第27話「真剣で私に恋しなさい!」

 信頼関係を数値で表すなんていう育成ゲームも真っ青なことをリアルでやってしまったために、僕達と真衣華の関係は少々ギクシャクしていた。


 僕は僕で真衣華の一挙手一投足に気を配るようになったし、なんとあの月野さんも申し訳なさからか、真衣華に対して優しい態度を取ることが多くなっていた。


 気を使えば使うほど、疲れからか調整の結果は悪くなっていくし、かといって結果をよくするためには相手のことをもっと知る必要があるから気を使わなければいけない。


 はっきりいって、今の僕と真衣華の関係は悪循環に入っていた。


「どうしたものかなあ」

 リビングのソファに座って珍しく真剣に頭を悩ませていると、


「九条君、仕事の時間よ」

「嫌な予感。どうせ八田さん絡みなんだろう?」

「お察しの通り。ただ、今回は私と九条君だけが呼ばれてるわ」


「勘弁してくれ。こんな時に二人だけ抜けたら、真衣華にいらぬ誤解を抱かれる」

「そうは言っても仕事なんだもの、しょうがないわ。そういえば黒鉄真衣華はどこにいったの?」


「なんだか天音と一緒に買い物に行っているらしいよ。最近あの二人、よく二人で夜更かししたり、買い物に行ってるみたいなんだ」

「二人で何してるのかしら?」


「一度聞いてみたんだけど、絶対に教えないって天音に言われちゃった」

「乙女の秘密ってやつかしら?」

「そんな可愛いものだったらいいけどねえ」

「そうね。とりあえず、仕事を先に終わらせちゃいましょ」

「はいよ」


 僕達は八田さんのいる10階、オフィスフロアへと移動した。


「やあ二人共、お疲れ様」


 八田さんはオフィスフロアの一番奥にある部屋にいた。重厚な木の机と革張りのオフィスチェアが置かれていて、まさにボスの部屋という風格だった。


「調整の結果を見たよ。君達の相性は良いとは思っていたけど、まさか黒鉄君との数値を大幅に超えるとはね」

「そのせいでウチは今大変なんですよ? なんでまた真衣華のいる前で検査なんてさせたんですか」


「僕にも考えがあってね」

「いい加減その考え教えてもらえませんか。いつもいつもそんな調子だと私も困るんです。ただでさえ人が増えて大変だったのに、最近ギスギスしてるんですから」

「今はまだその時じゃない。とはいえ、今日は考えの一端を伝えるために呼んだんだ」


 そう言って八田さんはある紙束をテーブルに置いた。


「特戦9課の発足計画書? 噂では聞いていたけど、なんで私達に……?」

「まあまずは特戦9課がなんたるかを九条君に説明しよう」


 月野さんは大層驚いている様子だったけど、何がなんだかな僕からすれば驚けばいいのか笑えばいいのかすらわからなかったので、八田さんの申し出はありがたかった。 


「まず特戦についてだが、特別戦闘課の略だ。簡単に説明すると、エスの海で戦闘行動を行う者が所属する課だね。で、現在ウチには月野君が所属する管理保護部の実務課、通称第零課から第8課まであるんだ」


 そういえばだいぶ前に月野さんから貰った名刺に彼女の所属が書かれていたな。


「それぞれの課が担当する領分というものがあるんだが、9課はそれぞれの課の垣根を越えて自由に活動できることを目的として設立されるものだ」

「自由というと例えば?」


「今まで月野君が行ってきたような、新たに生じたエゴの保護。九条君がやってきたようなイドとの戦闘。他にも陣営同士のいさかい、潜入任務などなど多岐にわたるね」

「要するに何でも屋ってことですか?」


「そう解釈してもらって構わない。とはいったものの、9課が担当するのは主に荒事になるだろう。当然、並の戦闘能力では務まらない。そこで白羽の矢が立ったのが君達だ」

「でも、今の僕達ってまともに外を散歩もできない状況ですよ? そんな僕達に務まりますかね?」


「当然そこも考えているよ。今日に至るまで、九条君はよく働いてくれた。おかげで、ある程度の周知がなされてきている。今日をもって、君と黒鉄君の軟禁生活を解除する」

「天音の外出は?」


「残念だが、そちらはまだ時期尚早だね。君達二人は荒事に巻き込まれても単独で脱出できると判断したが故の外出解禁なんだ」

「なるほど。なんだか天音に悪いな……」


「そちらについても早急になんとかするよう努力中だ。それと、君達の外出についてだが、制限付きとなる。移動範囲の制限と護衛付き、それからGPSは必ず持ってもらう」

「まあ、そうだとは思ってたので特に残念でもないです」


「あの、そうなると私は異動ということになるんですか?」

「うん。今すぐというわけじゃないけどね。引き継ぎの準備だけはしておいてくれ」

「わかりました。隊長は誰が?」


「僕もそれについては頭を悩ませていてねえ。9課は実質九条君のための課だから、彼が隊長を務めるのが道理なんだけど……」

「九条君が隊長になってしまったら仕事になりませんよ? ほら」


「いやあ僕が隊長か。予算は何に使おうかな? ちょうど欲しかったフィギュアがあるんだよねえ」

「うん。僕もそう思う。だから、今のところは月野君が適任かなあと思っているよ。人選についても君の好きなようにしてくれていい」


「そんなに裁量があるんですか?」

「まあね。それだけ重要な仕事を任せるってことだからね。だから、あまり信用できない人間を入れるくらいなら最初は3人で回した方がいいかもしれない」

「了解です。人選についても考えておきます」

「それからこれは別件なんだけど、ああ九条君もしっかり聞いていてね?」


 僕が妄想の彼方へフライアウェイしているのに気付いた八田さんが名前を呼んでこちら側の世界に引き戻した。


「黒鉄君との仲を深めてほしいんだ」

「うーん、努力してるんですけど、から回っているのが現状だったりします」

「それでは困るんだ。言い方を変えよう。業務命令だ」

「あ、それはちょっと卑怯な言い方では?」

「僕はここのボスだからね、命令権があるのさ。そのために月野君」


「? 私ですか?」

「九条君と黒鉄君の絆が向上するよう影からサポートしてやってくれ」

「なんで私が」

「こういうのは第三者がサポートするに限る。だからこそわざわざ黒鉄君を呼ばずに君達二人だけを呼んだんだよ」


「だからって私が手伝う必要ないですよ。別に他の人でもいいじゃないですか」

 僕もまったくもって月野さんと同意見だったんだけど、

「ダメだ。月野君が手伝うことに意味があるんだ」

 八田さんは、はっきりとそう言い切った。


 何か裏のありそうなその言葉に、僕と月野さんは顔を見合わせて肩をすくめる。


「さしあたって、君達にはこれを渡す」


 渡されたのは3枚の遊園地チケットだった。フリーパスと書かれたそれは、誰もが知ってる夢の国で、待つことなく乗り物に乗れることのできる魔法のチケット。僕と真衣華、サポート役の月野さんの分だろう。


「すでに運営会社には協力を仰いでいる。月野君は変装して潜り込んでくれ」

「それ絶対私いらないですよね?」

「いいや必要だ。月野君には間近で九条君達のデートを観察、適宜報告をしてもらう」


 なんだか妙なことになってきたな……。ただでさえ人に見られるのが恥ずかしいデートを、よりにもよって月野さんに間近で観察されないといけないなんて。


「名付けて、オペレーション『真剣マジで僕に恋しなさい!』だ!」

「アウトぉ!」


 ダメだよそれは。1文字違えばHでムフフなゲームと一緒の名前になっちゃう。


「む。そうかな? 略して『まじこい』なんだけど、いいと思わない?」

「もっとらめぇ!」


 略したらもろそれになっちゃう! みなとなそふとさんに怒られちゃうよ!


「じゃあ家族計画は?」

「だからダメだって!」

「もうっ! 名前なんてなんでもいいじゃない」


「いやいや作戦名は大事だよ? 僕が作戦を立てる時はいつも最初に作戦名を考えていてだね」

「え、八田さんいつもそうやって作戦立ててたんですか?」

「うん。かっこいいとやる気が出るだろう?」


 結局、作戦名は当初発表された「真剣で僕に恋しなさい!」になった。これ権利とか大丈夫なんだろうか……感じたことのない心労を抱きながら帰路につくのだった。

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