第30話「八田さんの思惑とバーテンダー」

 現状は最悪だ。あの日以降、二人は完全に冷戦モードに入っている。


 一応二人とも大人なので、表面上は普通にやり取りするようになったが、それでもふとした瞬間に爆発するらしく、例の小学生じみた喧嘩を定期的に繰り広げている。


「ねえ司」

「何も言うな天音。僕もわかってる」

「わかってるならなんとかしてよ。司が原因なんでしょ?」


 そんな状況で行われる共同生活などピリついたもの以外の何ものにもなり得ない。とばっちりを食らっている天音がしびれを切らしてそう言うのも当然のことだ。


「八田さんにもそう言われてるよ」


 おまけとばかりに今のままじゃ足手まといだからと戦闘にも参加させてもらえずにいる。


 本当に参った。元を辿れば真衣華と契約しているのに月野さんにアピールしている僕が悪いのだが、僕にだって言い分がある。


 契約をしたからといって恋人になるという決まりはないはずだ。従って、僕が誰にアピールをしようと許されるはずなのだが、真衣華はどうも契約=人生のパートナーくらいに考えている節があるように思う。だからこんな問題が発生するのだ。


「いやこれ僕が間違っているのか?」


 ちょっと考えて、やっぱり間違いではないと思い直す。だって今泉のところはどう見ても恋人とかそんな感じじゃないもん。完全にビジネスパートナーだ。


「しかし悪いのは僕なんだよな……」


 契約云々は置いて考えると、僕は二人の女性に同時に好意を伝えているようなものだ。そりゃ痴情のもつれの一つや二つ発生するというものだろう。


 しかしだからといってどちらか一方に絞れと言われても困る。非常に困る。


 片や僕を退屈な日常から引っ張り出してくれた存在。


 真衣華との出会いなくして今の僕はないと断言できる。そうじゃなきゃ僕は今頃家で宿題をやっているはずだ。そんな日々に戻るのはごめんだ。言ってしまえば恩人だ。簡単には裏切れない。


 片や僕の理想を体現したような存在。


 調整の結果からもわかる通り、月野さんと僕の相性は最高といっても過言じゃない。見た目から性格、声に至るまで何もかもが僕の好みだ。おまけに料理も上手いときた。そんな人との出会いなど、もう二度とないと断言できる。諦めるなんてことはできない。


「どうすればいいんだ……」


 と、そこでクイクイっと袖を引っ張られた。


「なんだい天音、僕は今世界の危機を回避するにはどうすればいいのかについて考えるのに忙しいんだ」

「思ってたよりも規模が大きいよ!」


「世界なんてものは見てる範囲にしか存在しないんだぜ? とすれば今の状況はまさに世界の危機だ」

「言われてもみればそうだねえ……じゃなくて!」


「なんだよ、元気がいいな。その元気僕に分けてくれ。僕は見ての通り衰弱してるんだ」

「力こぶ作りながら言われても説得力ないよ! ああもう! 司と話してると話が進まない!」


「ごめんごめん、ここ最近ふざけられなかったからこれ幸いにと思ってね。で、なんだい?」

「どっちを選ぶかで悩んでるんでしょ」


「言葉に出したくないけどね。現状だと、そうせざるを得ない気がしてるよ」

「あたしを選ぶって選択肢はないの?」

「…………」


 現れてほしくなかった第三の選択肢だ。元々天音ルートに入りかけていたから、天音としては唐突でもなんでもない当然の発言なんだろうけど、真衣華と月野さんのことで頭がいっぱいだった僕からしてみれば寝耳に水だ。


「あたしを選んでくれたら毎日一緒にゲームできるよ?」


 キラキラとした瞳で子供みたいなことを言う天音が実に愛おしかった。


 そこは普通「私を選んでくれたらHなことしてあげるよ?」とか言う場面だろうに、純粋な天音から出たのはゲームだった。だから僕は天音が好きなんだ。いつまでもその真っ白で穢れの知らない心を大事にしてほしいと思う。


 しかしそれはそれ、これはこれ。僕は第三の選択肢に更に頭を悩ませた。


「スマホ鳴ってるよ?」

「あ、ほんとだ。ありがとう天音」


 見れば、八田さんから連絡が来ていた。いつも月野さん経由で連絡してくるというのに、珍しいこともあるものだ。


 内容は「話があるから僕の部屋に来てほしい」だった。


 なるほど、お説教と見た。まったくもって気が進まないがボスの命令を無視するわけにもいかないので僕は八田さんの待つ10階へと向かった。


「やあよく来てくれた。オペレーションまじこいの進捗はどうかな?」

「……わかってて聞いてますよね?」

「はっはっは! うん、わかってるよ」


「月野さんか真衣華、どちらかと話せばもう一方が難癖をつけて喧嘩に発展するんです。仲良くなるどころか会話すらまともにできない状況ですよ」

「はっはっは! それは大変だねえ」


「笑い事じゃないですよ。我が家は戦場になっちゃってます。おまけにさっき天音が参戦してきたので更に戦火が拡大するのが目に見えている」

「いやー青春してるねえ。結構結構」


「何を考えてるんです?」

「言えないなあ」

「発端は八田さんなんですから、少しくらい教えて下さいよ」


 僕がそう言うと、八田さんはハンドグリップをニギニギしながら、


「これは独り言だけど、アルターエゴは複数のエゴと契約できるらしい」

「まさかとは思いますけど、月野さんと僕をくっつけようとしてます?」


「さてどうかな。複数契約については可能性がある程度の話で、実際にできるかどうかはわからない話だしね」

「それこそどうだか。八田さんのことだから確信を持ってるんでしょう?」


「さて、ね。いずれにしても、君はあのじゃじゃ馬娘二人を乗りこなすしか道はないってことさ。まじこいの期限まで後一週間だよ? 頑張ってくれ、九条君」

「簡単に言ってくれますね」

「僕はボスだからね」


 長居しても気分がよくなることはなさそうだったので、僕は早々に部屋を後にした。かといって家に戻る気にもなれなかった僕の足は、自然とバーのある15階に向いていた。


 慰安施設とはよく言ったものだ。初めてきた時は施設の必要性に疑問を抱いていたが、いざ自分が当事者になればこういう施設の必要性が身にしみてわかる。


「優子さん、これは例え話なんですけど聞いてくれますか?」


 眼前で僕の注文したカクテルを作ってくれている優子さんにそう問いかける。


「ん、何かしら?」


「ある男が二人の女性に好意を示していたんです。そしたらその二人の女性が喧嘩をするようになってしまって、どうしたものかと悩んでいたら更にもう一人別の女性が男に好意を示してきたんです。この場合男はどうするのが正解なんでしょうか?」


「あらあら、ものすごくモテるのね、その男の子」

「どうなんでしょう。人生に三度訪れるというモテ期がいっぺんにきているだけな気もしますけど」


「はい、サラトガクーラー」

「ありがとうございます」

「三人目の女の子のことを男の子は好きなの?」


「男女の好きというよりは、友人としての好意の方が強いと思います」

「なるほどねえ。一番気になってるのは誰なの?」


「男女のって意味だとTさんでしょうか。でも、男はMさんに返しきれない恩があるんです。かといって二人のために友人Aを裏切るわけにもいかない」

「大変ねえ」

「そうなんです。僕、あ、男はどうしたらいいのでしょうか?」


 僕の失言にしかし、優子さんは聞かなかったふりをしてくれた。あくまで例え話の体で話しは進んでいく。


「もし、もしもよ? その男の人が三人の内誰も選べないっていうなら、全員を選ぶっていうのはどうかしら?」

「それは反則では?」

「でも選べないんでしょ?」

「選べないですねえ」


「ならやっぱり皆を選ぶしかないわ。けど、これはとても大変なことよ? 皆を選ぶっていう選択を、皆に認めてもらわないといけないんだから」

「どうやったら認めてもらえますかね?」


「それはその男の子が考えなくちゃ。それこそ別の女の人に考えてもらった、なんて言っちゃったらそれがまた火種になっちゃうもの」

「なるほど確かに」


 バーテンダーが止まり木とはよくいったものだ。一人では得られなかった答えにこんなにも簡単に行き着くことができるとは。しかも、人に話したことで気も楽になるというおまけ付きだ。


 きっと、知り合い以上友人未満という絶妙な関係が良いのだろう。相手は大人だし、あくまで仕事中の話だから他人に口外される心配もないというのがいい。


「ありがとうございました。話せてすっきりしました」

「どういたしまして。また悩みができたらいつでも来てね。私はいつもここにいるから」


 危ない。僕が小学生だったら今のウィンクで初恋を奪われていたところだ。これが大人の女性の魅力というものか……恐ろしいぜ。

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