた村長に、
「急にすまん。冒険者なんだが、うっかり宿のある村だと思って立ちよってしまってな。村の空き地か何かで野営をさせて欲しいんだが。いいだろうか?」
と事情を説明しながら訊ねる。
すると村長はニコニコとした顔で、
「でしたらうちをお使いください。特になにもない家ですが」
と言って自宅へ招き入れてくれた。
「ありがたい。助かった」
と言いつつ、身分を明かし、また「国からの仕事」だと言って村の様子を聞く。
村長は私の身分にやや驚いていたようだが、
「はい。実は最近、森で狩りをする連中がたまに魔物の痕跡らしきものを見るようになったといっておりまして。それでどうしたものかと思っていた矢先でございます」
と最近の村の変化を教えてくれた。
「なるほど、それは心配だな。よし、一宿一飯の礼に様子を見てこよう」
と告げると、その日は心尽くしのもてなしを受け、ゆっくりと休ませてもらった。
翌朝。
さっそく森に向かう。
ここの森はダンジョンの端に当たる場所だ。
そこで魔物の痕跡があるということは、おそらくダンジョンが活性化しているに違いない。
そうなると、また奥に行って鎮静化をする必要があるだろう。
私はそんなことを考えながら、まずは村長の心配事を解消すべく、いつものように森に入っていった。
初日は難なく進む。
どうやらこの辺りはまだ狩人あたりが出入りする場所らしい。
誰かが野営したらしい場所を見つけると、私もその場を借りてその日の野営の準備に取り掛かった。
(…かまどの組み方からして意外と初心者っぽい跡だな…ということは、だれか冒険者でも入っているのか?)
とその痕跡を見て思いながら調理を進める。
その日は村長宅で分けてもらったこの村の特産だという鶏肉の燻製を軽く炙ってサンドイッチにして食べた。
食べてみると燻製にしてはしっとりしているし、なによりその燻した香りがいい。
(なんの木を使って燻してるんだろうか?)
と感心しながら食べ進める。
どうやらチェルシーのその味を気に入ったようで、
「にゃぁ」(絶品じゃな。おい。帰りに買えるだけ買っていけ)
と言ってきた。
私も、これは出来るだけ欲しいと思ったので、気軽に、
「ああ。了解だ」
と答える。
満天の星の下、思わぬご馳走に私たちは思わず顔を綻ばせ、ゆったりとした気持ちで夜を過ごした。
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