第53話 エルドの町にて03
夕方、無事稽古を終えて家に戻る。
すると、玄関に見慣れない履物が2足ほどあるのに気が付いた。
(ん?客でも来たのか?)
と思いつつ、
「ただいま」
と声を掛けて家に入る。
すると、奥から、
「お邪魔してます、ジーク様!」
と聞き覚えのある声がして、ツバキとアヤメがこちらに顔を出した。
「おお。来てたのか」
と言いつつ、一緒に床の間に入る。
「はい。今日からしばらくお世話になります」
と言うからどうやらツバキとアヤメはしばらくの間うちに泊まるようだ。
「そうか。楽しくなりそうだな」
と言うと、アヤメが、
「はい。楽しみにしてきました」
とキラキラとした目をこちらに向けてきた。
アヤメもツバキもきっと、これから始まる稽古の日々のことを期待しているのだろう。
私はそのキラキラとした目が眩しくて、つい、
「ははは。お手柔らかにな」
と頭を掻きながらそう返す。
そんな私たちに、サユリが、
「うふふ。詳しい話はお食事の時にでもしましょう。ジーク様、お風呂は沸いておりますから、先にお使いください」
と言ってくれて、私はとりあえず風呂を使わせてもらうことにした。
順番に風呂を使い食事が始まる。
今日の食事は牡丹鍋だった。
どうやら近所の肉屋でイノシシ肉のいいのが手に入ったらしい。
やはり大人数で食べる鍋というのはいいもので、なんとなく普通のご飯よりも話が弾む。
賢者祭りのこと、稽古のこと、ここ最近の森の様子のこと、いろんな話をした。
ツバキやアヤメの話によると、森は平和そのものらしく、時折遠くの方でゴブリンなどを見かけることはあるそうだが、従士隊が見回りをしていれば何の問題も無い程度なのだそうだ。
改めて、自分がやった仕事の成果というものを聞くと、嬉しさが込み上げてくる。
私は、
(こういうふうに結果を見ると賢者の仕事も悪くないと思えるから不思議なものだな…)
と何となく充実感のようなものを感じながら、いつもより楽しい牡丹鍋を腹いっぱいに詰め込んだ。
翌朝。
今日の午前中は魔法の稽古という事だったので、さっそくアヤメの魔法を見る。
当然ながら、筋は悪くない。
しかし、どこか体力不足というか、魔力の使い方が上手くいっていないように感じたので、
「うん。どの魔法も悪くない。特に矢に魔法を纏わせるのは天性の才能があると言ってもいいだろう。しかし、魔力の循環がもうひとつ上手くいっていないようだな」
と、基礎的なところでやや躓きがあるという点を指摘してみた。
「魔力の循環、ですか?」
と、やや不思議そうな顔をするアヤメに魔力量を増やすのにどんな訓練をしているのか?と訊ねると、魔法の使い方の練習はしても魔力量を上げるという訓練はしていないという。
むしろ、魔力量を上げるという考え方そのものがあまりないのだそうだ。
(それはいかんな)
と思い、魔力の量というのは、個人によってある程度上限はあるにしても、効率よく訓練すれば誰でも上げられるものだとみんなを集めて話すと、みんな目から鱗という表情になった。
そんなみんなに向かって、私はひとつうなずくと、
「わかりやすくいうと、魔力を持久力だと思ってくれ。実際の訓練でも持久力は着くだろうが、基礎的な訓練、つまり走り込みなんかをやるともっと効率的に持久力が高まって、実際の訓練の質もあがるはずだ。今までみんなは実際に魔法の訓練をすることで、大雑把に魔力量を上げていたようだが、これからはきちんと基本的な訓練も取り入れてみよう」
と簡単に基礎訓練の重要性を説明する。
すると、全員から、大きな声で、
「はい!」
と元気のいい返事が返って来た。
私はツバキを含め、近くで自主的に訓練していた者も含め全員を集めると、まずは基本の魔力循環のやり方を教える。
私は私の前に一列に並んだみんなに向かって、
「いいか。最初は難しいだろうが、魔力が全身を巡る感じを意識するんだ。呼吸を整えて集中する。そうすると、そのうち腹の辺りに魔力が集中してくるのを感じるだろうから、それを感じたらその魔力を全身に広げていくようにしてみるんだ」
と言い、コツをつかみやすいように、時々私がほんの少し魔力の循環を助けてやりながら、その感覚を疑似的に体験させてやった。
一通りに訓練を終えたが、みんな何となく感覚はわかったものの、まだまだ自分でやるのは苦労しているようだったので、
「時間のある時、そうだな、寝る前にでも座禅を組んでやってみるといい。最初はほんの10分もやれば十分成果は出るはずだ。慣れてきたら徐々に時間を増やしていけばいい」
と家でも簡単にできる訓練方法を教えてやる。
するとまた全員が、大きな声で、
「はい!」
と返事をしてくれた。
(こうして、やる気のある若者の姿をみるというのは、いい刺激になる。私も負けていられないな)
と最近、そういう訓練をおろそかにしがちだった自分のことを振り返りつつ、私もその基礎訓練に参加する。
しかし、集中し過ぎたのだろうか。
途中で、
「にゃぁ!」(おい、いい加減、飯にせんか!)
と、訓練場までやって来たチェルシーに催促の声を掛けられてしまった。
「おっと。すまん。集中し過ぎてしまったようだ。ああ、みんなもすまんな。腹が減っただろう。訓練はいったん切り上げだ。今日教えたことをしっかり復習しておいてくれよ」
と言って、さっそく家に戻る。
ぷんすかと怒るチェルシーを撫でて宥めてやっていると、さっそくサユリが飯を運んできてくれた。
「今日のお昼は肉うどんですよ」
「おお。それはいいな。いただきます」
「にゃ」(いただきます)
と言ってさっそくうどんをすする。
サユリの肉うどんはやや甘い味付けで、訓練で汗をかいた体にじんわりとしみていくような優しい味付けがしてあった。
午後、剣術組の稽古でも同じようにコツを教える。
おそらく、これが出来るようになれば身体強化ももっと効率的に長い時間行えるようになるだろうし、防御魔法の発動もずいぶんと速くなるだろうと教えると、みんな一生懸命訓練に取り組み始めた。
(やはりどんな訓練も目標があって、成果につながることを示してやることが重要なんだな…)
と、なんとも教官らしいことを思いつつ、また、私も集中して訓練に参加する。
そして、夕方またチェルシーの催促で夕暮れが迫っていることに気が付かされると、苦笑いで家に戻っていった。
「にゃぁ」(…まったく、同じ過ちを繰り返すでないわい)
と、ご機嫌ななめのチェルシーに詫びを入れ、その埋め合わせに肉をたっぷり取り分けてやる。
そして、少し機嫌がよくなったチェルシーを宥めるように撫でてやってから私もたっぷり用意された肉野菜炒めで白米を思いっきりかき込んだ。
翌日からも稽古の日々が続く。
剣術組も魔法組もそれぞれに気が付いた点を指摘し合いながら和気あいあいとした雰囲気で訓練は続いて行った。
そんな中迎えた週末。
私はサユリ、ツバキ、アヤメの3人とともに、外食に出た。
サユリは少し申し訳なさそうな顔をしていたが、それでも少しウキウキとした感じで、町を歩く。
「さて、どの店がいいだろうか?」
と言う私に、ツバキが、
「この先にある『緑屋』っていう居酒屋なんてどうですか?お肉料理が美味しいんです。サクサクの牛メンチカツが名物なんですよ」
とすでに美味しい物を目の前にしたかのようなキラキラとした目で提案してきてくれた。
「ほう。そいつは美味そうだな。チェルシーもそこでいいか?」
とチェルシーにも聞いてみる。
すると、チェルシーが、
「にゃぁ」(うむ。期待しておるぞ)
と、鷹揚に答えたので、
「ははは。よし。チェルシーもそこでいいらしいからそこにしよう」
と言って私はツバキの提案を受け入れ、案内してくれるよう頼んだ。
「了解です。こっちです」
と言って楽しそうに先導してくれるツバキについていく。
すると、前世的にはいかにも昭和といった感じのどこか昔懐かしい赤提灯の居酒屋が見えてきた。
(お。良い感じだな)
と心のなかで微笑みつつ、暖簾をくぐる。
「らっしゃい!」
という威勢のいい声に迎えられ、
「ジーク様、ビールでいいですか?」
というツバキの声にうなずいて、
「とりあえず、ビール4つね」
というツバキの注文を聞きながら、適当な席に座った。
名物だという牛メンチカツの他にも串焼きや煮物、サラダなんかを適当に頼んで、さっそくやってきたビールで乾杯する。
みんながごくりとひと口ビールを飲んだところで楽しい食事が始まった。
熱々サクサクのメンチカツを頬張る。
牛肉のみということで、合い挽き肉よりも肉という感じが強い。
(美味い。ハンバーグとも違うし、牛カツとも違う。これは飯にもビールにも合う)
と思ってはふはふ言いながら食べていると、その横でチェルシーが、
「んみゃぁ」(うむ。このサクサクがよいの。肉汁がしっかり出てくる所もたまらんわ。ああ、ジークよ。次はカラシを付けてくれ。ソースはたっぷりじゃぞ)
と言いつつ、早くもお替りを要求してきた。
「あいよ」
といつものように答えて、要求通り、ほんのちょっとカラシを添え、ソースをたっぷりかけた物を取り分けてやる。
「にゃぁ」(うむ。すまんな)
と言いつつまたガツガツとそのメンチカツに食らいつくチェルシーを撫でてやりながら、食事は楽しく進んでいった。
最後をにゅうめんで〆て店を出る。
「美味しかったですね」
と楽しそうに話すサユリに、
「ああ。いい店だった。また来よう」
と返すと、
「うふふ。チェルシー様もお気に召してくださったみたいですね」
と言ってサユリが私の腕の中で丸くなって満足そうな表情を見せているチェルシーを見て微笑みながらそう言った。
「ああ。気に入ってくれたみたいだぞ」
と言って、私も微笑みながらチェルシーを撫でてやる。
すると、チェルシーが、
「ふみゃぁ…」
と気持ちよさそうな声を上げた。
(ふっ。何気なく引き受けた教官役だったが、こういう生活も悪くないかもしれんな)
と、心の中で密かに思い、また微笑む。
若者を育てるというこれまでの人生では経験してこなかったことを楽しく思っている自分に、
(…私も歳をとったということだろうか?)
とやや自虐気味の感想をいただきつつも、
(いや、私もようやく未来に向かって新しい希望の種を蒔くことができる歳になれたということか…)
と自分の心境の変化を前向きに捉え直し、私の前を行く3人を見つめた。
(明日からも楽しくなりそうだな)
と思って苦笑いを浮かべる。
そして、私は、私の腕の中で、
「…くわぁ…」
とあくびをするチェルシーをまた撫でてやると、その温もりを感じながら、3人の後に続いて家路をたどっていった。
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