第43話 神域へ02
私はその御簾の中から現れた懐かしい笑顔に向かって、
「久しぶりだな。マユカ殿。…なんとなくわかっているのではないかと思っているが、仕事の話と楽しい話どっちから先にする?」
と、やや皮肉な笑顔でそう聞く。
するとマユカ殿はまた軽く笑って、
「とりあえず、仕事の話を先に済ませるかのう」
と言って、肩をすくめて見せた。
「話が早くて助かるよ」
とこちらも肩をすくめてそう答える。
そんな私にマユカ殿は、
「ダンジョンのことじゃろ?」
と直球を投げ込んできた。
「気付いていたのか?」
とこれまた簡単に聞き返す私に、
「ああ。残念ながらな」
とマユカ殿はやや苦い表情で簡潔に答えてくれた。
そこで私は、自分がこれまで感じた異常について、概要を説明する。
その話をマユカ殿はひとつひとつうなずきながら聞き、その説明を聞き終わると、
「この周辺でも同じようなことが起こっておるようじゃ。今のところはうちの従士で対応出来ておるが、その根本を知りたい。どうじゃ世界樹の精霊にあって話を聞いてみんか?」
と言ってくれた。
「それは願っても無いことだが、いいのか?」
と聞き返す。
するとマユカ殿は、
「ああ。構わんぞ。少し予定があるから、明日は無理じゃが、明後日からまいろう」
と何でもないような風にそう言ってくれた。
私が、
(上手い具合に話が進んだな)
と思って安心していると、マユカ殿が、
「ところで」
と言って、私に視線を向けてくる。
私がその視線を「?」という顔で受け止めると、マユカ殿は、一呼吸置いて、
「…その猫にも興味があるんじゃがのう…」
と言ってこちらに真面目な視線を送ってきた。
私は、
(まさか、バレたのか!?)
と一瞬焦る。
しかし、次の瞬間、
「ちょっと抱かせてくれんか?」
というマユカ殿の言葉を聞いて、
(ああ、なんだ。私と同じ猫好きだったのか)
と、ほっと胸を撫で下ろした。
「じゃぁ、ここからは楽しい話だな」
と苦笑いでマユカ殿の前まで進みでて、チェルシーを渡す。
チェルシーは、
「にゃぁ」(これ、我をペット扱いするでないわ)
と抗議してきたが、結局は大人しくマユカ殿の手に抱かれてくれた。
「ほう。可愛いのう。ほれ、そちはなんと申す?」
とデレデレでチェルシーをあやすように撫でるマユカ殿に、
「ああ、そいつはチェルシーと言ってな。元は魔王のペットだったケットシーだ」
とチェルシーのことを紹介してやる。
「なんと。そちは魔王のペットであったか!?」
と驚くマユカ殿に、
「ああ、魔王との戦いの後、その辺にいたのを発見してな。成り行きで私が面倒を見ることになった」
と苦笑いでなんとなくのことを説明した。
「ほう…。それはなんとも数奇な運命をたどったのう」
と言って、また「よしよし」とチェルシーをあやすマユカ殿を微笑ましく見つめる。
そして、ふと先ほど疑問に思った、シノという少女のことを聞いてみた。
「ああ、そう言えばさっきここまで案内してくれたシノって子がいたが、親戚かなにかか?」
と聞くと、マユカ殿は、一瞬きょとんとした顔をして、
「ん?ああ、あれは我が子じゃ。前回お主らと会った時はまだほんの子供であったからな。紹介せんじゃったが。そうだな、いい機会だ、きちんと紹介しておこう。シノ、控えておろう。入ってまいれ」
と控えているというシノに声をかける。
すると、先ほどの引き戸が開いてシノが一度きちんと平伏した後、遠慮がちにこちらへと進み出てきた。
「ジーク。これが我が娘シノじゃ。ゆくゆくは私の後を継いで巫女となる運命にある。以後よろしく頼むぞ」
というマユカ殿の紹介に続いて、シノが、
「賢者ジークフリート様。お初にお目にかかります。シノと申します。今後ともご指導ご鞭撻ください」
と言って頭を下げながら自己紹介してくる。
私はそのかしこまった挨拶に苦笑いを浮かべつつ、
「ああ。初めまして、ジークフリートだ。賢者なんていう因果な商売をやっている。こちらこそ以後よろしく頼む」
と言って自己紹介を返した。
「ふっ。賢者を因果な商売とは、相変わらずよのう」
と私の自己紹介にマユカ殿がさもおかしそうな顔でそう言う。
私はさらに、
「あながち間違っちゃいないだろ?まったく割に合わない面倒な商売だからな」
と付け加えて返すと、
「はっはっは。相変わらずよのう」
と言って、マユカ殿はまた同じ言葉を繰り返し、今度は腹を抱えて笑いだした。
ひとしきり笑ったところで、マユカ殿が、
「いやぁ、久しぶりに笑わせてもらったわ。礼と言っては何だが、昼餉の用意をしてある。詳しい話はそっちでしようぞ」
と言い側に控えていた神職と思しき女性に、
「案内してやってくれ」
と指示を出す。
そして、私は、
「かしこまりました。賢者様。こちらへ」
と言って案内してくれるその神職の女性に従ってチェルシーと一緒にいったん謁見の間を辞した。
それからしばらく控えの間でお茶を飲みながら次の案内を待つ。
するとややあって、先ほどの神職の女性がやって来て、
「お待たせいたしました。どうぞ」
と言って食堂へと案内してくれた。
さっそく席に座って待っていると、すぐにマユカ殿とシノがやって来て、
「待たせたのう」
と言って席に着く。
そして、すぐに、
「ああ、今日は平たい席じゃ。堅苦しいのはいらんぞ」
と言ってくれたので、遠慮なく足を崩させてもらった。
すぐに料理が運ばれてくる。
私が、その料理を見て、
(ほう。先付はゴマ豆腐とナスとオクラの煮びたしか…。いいな、こういうの。しかし、これは酒が欲しくなってしまうぞ…)
と思っていると、マユカ殿が、
「酒も用意しておるぞ」
と言って笑った。
すぐに急須のような酒器を持った給仕係の女性がやって来る。
「ははは。すまんな。催促したようで」
と言いつつ、盃に酒を注いでもらい、
「では、懐かしい再会に」
というマユカ殿の言葉で軽く盃を掲げ乾杯すると、その酒をゆっくりと口にいれた。
少し甘口の柔らかい刺激が喉を通り、胃を軽やかに刺激する。
ナスをひとくち口に入れるとじゅわりと出汁がしみ出て来て、酒のうま味をより引き立ててくれた。
「美味いな…」
と思わずつぶやく。
「はっはっは。なにせ、うちの料理人は腕がいいからな。出汁のひき方ひとつとってもこだわっておるらしいわ」
とマユカ殿がやや自慢げにそう言う。
(いやはやこれは自慢するだけのことはある。和食の基本は出汁だ。その出汁がここまで生きているとなると料理人の腕がすごいということが如実にわかる…)
と感心しながら食べていると、次の料理が運ばれてきた。
(ほう。次はタケノコとこんにゃくの煮物か。いいな。いかにもこの地に合っている)
と思いながら、その食感の違いを楽しみ、またうま味で美味しく酒を飲む。
そして、鱒のお造りや、鴨すき、イノシシ肉の柚子味噌焼きなんかをチェルシーも一緒に美味しくいただきながら、懐かしい話に花を咲かせた。
やがて〆の飯を食い終わり、お茶と菓子をいただきながら、世界樹に行く予定を打ち合わせる。
「今日と明日は泊っていくがよい。必要な物があれば言ってくれ。明後日から世界樹に向かうからそれに必要な物も言ってくれれば用意させよう」
と言ってくれるマユカ殿に、
「必要なのは食料くらいだ。その辺はどうするんだ?」
と聞くと、
「ああ、それなら心配無い。サユリが同行するでな。あれはああ見えて料理が上手い。期待していて構わんぞ」
と言ってくれた。
やがて食事が終わり、部屋に案内される。
案内された部屋は神殿から少し離れた建物で、「わびさび」というものを現実に表現するとこういう形になるのだろうと思われるようないかにもな和風建築で、足を踏み入れた瞬間私の中に郷愁というものが込み上げてきた。
お茶を淹れてもらい、案内してくれた女性が下がると、
「にゃぁ」(なんとも珍妙じゃが、妙に落ち着く部屋じゃのう)
とチェルシーが感想を言って、さっそく畳の上にできた陽だまりで丸くなる。
私もその横に座布団を持って移動し、くつろぎながらチェルシーを軽く撫でてやった。
するとチェルシーは気持ちよさそうにあくびをして、
「にゃぁ」(世界樹の精霊に怒られんとよいのう)
と、まるでどうでもいいことのようにそう言う。
その言葉に私は、
「怒られる時は一緒に怒られよう」
と言って苦笑いを浮かべた。
「にゃぁ」(呑気なやつよのう)
と、またあくびをしながらチェルシーがつぶやく。
私は、
(ああ。お前もな)
と思っていつつ、またチェルシーを撫でてやった。
のんびりとした時間が過ぎて行く。
(さて、どうなることやら)
と思いつつも、私はこの異変にどう対応すればいいのかという答えが得られそうなことを嬉しく思い、ゆっくりとお茶をすすった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます