第44話 世界樹へ
マユカ殿と面会した翌日。
丁重なもてなしを受け、のんびりと過ごす。
マユカ殿は忙しいらしく会えなかったが、その分、娘のシノが私たちの相手をしてくれた。
シノは今年で20歳になるそうだ。
普通の獣人はヒトと同じ程度の寿命だが、巫女はなぜかエルフやドワーフよりもやや寿命が長いという。
それを考えればシノはまだまだ子供と言ってもいい歳だろう。
それでも、マユカ殿譲りの真面目な性格らしく、自治区内のことや人々の暮らしについても良く学んでいて、いろんな話をしてくれた。
私も多少人生の先輩風を吹かせて道徳と経済の均衡がいかに難しいかなどを語って聞かせる。
そんなつまらない話を真剣に聞いてくれるシノの生真面目さを微笑ましく思いながら、私の横でチェルシーが大きなあくびをしたところで、小難しい話は切り上げとなった。
「ところで、ポチは元気か?」
と話題を変える。
ポチと言うのは世界樹を守るフェンリルのことで、ポチという名はケインが送った。
私は心の中で、
(ケインの名付けは本当に適当だよな…)
と思って苦笑いを浮かべる。
そんな私に、シノが、
「はい。お元気にされております。ただ、近くお子が生まれるかもしれないというので、心配もしておりますが」
とポチの近況を教えてくれた。
「なに。子が生まれるのか!?」
と驚く私に、シノが、
「はい。もう間近だと聞いております」
と微笑みながら答える。
私は嬉しくなって、
「そうか。それはめでたいな。いや、しかし、知っていれば祝いに子犬のおもちゃのひとつも持ってきたのだが…」
と言うが、シノは、
「うふふ。賢者様ったら。聖獣様のお子におもちゃを贈るなど聞いたことがございませんわ」
とおかしそうに笑った。
そんなシノに私は、
「そうなのか?いや、失礼にあたるというのであればすまんかった。しかし、そうなると祝いの品も難しいな…」
と頭をかきながら苦笑いで答える。
すると、またシノはくすくすと笑いながら、
「近々お会いになるのですから、直接伺ってみてはいかがです?意外とおもちゃというのも喜んでくださるかもしれませんし」
と慰めるように言ってくれた。
私が、
「ははは。そうだな」
とやや力なく笑ってその場が和やかな空気に包まれる。
私はその思わぬ慶事を喜び、目を細めつつひと口お茶をすすった。
翌朝。
朝食をとり、出立の準備を整える。
準備を終え、お茶をすすっているとシノが私を呼びにやって来た。
「ご準備はいかがでしょうか」
と言うシノに、
「ああ。いつでもいいぞ」
と簡潔に答える。
すると、シノは、
「では、さっそくですが」
と言って案内に立ってくれた。
シノの後を付いて、神殿の入り口まで出る。
するとそこには立派な馬に乗ったマユカ殿とサユリ、そしてサクラの姿があった。
「護衛として同行させていただきます」
というサユリに、
「ああ。よろしくな」
と答えてさっそくサクラに跨る。
そして、サユリに向かって軽くうなずくと、あちらも軽くうなずき返してさっそく世界樹の精霊がいる場所へ向かって出発した。
おおよそ1時間ほど、美しく澄んだ空気の中を移動する。
すると、幹回りが10メートルはありそうな、しかし高さはそこまでない、ややずんぐりとした印象の木とその脇に建つ社のような建物が見えてきた。
(懐かしいな)
と思いつつ、そちらに近づく。
すると、その大きな社の3メートルはあろうかという扉が内側から開き、中から、
「久しいな」
という声が聞こえてきた。
「ああ、久しぶりだな。ポチ」
と声をかける。
すると、その声の主、フェンリルのポチがゆっくりとその社から歩み出てきた。
「ほう。ユックにケットシーか。名は?」
と聞いてくるポチに、
「ユックがサクラでケットシーがチェルシーだ」
と紹介すると、サクラが、
「ひひん!」
と元気に挨拶をし、チェルシーもやや面倒臭そうに、
「にゃぁ」
と鳴いて挨拶をした。
「ふふっ。可愛いものよ。しかし、ジーク。そちがペットとはな」
と目を細めるポチに、
「まぁ、成り行きでな」
と苦笑いで答える。
するとポチはまた少し笑った後、
「精霊様にも会ってやってくれ」
と言って、そのずんぐりとした木の根元にゆっくりと座った。
私たちも馬を降りて跪く。
すると、次の瞬間、木がほんわかとした光りを放ち、ふわりとした清浄な気配が辺りに漂うと、その光の中からまるで女神のような恰好をした精霊が姿を現した。
「みんな元気そうね」
と柔らかく微笑む精霊に、マユカ殿が、
「精霊様のおかげをもちまして、皆、息災にしております」
と言い深々と頭を下げる。
私もそれに続き頭を下げると、精霊が、
「良かった」
とひとこと言ったあと、少し間を置いて、
「ところで、ジーク」
と私に話かけてきた。
「はっ」
と短く応じる。
そんな私に、精霊は苦笑いを浮かべながら、
「その猫ちゃんのこと、聞いてもいいかしら?」
と問いかけてきた。
(…あ。バレてた)
と内心焦りつつも、
私は努めて冷静に、
「詳しくはわかりません。ただ、このチェルシーが魔王の魂を引き継いでいることは間違いないようですね」
と正直に答える。
すると私の隣で、マユカ殿が立ち上がり、サユリも一瞬ぽかんとしていたが、すぐに構えて刀に手をやった。
私はそちらへ視線を送るが、すぐに向き直って精霊を見つめる。
そして、
「どう思われる?」
と簡潔に聞いてみた。
そんな直球の問いに、精霊は苦笑いしながら、
「不思議なこともあるものね。私にもわからないわ」
と答えながらも、すぐに真剣な表情に戻り、
「ただ、これからのこの世界にとって大きな変化の兆しとなることは間違いなさそうね」
と言って私を見つめてきた。
私はその視線に軽くうなずき、
「今、この世界で起きている変化にこの魔王の存在が関係しているかどうかはわからない。しかし、このチェルシーを殺してしまうのは違うと考えているがいかがでしょうか?」
と再び精霊に問いかける。
すると精霊は軽く首を横に振り、
「私にもわからないわ。ジーク。何か考えがあるんでしょ?」
と逆に私に問うてきた。
その問いに私は、どうし答えたものかと迷ったが、ひとつ深呼吸をすると、思い切って、
「チェルシーと会って10年。今のところ私が導き出している答えは、これまでの定説が逆だった。つまり、魔王が復活するからダンジョンが活性化するのではなく、ダンジョンが活性化するから魔王が復活する。というものです。その図式ならある程度の説明が付くのではないでしょうか?まだ詳細は詰めきっておりませんが、その仮説にたって考えるなら、今ここでチェルシーを殺したところで現状は何も変わらない。なので、私はこのまましばらくの間はチェルシーこと魔王の魂をこのままにしつつ、現状に対応するのが得策と考えますがいかがか?」
と答え、精霊が次に発する言葉を待つ。
すると、精霊は考え込むような仕草をした後、
「一応聞いてみるけど、魔王。あなたはどう思っているの?」
とチェルシーに問いかけた。
その問いかけに、チェルシーは、
「んにゃぁ」(わからん。今の我はただの猫じゃ。どうすることもできん。それに、考えてもみてくれ。我はただ生まれ、ただ消えていくだけの存在。言ってみればこの世界の淀みのようなものよ。だから、この世界をどうするかは、そちたち人間が決めることじゃ。なれば我をどうするかも、そちらが決めればよい)
と、どこか達観したように答える。
私はそんなチェルシーを撫でてやりながら、
「今の言葉、聞こえましたかな?」
と軽く精霊に訊ねてみた。
「ええ。聞こえたわ。猫ちゃんにしては妙に達観した考え方ね」
と言って苦笑いする精霊に私はまた、
「どう思われる?」
と問いかける。
すると精霊はため息を吐きつつも、
「ジーク。しばらくの間思う通りにやってごらんなさい。私も注意深く見ているから安心して。あと、きちんと定期的に報告にくるのよ?」
と微笑みながら言ってくれた。
「ご理解感謝する」
と短く言って頭を下げる。
そこへようやくマユカ殿が、
「どういうことか説明してもらおうか?」
と、鋭い眼差しで問うてきた。
私はその視線を真っすぐに受け止め、これまでのことを話す。
マユカ殿とサユリは終始驚きの表情を浮かべていた。
やがて、私の話が終わり、マユカ殿とサユリが何やら考え込み始める。
すると、そんなマユカ殿とサユリに、精霊は、あくまでも優しい口調で、
「しばらくの間、ジークに託しましょう。この世界が変わるかどうか、見定めるいい機会です」
と、やや諭すようにそう言った。
「御心のままに」
と言って、マユカ殿が頭を下げ、サユリもそれに続く。
私ももう一度、今度はマユカ殿とサユリに向かって、
「ご理解感謝する」
と言って頭を下げた。
そこへ精霊が、
「じゃぁ、次が本題ね」
と言って話題を変える。
そして、精霊は一呼吸おくと、やや真剣な表情で、
「今、私の周辺で異変が起こっているわ。その対応だけど、ジーク、マユカを手伝ってあげて。ちょっと大きいみたいなの」
と言って、私を見つめてきた。
「かしこまりました」
と、何でも無いことのように答える。
「うふふ。頼もしいこと」
と精霊が笑い、
「マユカ。良かったわね」
と言ってマユカ殿に微笑みかけた。
「うふふ。じゃぁ、私の力はそろそろ限界だから、詳しいことはポチに聞いてね。ああ、ジーク。終わったらまた来るのよ?」
と言って、精霊が光の粒になって消えていく。
私たちは頭を下げてそれを見送った。
「で。ジークよ…」
とマユカ殿がジト目で問いかけてくる。
私は、
「ははは…。すまんな」
と引きつった苦笑いで謝るが、マユカ殿に、
「はぁ…」
と盛大なため息を吐かれてしまった。
「はっはっは。相変わらずたいした男よ」
とポチが笑う。
私は、
(ははは…。一応は『笑いごと』で済んだな)
と思いつつ苦笑いを浮かべ、
「じゃぁ、詳しく話を聞かせてくれ」
とポチに今回の事態の詳細の説明を求めた。
「ああ。そうだったな。魔王のことが面白すぎて忘れるところであった」
とポチが冗談交じりに言って、説明を始める。
その説明によると、この世界樹の森の周囲に魔物の出現が相次いでいるが、どうやらその奥に大きな気配があるらしく、マユカ殿たちもどうしたものかと悩んでいたのだそうだ。
つまり今回の私の訪問はまさしく渡りに船だったらしい。
「にゃぁ」(これも賢者の宿命かのう)
と言って笑うチェルシーに私は、
「まったく、因果な商売だ」
と言ってただ苦笑いを返した。
「では帰ってさっそく打ち合わせといこうじゃないか」
というマユカ殿にうなずきつつもふと思い出して、
「そう言えばポチ、おめでたらしいな」
と問いかける。
その問いにポチは少し照れくさそうにしながらも、
「我もそういう歳になったらしいな」
と、やや遠くを見つめるような目でそういった。
ポチの感慨は、代替わりが近いということを指している。
私はそのことを寂しく思いつつも、ポチの魂もまた新たな子に引き継がれて世界樹を、ひいてはこの地を守っていくのだろうということを思って、同じく遠くを見つめるような目になると、
「お互い歳だな」
と冗談交じりにそう言った。
「ふっ」
とポチが笑う。
そんなポチに、
「子の誕生祝に何か贈ろうと思うが、何がいい?私は子供のおもちゃが良いと思ったんだが…」
と聞くと、ポチは一瞬ぽかんとした後、
「はっはっは。子供のおもちゃとはなんともジークらしい発想だな」
と言って笑い出した。
私も微笑みながら、
「子犬のおもちゃの定番と言ったら骨とかボールとかその辺だが、それでいいか?」
と聞く。
するとポチは、
「ああ。その辺りは任せよう。あと、お主らが魔物退治から戻ってくる頃にはおそらく生まれておるじゃろうからな」
と言って、また「はっはっは」と笑った。
そんな平和な会話を交わし、一応和やかなうちに会談が終わり帰路に就く。
道々、マユカ殿がため息を吐きながら、こめかみを抑えるような仕草をしていたように見えたが、きっと気のせいだろう。
私はとりあえずそう思うことにして、楽しそうに森の中を歩くサクラと私の胸の抱っこ紐の中で丸くなっているチェルシーを交互に撫でてやりながら、神殿へと戻っていった。
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