第54話 SSこたつ

エルドの町に来て迎える初めての冬。

私は今日も稽古に精を出している。

昼。

いつものように、

「ただいま」

と声をかけて玄関をくぐると、奥から、

「おかえりなさいませ」

というサユリの声が聞こえた。

続けて、ツバキとアヤメの声も聞こえる。

私はそのことをなんだか嬉しく思いながら、茶の間へ向かった。

「チェルシー。ただいま」

というが返事がない。

(はて。どこにいるんだろうか?)

と思いつつ、こたつに足を突っ込む。

すると、

「ふぎゃっ」

と声にならないチェルシーの声がこたつの中から聞こえてきた。


「ああ、すまん。そこにいたのか」

と言いつつこたつ布団をめくって中を覗き込む。

すると、こたつの中で丸まっていたチェルシーが、

「にゃぁ」(これ、昼寝の邪魔をするでないわ)

とこちらを睨みながら恨み言を言ってきた。


「すまん、すまん」

と言いつつ再びチェルシーに気を付けながらこたつに入ると、もぞもぞとこたつ布団が動いて、チェルシーがこたつから出てきた。

「にゃぁ」(そろそろ昼か…)

と言いつつ私の膝の上に乗り、また丸くなって居眠りを始めたチェルシーを軽く撫でつつ昼を待つ。

やがて、ツバキが持ってきてくれた茶をすすりながらのんびりとしていると、

「お待たせしました」

と言って、サユリを先頭に、ツバキとアヤメが食事を運んできてくれた。


(やはりサユリは料理が上手いな。みそ汁の味がいつも抜群だ)

と思いながらゆっくりすする。

温かい汁が冷えた体によく沁みた。

「にゃぁ」(うむ。いつもながらサユリの生姜焼きは美味いのう)

とチェルシーも嬉しそうに肉にかじりついている。

「ははは。そうか、そうか、よかったな」

と言いつつ、チェルシーを撫でてやると、そんな様子を見ていたサユリが嬉しそうに微笑んだ。


思えば、魔王だと知っているはずのサユリもずいぶんとチェルシーに慣れてきたものだ。

最初はおっかなびっくりの様子だったが、最近では、時々おやつをあげたりして仲良くしてくれている。

私はそんな最近の生活のことを軽く振り返ってみて、

(ずいぶんとこの生活も落ち着いてきたものだ…)

と思いながら、生姜焼きに箸を伸ばした。


午後。

また訓練場に出る。

みんなの訓練の様子を見ながら、

(サユリの剣は鋭さを増してきているし、相手の剣筋を読むのもずいぶんと上手くなった。もう10回に1回くらいは1本取られるようになったしな。ツバキの盾もより堅牢になってきている。おそらく防御魔法がより効率的に使えるようになったからだろう。アヤメの魔法だってずいぶんと足腰がしっかりしてきた。そうなると、そろそろ仕上げに掛かってもいい頃合いかもしれんな…)

と今後のことをぼんやりと考えていると、いつの間にからちらほらと雪が降り始めてきた。

「お。いやに冷えると思ったら雪か…」

となんとなく空を見上げながらつぶやく。

(チェルシーは今頃またこたつで丸まっているんだろうな…)

と思い苦笑いを浮かべる。

そして、

「ジーク様、一本よろしいでしょうか?」

という従士の声に気軽に答えて、訓練場の中へと進み出ていった。


夕方。

「おー、寒っ」

と言いながら、本格的に振り出してしまった雪を払いつつ家に入る。

みんなはこのくらいの寒さはどうということがないというような顔をしていたから、きっと慣れているのだろう。

私は軽く肩をすくめ、二の腕辺りをさすりながら茶の間へ向かいさっそくこたつに足を突っ込んだ。

「ふぎゃっ」

とまたチェルシーの声がする。

私は慌ててこたつ布団をめくると、

「すまん、大丈夫か?」

と声を掛けた。

「んにゃぁ」(まったく。同じ失敗を繰り返すでないわい)

という不機嫌な声が帰って来て、もう一度、

「すまん、すまん」

と苦笑いで謝る。

するとまたチェルシーはもぞもぞとこたつの中から出て来て私の膝の上に座った。

「にゃぁ」(今日の飯はなんじゃ?)

と聞いてくるチェルシーを撫でてやりながら、

「さぁ、なんだろうな。しかし、こう寒いんだ。なにか温まるものがいいが」

と、こたつとチェルシーの両方の温もりにほっとしながらそう返す。

そしてまた出されたお茶を飲みつつ、待つことしばし。

「お待たせしました」

という声がして、晩ご飯が運ばれてきた。


「お。鍋か」

「ええ。今日は寒そうにしていらっしゃいましたから、鶏団子鍋にしてみました」

という気遣いに感謝しつつ、コンロに乗せられた鍋から立ち上る湯気になんとの言えない温かさを感じ、みんなが席に着くのを待つ。

そして、みんなが席に着くと、

「「「「いただきます」」」」

「にゃ」(いただきます)

とみんな声をそろえて、さっそく鍋をつつき始めた。

野菜の甘味がしっかり出た出汁をすすり、ふわふわの鶏団子をふーふーしてから口に放り込む。

(あふっ)

と思わず心の中で叫んではふはふしながら食べると、鶏肉のあっさりとしたうま味が優しく口の中に広がっていった。

私の横で、チェルシーも同じようにはふはふしながら、

「にゃ…」(あふ…。しかし、このふわふわのなかにコリコリが入っているのがよいな。食べていて面白いぞ)

と美味しそうに鶏団子を食べている。

サユリもツバキもアヤメもどこか楽しそうに鍋をつついては、

「おいしいね」

と言って微笑んでいる。

(ああ、なんかいいな。こういうの)

と、まるで実家のような団欒の雰囲気を感じ、私も微笑む。

「お口に合いましたか、ジーク様、チェルシー様」

と声を掛けてくるサユリに、

「ああ、いつもながら美味いぞ」

「にゃぁ」(うむ。あっぱれじゃ)

と返すと、サユリは少し照れくさそうにはにかんで、

「〆は雑炊にいたしますので、汁は少し残しておいてくださいね」

と言うと、追加の野菜や鶏団子をせっせと鍋に入れ始めた。


そんな温かい雰囲気の中、話も弾み、楽しく食事が進む。

そして、〆の雑炊を食べ終わってお茶の時間。

3人の中では一番食べ物屋に詳しいツバキが、

「ねぇ、今度の週末は『たこ足亭』でラーメンにしようよ。あそこ最近塩ラーメン始めたらしいよ」

と食後すぐにもかかわらず食べ物の話を始めた。

そんな食いしん坊のツバキに向かってサユリが、

「もう、ツバキったら…でも、いいわね。さすがにラーメンは家じゃ作れないから外食の時にはいいかもしれないわね」

と苦笑いで返す。

すると、そこにアヤメが、

「じゃぁ、食後は『銀座屋』のあんみつにしない?あそこの黒蜜は何度食べても絶品よ」

と早くもデザートのことを提案した。

そんな会話を聞き、自分のことを棚に上げ、

「はっはっは。みんな食いしん坊だな」

と言って笑ってしまう。

すると、3人がそれぞれに少し照れたような顔になったが、サユリがみんなを代表して、

「ジーク様ほどではありませんわ」

と可愛らしく頬を膨らませながら抗議してきた。

「ははは。そうだったな」

と言って笑う。

そして、そこへ、

「にゃ!」(あんみつが食いたいぞ!)

というチェルシーの声がかかると、私はその内容に、サユリ、ツバキ、アヤメの3人はまるでなにかツッコミを入れたようなその絶妙なタイミングにそれぞれが笑い、今日も楽しい夕食の時間が終わった。


ふと窓の外に目をやる。

庭はすっかり白くなっていた。

「今夜は冷えるでしょうね」

と言うサユリに、

「ああ、風邪をひかんように注意しなければいけないな」

と返して温かいお茶をすする。

そして、

(何気ない気持ちで引き受けた教官の仕事だったが、案外向いているのかもしれんな…)

と、柄にもないことを思いつつ、私は静かに白さを増していく外の風景をぼんやりと眺めた。

雪は静かに降り積もる。

私はこの安らかな生活がいつまでも続くものではないとわかりつつも、

(まぁ、もうしばらくはこの生活を楽しませてもらおう)

と思って、またゆっくりとお茶をすすった。

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