第42話 神域へ01
エルドワス自治区について6日。
(さて、そろそろだろうが今日はどうするか)
と思いながらも、とりあえずゆっくりと朝食を食べる。
ご飯、みそ汁、焼き魚や卵焼きとともになんと納豆までついている完璧な日本の朝食を堪能していると、
「失礼いたします」
と仲居さんが声をかけてきた。
「ああ。どうぞ」
と声をかけて、仲居さんを招き入れる。
すると、その仲居さんが、
「お客様がいらっしゃっております」
と言って、族長マユカ殿からの使者が来たことを教えてくれた。
「ありがとう。急いで準備するからしばらく待っているよう伝えてもらえるか?」
と言って、急いで残りの飯をかき込む。
そして、荷物を手早くまとめると玄関横の広間へと向かった。
「初めまして。賢者ジークフリート様。巫女マユカの使いで参りました、サユリと申します」
と言って頭を下げてくる金色の髪にキツネのような耳が特徴的な鎧姿の女性に向かって、
「ああ。わざわざ迎えに来てもらってすまん。一応賢者なんて商売をしているジークフリートだ。よろしく頼む」
と言って右手を差し出す。
「は。こちらこそよろしくお願いいたします」
と言って握り返してきたサユリの手は間違いなく騎士のそれだった。
(ほう。できるな…。まぁそれはそれとしてわざわざお付きの騎士を派遣してくれたのか)
と、おそらく急いで迎えを出してくれたのだろうマユカ殿の心遣いに感謝しつつ、
「ではさっそくだが、出発しようか…」
と言いかけたがそこでハッとして、
「ところで、朝飯は済ませたのか?」
と聞く。
すると、サユリは少しきょとんとした顔をして、
「え、いえ…」
と不思議そうな顔で聞いてきた。
私は驚いて、
「いや、それはいかん。朝飯は人間の基本だ。よし、宿の人に頼んで握り飯のひとつでも作ってもらおう。ああ、そうだ。ついでに弁当も頼むか」
と言うと、手近にいた仲居さんに、
「昼の弁当を2つ頼む。あと、この人に握り飯かなにか簡単な朝食を用意してやってくれ。私の部屋がそのままならそこを使わせてやりたいんだが構わんか?」
と聞くと、仲居さんはすぐにうなずいて、
「かしこまりました。どうぞ」
と言ってサユリを目で促がした。
「い、いえ。賢者様、あの…」
と言うサユリを、
「年頃の娘が朝食を抜くなどだめだ。若いうちにきちんと体を作っておかねば後々苦労するぞ?」
と窘める。
「は、はぁ…、しかし、急ぎのことですので…」
とサユリはまだ遠慮がちにそう言うが、私はそれに構わず、
「ここの朝食は美味い。ぜひ食って行け」
と言うと、仲居さんに目配せをして、サユリを部屋に案内してもらった。
「で、では。お言葉に甘えまして…」
と言って頭を下げるサユリに、
「ゆっくり食えよ」
と言って、広間に置いてある椅子に腰を下ろす。
私は、
「にゃぁ」(お主も相変わらずよのう)
というチェルシーを撫でてやりながら、
「ははは。朝飯は基本だからな」
と言うと、手近にあった読み物を適当に手に取り、パラパラとめくり始めた。
(チリビーンズか…。あれはホットドッグにかけても美味いし、他の肉料理にもよく合う。栄養価も高いし、たしかに常備菜としてはありかもしれんな…)
と、その読み物の「暮らしのレシピ」なる箇所を感心しながら読む。
他にも、最近小豆の価格がやや高く菓子屋が嘆いているという記事や、あの店の蕎麦が絶品だと言うような記事を読んでいると、
「お待たせいたしました。賢者様」
と、朝食を済ませたサユリが戻って来た。
「ああ。腹は一杯になったか?」
と聞くと、サユリはややはにかみながら、
「はい…」
と答えたので、
「よし、じゃぁ今度こそ出発するか」
と言って宿を出る。
ちなみに、宿の料金は安くはなかったが、思ったほど高くもなかった。
マユカ殿の待つ神殿までは、急げば2日ほどらしいが、途中で野営を挟むことになるという。
私はここまで急いできてくれたであろうサユリのことを思ってゆっくり行こうと提案した。
神殿に続くちょっとした街道を順調に進んで行く。
田畑の広がるどこか懐かしい風景の中をのんびりとした気持ちで、しかし、さくさくと進んで行き、初日の宿となる村に到着した。
その日は村長宅に泊まらせてもらう。
突然のことではあったが村長は快く迎え入れてくれた。
おそらくサユリが神殿の騎士だからだろう。
そんなことを思いつつ、村長宅で心尽くしの膳をいただき、その日はゆっくりと休ませてもらった。
翌日も順調に旅は進む。
ここまでぽつぽつと聞いた話によると、どうやらマユカ殿は元気にしているらしい。
ただ、さすがはこの自治区の最高権力者だけあって日々内外の政務に忙しいのだそうだ。
そんなマユカ殿の側に仕えているサユリとしてはたまには休んでほしいと思っているようだが、
「巫女の務めだ」
と言ってなかなか受け入れてもらえないのが、目下最大の悩みとのこと。
そんな話を聞き、
(いかにも生真面目なマユカ殿らしいな)
と微笑ましい気持ちになった。
また、サユリ曰く、今回の私の来訪をマユカ殿は非常に喜んでくれているらしい。
それを聞いて私もなんだか嬉しい気持ちになる。
マユカ殿はかつて一戦だけとはいえ共に戦った仲間だ。
そんないわば戦友との再会は私にとっても嬉しい。
そう思って私は、
(あの時は大変だったな…)
と、かつて勇者パーティーとして世界樹の森の周辺に現れた竜を討伐した時のことを思い出した。
マユカ殿は「破邪の魔法」という魔法が使えるこの世界で唯一の存在だ。
その魔法は強力でたいていの魔物は一瞬にして亡ぼすことができる。
しかもその副次的効果として、その地をしばらくの間は魔物が現れない清浄な地とすることができるのだそうだ。
しかし、発動には時間がかかるし、世界樹の力を借りて使う魔法だから世界樹の周辺でしか使えない。
それで、私たちが護衛として一緒に行動し、世界樹の森のすぐそばに現れた竜を討伐に行くことになった。
あの冒険はなかなか収穫の多い冒険だったことを今でもよく覚えている。
私たち勇者パーティーはより連携と信頼を深め、戦力を大きく向上させることができた。
そのことはその後の冒険の大きな礎になったと感じている。
しかし、一番大きかったのはマユカ殿という存在を知ったことだろう。
マユカ殿という存在がある限り人類が滅亡することはない。
その事実がどれだけ私たちの力になったことだろうか。
そのことを知って私たちは迷いなく前に進むことができるようになった。
例え自分たちに何かあっても人類に希望は残る。
そのことが、私たちにとっても大きな希望となった。
そんなことを懐かしく思いながら旅は順調に進む。
そして、2日目も無事に宿となる村にたどり着いた。
また村長から心尽くしのもてなしを受けて翌日。
村長に見送られて村を出発する。
数時間ほど進み、辺りの景色が牧歌的な物から神聖なものに変わり始めた頃。
サユリが、
「ここから先は神殿の聖域となります。ご存じかもしれませんが、許されたもの以外武器を持ち込むことが出来ません。恐れ入りますが、武器の類をあちらで預けていただきます」
と私に声をかけてきた。
「ああ。大丈夫だ」
と答えて社務所のようなところに入り武器を預ける。
そこに包丁はともかくまな板があったことで不思議そうな顔をされたが、私が、
「魔力を込めてぶん殴るとオーク程度なら一発で魔石に変えられる」
と説明すると、苦笑いで預かってくれた。
そこから何回か門をくぐり、1時間ほど進む。
そして、私はようやくマユカ殿の待つ神殿へと入っていった。
神聖な雰囲気の神殿の中を進み、
「こちらでしばしお待ちを」
と控室のような部屋へ通される。
そこでしばらく待っていると、
「神職のシノでございます。ここからは私が案内をいたしますのでどうぞ」
と言われてそのシノと名乗った黒髪の少女の後に従った。
(黒髪と言い、この2又に分かれた猫のような尻尾といい…。まさか?)
と思いつつその後ろ姿を見ていると、そのシノという少女が立ち止まり、
「これより謁見の間でございます」
と言って簡素な、しかし、非常に美しい木目の引き戸を開けた。
「ありがとう」
と声をかけ、中に進み御簾の前で平伏する。
「巫女殿。本日はお時間を賜り恐悦至極に存じます」
とわざとかしこまった挨拶をすると、御簾の中から、
「ふっ。似合わんぞ」
という笑い声が聞こえた。
私も顔を上げ、
「一応頑張ったんだ。褒めてくれ」
と冗談で返し、「ははは」と軽く笑ってみせる。
すると、するすると御簾が上がり、
「久しいのう、ジーク」
と言って、懐かしい人の姿が現れた。
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