第4章

第88話 再び実家へ

最後に実家に寄ってからどのくらい経っただろうか。

20年近くは経っていると思う。

いつものように魔物の掃除と鎮静化の作業を終わらせ、一服しながら、ふとそんなことを考えた。

不意に郷愁が湧く。

そして、

「そろそろ帰るか…」

と、つぶやくようにそう言った。

「にゃ?」(ん?)

と言うチェルシーに、

「ああ、いや。そろそろ実家に帰ってみるかと思ってな」

と、なぜか少し弁解するような口調でそう言う。

しかし、チェルシーはそんなことまったく気にならない様子で、

「にゃぁ」(好きにせい)

と、いつものようにのんびりした口調で鷹揚にそう言った。


そんなやり取りで次の目的地が決まる。

私はお茶を飲み干すと、ゆっくりと立ち上がり、軽く準備を整えてから、

「さて、行こうか」

とサクラに声を掛けた。

(みんな元気だろうか。姪っ子たちは大きくなっているんだろうな…)

と考えながら森の中を進む。

そんな私のウキウキとした気持ちが伝わったんだろうか、サクラが、

「ひひん!」

と楽しそうに鳴いて少し足を速めた。


数日後ダンジョンから出る。

いつものようにダンジョン前の村で一泊し、疲れを癒すと翌朝、さっそく実家へ向けて旅立った。

楽しい旅がまた始まる。

私もサクラも、そしておそらくチェルシーもそんな予感に胸を躍らせながら、楽しげに街道を進んでいった。


街道を進むこと2か月ほど。

ようやくエリシア王国の国境に到着する。

途中、あまり寄り道をしなかったせいか、思っていたよりも早く到着した。

ここから3日ほどで実家のある王都に着く。

私たちはそこから宿場町をたどり実家までの道をゆっくりと進んだ。


3日後。

順調に進み実家に着くと、

「ただいま」

と一声かける。

すると、奥から妹のセレナが出て来て、驚いたような、しかして嬉しそうな顔で、

「おかえりなさい」

と言ってくれた。

そんなセレナに、もう一度、

「ただいま」

と言うと、

「旅の仲間が増えたんだ。厩は空いてるか?」

と言いつつサクラを紹介する。

セレナは少し驚きつつも、

「ええ。今は使ってないから、空いてるけど…ちょっと様子を見てくるわね」

と言いながら、奥に下がっていった。

そんなセレナを見送っていると、続いて奥から、兄のルイードがやってきて、

「お。ジークか。久しぶりだな」

と声を掛けてくる。

私はそれにも、

「ただいま」

と返し、やがてやってきた父のエミリオと母のアリシアとも、それぞれに、

「ただいま」

「おかえり」

と挨拶を交わした。

やがて戻って来たセレナが、

「一応毎日掃除はしてたから問題無いと思うけど、見てもらえるかしら?」

と言うのでサクラを厩へ連れて行く。

実家の厩は昔、卸売りをしていたころ荷馬車を置いていた場所だが、今は店舗販売のみに切り替えたので使われていない。

それでも毎日きちんと掃除をしていてくれたらしく、中はきちんと整えられていた。

「敷く藁なんかが無いけどどうしましょう」

というセレナに、

「それなら大丈夫だ。サクラは慣れてるから今日は問題ない。明日にでも衛兵の詰所辺りからもらってこよう」

とサクラを撫でつつ言ってやる。

そして、とりあえず水飲み用の桶に井戸から水を汲んできてやったり、荷を下ろしてやったりして一通りサクラの世話をしてから、セレナと一緒に家の中に入っていった。


「ミリアさんはちょうど買い物に出てるの。ああ、じきにイザベルちゃんとイライザちゃんも学問所から帰ってくる頃ね」

と話しながら居間に向かう。

居間に入ると、私たちがサクラの世話をしている間に戻って来たという兄嫁のミリアさんとも挨拶を交わしてとりあえずお茶を淹れてもらった。

「元気だった?」

と母さんが聞いてくる。

私はそれに、

「ああ。万事順調だ」

と短く、しかしなるべく優しい笑顔で答えた。

母がひと口お茶をすする。

そして、私に向かって目を細めながら、

「そう。それは良かったわ」

と言った。

そんな母の笑顔に、心配をかけて申し訳ないと思う気持ちと、母も元気で良かったという微笑ましいような思いが込み上げてくる。

するとそこへ、

「「ただいまー!」」

と元気な声が響いて、双子の姪イザベルとイライザが学問所から帰ってきた。


「おかえりなさい。ジーク叔父様が来てるわよ」

とミリアさんが声を掛ける。

すると、イザベルかイライザが、

「猫ちゃんの人?」

と言って私の方を見てきた。

「ああ。猫の人だ」

と笑顔で答えて、私の横で丸くなっていたチェルシーを抱きかかえて見せてやる。

すると、今度は先ほどとは違う方が、

「抱っこしていい?」

と聞いてきた。

「ああ。もちろんいいが、優しくな」

と言ってチェルシーを渡してやる。

すると、それを受け取ったイザベルかイライザは、

「うふふ。可愛い…」

と言ってうっとりとした表情でチェルシーを優しく撫で始めた。

「あ、イライザばっかりずるい」

と言って、イザベルと思しき方もチェエルシーを撫で始める。

私はそれを、

「ははは。仲良く順番こだぞ」

と言いながら微笑ましく見つめた。


やがて、

「あら。じゃぁ今夜はすき焼きね」

とミリアさんが思い出したようにそう言う。

それを聞いて、私は、

「ああ、じゃぁ私が肉を買いに行ってこよう」

と言うと、少し遠慮するミリアさんとセレナを手で制して腰を上げた。


以前と同じように肉屋に向かう。

すると、あの時と変わらない声で、

「お。ジーク坊じゃねぇか。また久しぶりだな」

という声を掛けられた。

「ははは。まだ生きてたみたいだな」

と笑いながら言うと、肉屋のおっちゃんも、

「けっ。減らず口が」

と笑いながら悪態を吐き返してきた。

「一番いい肉を頼む。わかってると思うがすき焼き用だ」

と頼むと、

「おうよ。ちょいと待ってな」

と言っておっちゃんが店の奥に下がっていく。

そしてしばらくすると、

「今日はリブロースの良いのが入ったからなそれにしといたぜ」

と言うおっちゃんに、

「ありがとな」

と言って、粒金貨を2枚渡す。

そして、お釣りの銀貨をもらうと私はのんびり商店街を散策しながら実家へと戻っていった。


「にゃ」(うむ。苦しゅうない)

と言いつつ、姪っ子たちと戯れるチェルシーを横目に台所に向かう。

「待たせたな。肉だ」

と言って、母に肉を渡すと、

「あら。こんな上等なのを買って来たの?」

と遠慮がちに言われてしまった。

「ああ。なにせこちとら賢者様だからな」

と冗談を返す。

すると母は困ったような笑顔で、

「賢者様の前に、私にとっては可愛い息子よ」

と、ちょっと恥ずかしいことを言ってきた。

「うふふ。家族みんなそう思ってるわ」

と言ってセレナも笑う。

私はなんとも小恥ずかしくなって、

「まぁ、そういうことだ。晩飯は期待してるぞ」

と若干意味の分からないことを言って、さっさとリビングに戻っていった。


やがて夕飯時。

「にゃ」(いただきます)

と言い、はぐはぐと一番に肉を食うチェルシーをみんなそろって微笑ましく見つめ、次々に焼かれる肉を食う。

そして、肉がひとまわりすると、今度は野菜を入れて、煮込む時間が始まった。

わいわいと懐かしい話で盛り上がりながらみんなで鍋を囲む。

ものすごく久しぶりに帰ってきた我が家だが、私にはあの時と何も変わっていないように思えた。


そんな夕食が終わり、お茶の時間。

「しばらくはこの国の中を回ろうと思っている。もしかしたら、どこかに拠点を置くかもしれないから、その時は連絡するよ」

と言って、みんなに今後の予定を伝えた。

「あら。じゃぁ、もっと頻繁に帰って来られるわね」

と言って母が喜ぶ。

すると、家族みんながそんな母の顔を見て嬉しそうに微笑んだ。

私も、

「ああ。なるべくそうしよう」

と軽く約束する。

「うふふ。楽しみね」

と言って笑う母を中心に笑顔が広がり、小さな食堂にたくさんの笑顔が溢れた。


数日後。

「じゃぁ、近いうちにまた来る」

と言って実家を発つ。

そして、

「にゃぁ」(どこに向かうんじゃ?)

と聞くチェルシーに、

「さて。どこだろうな」

といつもの言葉を返して、私たちの旅がまた始まった。

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