第55話 新しい杖?
エルドの町で従士隊の教官役になってから何か月が経っただろうか。
季節はそろそろ春を迎えようとしている。
今日も今日とて、みんなと楽しく稽古をしていると、そこへマユカ殿から手紙が届いた。
さっそく開封してみると、どうやら杖が出来たらしい。
神殿まで取りに来いと書いてある。
私はさっそくそのことを訓練場にいるみんなに告げた。
案の定というよりも私が予想していた以上にみんなが落ち込む。
そんなみんなに向かって、
「これまで教えたことを活かしてこれからも訓練に励んでくれ。なに、きっとみんななら大丈夫だ」
となるべく明るく告げて、稽古の続きを促がした。
夕方家に戻ってさっそく旅の準備に取り掛かる。
簡単に準備を終えて、茶の間に向かうと、どこか重たい雰囲気でサユリ、ツバキ、アヤメの3人が食事を用意して待っていてくれた。
「すまん。待たせたな」
と言って席に着く。
「いえ…」
とサユリは言ってくれるが後の言葉が続かない。
私はそんなみんなの様子に苦笑いを浮かべると、
「杖を取ってきたら一緒に冒険にいかないか?私も新しい杖の具合を確かめたいし、みんなもそれぞれに自分の技を試してみたいだろう?」
と努めて明るい声でそう提案してみた。
「「「はい!」」」
と声がそろってみんなの顔に明るさが戻る。
そこへチェルシーが、
「にゃぁ」(ほれ。さっさと飯にせんか)
と言うと、今日もまた楽しい食事が始まった。
翌日。
3人に見送られて出発する。
時々散歩には出掛けていたものの、最近少し運動不足気味だったサクラはかなり嬉しそうだ。
歩調も軽く、
「あんまり飛ばし過ぎるなよ」
と時々宥めながら、神殿へと続く街道を進んで行った。
旅は順調に進み3日後。
神殿に到着する。
また、例によって社務所のようなところに武器を預け、案内の神職について中に入っていった。
控室のような所で待つことしばし、
「お待たせいたしました」
というシノの声がかかり、謁見の間へ向かう。
かしこまって跪き、一礼して入ると、マユカ殿から、
「ああ、楽にしてくれ。久しいな」
と親しげに声を掛けられた。
「おかげ様で楽しくやらせてもらっているよ」
と、こちらも親しげに返す。
「ああ、話は聞いておる。みんな喜んでおったぞ」
という言葉に、
「それは何よりだ」
と軽く返すと、
「さっそくじゃが…」
と言って、マユカ殿が側に控えていたシノに、目配せをした。
すると、シノが立ち上がり、マユカ殿から何やら木箱を恭しく受け取る。
そして、その箱を私の前に持って来ると、
「どうぞ、お検めください」
と言って、その箱を私に差し出してきた。
「拝見する」
と言って、さっそくその5、60センチほどの長さの箱のふたを開けてみる。
すると、中には4、50センチほどの木刀が入っていた。
「ん?」
と思わず声がでる。
そして、その不思議そうな表情をそのままマユカ殿に向けると、
「杖じゃ」
とひと言そう言われた。
(いや、どこからどう見ても短い木刀にしか見えんのだが…)
と心の中で思いつつ、とりあえず手に取ってみる。
すると、一瞬にして私の魔力がその杖に持っていかそうになった。
(くっ…!…おいおい)
と思わず歯を食いしばりその木刀を見る。
すると、その木刀には何か唐草模様を思わせるような魔力回路が薄っすらと浮かびあがり、一瞬にして消えた。
「どうやら、無事認証されたようじゃな」
とほっとしたような顔で言うマユカ殿の顔を見る。
すると、マユカ殿は私に向かってひとつうなずき、
「その杖は人を選ぶ。どうやら無事、気に入ってもらえたようじゃな」
と、やや肩をすくめて困ったような笑顔を浮かべながらそう言った。
「…とんだじゃじゃ馬だな」
と、私も困ったような顔で笑いながら、もう一度木刀、もとい、杖を見る。
気のせいでなければその杖は先ほど初めて持った時よりもしっくりと手に馴染んでいるように思えた。
「疲れたろう。まずはゆっくりしてくれ。あとで、簡単な酒宴も用意しておるから楽しみにしておいてくれ」
と言う言葉に軽く礼を言って、その場を辞する。
部屋に戻り、改めてその木刀もとい杖を見ながら、
(これは大変なものをもらってしまったな…)
と思いつつ、とりあえずもらったその杖をいったん箱に納めて私はその場に寝転がった。
ふと気が付くと、部屋が赤く染まっている。
どうやら私はそのまま寝てしまっていたらしい。
私には薄手の布団が掛けられていた。
(まさか、人の気配に気が付かないほど熟睡してしまっていたとは…)
と自分でも驚きつつ起き上がる。
そして、いつの間にか用意されていた水差しから水を飲むと、
「ふぅ…」
と、ひと息吐いた。
改めて、杖を取ってみる。
先程のように魔力を持っていかれる感じはない。
むしろどの杖からは静謐で清涼な魔力が滾々と溢れてくるのを感じた。
再び杖をしまう。
そして、先程まで私が寝ていた場所の横で丸くなっているチェルシーを軽く撫でて起こしてやっていると、
「失礼いたします」
と遠慮がちに声を掛けられた。
「ああ。起きている」
と答えて、声の主を招き入れる。
静かに戸を開けて入って来たシノは起きている私を見て、どこかほっとしたような表情を浮かべ、
「お湯の準備が出来ておりますがいかがなさいますか?」
と聞いてきた。
「ああ。いただこう。すまん、心配を掛けたようだな」
と軽く礼を言いつつ、手早く準備を整える。
そして、
「…くわぁ…」
とあくびをするチェルシーに、
「風呂に行ってくるから、もうちょっと待っててくれ」
と声を掛けると、さっそく案内に立ってくれたシノの後に続いて風呂に向かった。
風呂から上がってチェルシーを連れ、晩餐の席に向かう。
「今日は身内だけだからかしこまらんでよいぞ」
と言ってくれるマユカ殿の言葉に甘えて、ゆったりとくつろぎながら飯と酒を堪能させてもらった。
食後。
お茶を飲みながら、
「どうじゃ。あの杖は」
と聞いてくるマユカ殿に、
「ああ、とんでもないじゃじゃ馬だと思ったが、さっきもう一度触ってみたら、どこぞのお姫様かってくらい大人しくなっていたな」
と苦笑いで答える。
「ははは。そうか、お姫様か。言い得て妙な表現かもしれんな。あの杖には世界樹の清浄なる魔力が宿っておる。その気品を感じたのだろう」
と笑いながら言うマユカ殿の言葉を、私は、
(世界樹の精霊も女性の姿をしているし、あの杖ももしかしたら女の子なんだろうか?)
と妙なことを考えながら聞いた。
その後、ちょっとした世間話をしながら、ふと思い出し、
「ああ、そうだ。この町を発つついでと言ってはなんだが、サユリとツバキとアヤメの3人を冒険に連れ出しても構わんか?おそらく1か月ほどになるかと思うが…」
と、マユカ殿に聞く。
「ん?ああ、かまわんぞ」
と、いかにも気軽に言うマユカ殿に、
「ありがたい」
と軽く礼を言い、ここ最近の稽古で3人ともずいぶんと強くなったと教えてやった。
マユカ殿はその話を嬉しそうに聞き、
「あやつらは子供のころからともに頑張ってきておったからな…」
と言って目を細める。
私はそんなマユカ殿を見て、なんとも微笑ましいものを感じ、こちらも目を細めた。
食事が終わり、部屋へ戻る。
「にゃぁ…」(あの魚に味噌を塗って焼いたやつは美味かったのう…)
と、いつも通り平和なことを言うチェルシーに、
「ああ、あれは良かった。それに、茶碗蒸しも見事だったぞ。やはりここの料理人の取る出汁は一味違うな」
と私も平和な言葉を返した。
適当に支度を済ませ、すでに整えられている寝床に入ると、すでにチェルシーは枕元で丸くなっている。
私が横になると、チェルシーが、
「にゃぁ」(さて、また旅の始まりじゃな)
と、つぶやいた。
私も、
「ああ、いつもの風来坊生活に逆戻りだ」
と苦笑いつぶやき返す。
「にゃぁ」(まぁ、お主にはそれが似合っておるように思うがの)
と、ややからかうようにチェルシーが言うのに、私は、
「ああ。まったくだ。いくつになったら落ち着くものやら」
と自嘲気味に返した。
枕元にあった行燈の灯を消す。
障子越しに入って来る月灯りで部屋がふんわりと照らされた部屋の中で柔らかい布団をかぶると、私はゆっくり目を閉じた。
(さて、これからどうなることやら)
と心の中でつぶやく。
特に不安はない。
むしろ期待の方が大きいと言っていいだろう。
不思議なものだ。
これから私はこの世界の命運というものを背負って世界の謎と対峙していかなければならない。
それなのに、心はどこまでも平穏だ。
(なるようになるさ)
と思っている自分の呑気さを思ってそっと苦笑いを浮かべた。
どこかで静かに虫が鳴く。
私はその長閑な響きを聞きながら、ゆったりとした気持ちで本日2度目の眠りについた。
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