第25話「はじめての調整 前編」
「お、今日の味噌汁は芋と玉ねぎか、いいね」
数時間後、僕の姿はリビングにあった。
昨晩、というか今日の夜中というか、つい数時間後前まであれだけバーで騒いでいたというのに、今朝の料理当番である月野さんはしっかりと朝ご飯を作ってくれていた。
メニューは焼き魚に甘い卵焼き、大根サラダと味噌汁というなんとも健康的なものだった。
ちなみに卵焼きには、甘いのが良いという人としょっぱいのが良いという人がいるが、僕はどちらかというと甘い派だ。月野さんもどうやらそうらしい。やったね。
「九条君が好きな具よ、泣いて私に感謝なさい」
「僕は猛烈に感動しているっ!」
気合で目から涙を流してそう言うと、月野さんは「ふふん」とドヤ顔をして見せた。
しかし僕はともかくとして月野さんも短い睡眠時間でも体調に影響が出ないタイプらしい。目の下にクマも見られないし、ハツラツとした元気を感じる。
「月野さん今日何時起き?」
「6時起き」
「ひょえ。2時間も眠れてないじゃないか」
「私はほら、頑丈だから。九条君こそ睡眠不足じゃないの?」
「僕はスーパーマンだぞ、一日くらい睡眠が不足したってなんてことはないさ」
「あらそ。手が空いてるなら皆のご飯運んじゃって」
「あいよ」
テキパキとご飯を運んでいると、眠そうに目をコスりながら天音が起きてきた。
「おはよ~。二人とも朝から元気だね~」
「おはよう天音、相変わらず朝が弱いな。顔でも洗って目を覚ましておいで」
「そうする~」
天音と入れ替えで真衣華も起きてきた。
「おはよう、私が最後みたいね」
「おはよう真衣華。ちょうど朝ご飯ができたところだよ」
「そう。その……司さん」
「ん? なんだい真衣華」
「昨日……いえ、なんでもないわ」
「ふいーさっぱりしたー。今日のご飯は何かなー?」
言いかけて、言葉を閉じてしまった真衣華に問いかけようとしたが、タイミングの悪いことに天音が戻ってきたことで有耶無耶になってしまった。
まあ、真衣華のことだから本当に必要なことだったら後で再度言ってくれるだろう。
「いただきます」
皆で挨拶をして食べ始める。味噌汁で口を慣らし、焼き魚と熱々のご飯を口に放り込む。
「美味い。やっぱり月野さんが料理当番の日は当たりだね」
「そうだねえ。司の料理も美味しいことは美味しいんだけど、ちょっと油っこいのが多いから。あれ女の子としては複雑なんだよね」
「うーん、どうしても僕が食べたいもの作るからなあ。次は少しヘルシーなもので考えるか」
今まではとんかつとか唐揚げとか揚げ物メインだったけど、次は煮物とか作ろうかしら。
「む、この大根サラダドレッシングがかかってないな。悪いんだけどドレッシング取ってくれない?」
目的のドレッシングがちょっと遠くにあって手が届かなかったので、ドレッシングの側に座っている月野さんと真衣華に声をかけた。
「あ、私が――」
「はいこれ。九条君は野菜ドレッシングでしょ?」
真衣華よりも先に月野さんが取ってくれた。どうやら僕の「大根サラダにドレッシングが」云々の時点でドレッシングを渡そうとしてくれていたらしい。まったく、良妻の鑑だぜ。
「うん、それそれ。シーザーとかチョレギもいいんだけど、やっぱ汎用性が高いのは野菜ドレッシングだと思うんだよね」
「えー。あたしはチョレギのが好きだけどなあ」
「カロリー気にしてる発言はどこにいったんだい。あれ油すごいだろ」
「ドレッシングなんてどれも一緒だよ」
「それもそうか。ん、真衣華もドレッシング使うかい?」
話しながら、真衣華が僕に意味ありげな視線を送っていたのに気付いた。
「え、ええ。いただくわ。ありがとう」
「そういえば今日の僕達の予定は?」
いつも月野さん経由でアプローチから仕事が降ってくるので、いつの間にかこうして朝ご飯の時間は彼女に今日の予定を尋ねるのが定例化していた。
「今日は『調整』を行ってもらいます」
「調整?」
「二人のシンクロ度を数値で計数するの。といっても、計測具を付けて簡単なゲームをやってもらうだけだから、身構えないでも大丈夫よ」
「へー、面白そうだな。要するに僕達の仲が数値化されるんだろう?」
「ちょっと違うけど、まあ似たようなものかしらね。詳しくは調整ルームで説明があるはずだからそこで聞いてちょうだい」
「月野さんはいつも通りテレワーク?」
「そうよ、と言いたいところだけど、何故か私も一緒に来いって言われてるのよね。なんでかしら?」
「それは僕に聞かれても困るなあ」
美味しい朝食をモリモリ食べた僕達は、業務命令を遂行すべく調整ルームがあるという11階を訪れていた。
「やっはー。君達がアルターエゴにオリジナルエゴだね? いやあこの日を待ちわびたよ。二人の身体データが回ってきた時からというもの、君達の数値を計れる日が楽しみで楽しみでしょうがなかったんだよ。どれどれお姉さんに見せてみなさい」
そう言って謎の女性は僕と真衣華の身体をジロジロと不躾に観察し始めた。
調整ルームと書かれた扉を開けた途端にこれなのだから、流石の僕も面食らった。
長い髪を一括りにして後ろでまとめ、白衣をまとった目の下のクマがものすごいことになっている妙齢の女性だった。
僕は知ってるぞ、この手の人は見た目で判断しちゃいけないんだ。おかしな人であればあるほど、実はすごい功績を持ってたりするはずだ。
「
ほら言った通りだ。だいたい白衣着ていてコーヒーの匂いが染み付いてる技術畑の人っていうのはすごい人だと相場が決まっているのだ。
「ウチは知りたかったからテキトーに作っただけだけどね。お喋りよりも先に計測させてちょうだいな。イドを一発で倒すんだろう? さぞシンクロ度も高いはずだ。見たこともない高い数値が見られるはずなんだ。ウチは楽しみでならない。ささ、こっちに」
今までいた場所はどうやらモニタールームだったらしい。部屋の奥に更に部屋があった。
畳10枚くらいの部屋に案内された。そこには計測用の脳波を計る装置らしきものと、ツイスターゲームに用いるシートが敷かれていた。まさかとは思うけど……。
「お察しの通り、二人にはツイスターゲームをやってもらうよん」
「なんかもっとかっこいいのを想像してたのに……」
「おっと、バカにしちゃいけないよ。こいつはどれだけ相手を思いやれるかによって結果が大きく変わってくるんだ。そしてこいつ」
なんか電極みたいなのが大量に付いた被り物を見せる倉石さん。
「こいつを付けてやると、無理して相手のために行動しているのか、心から相手を思いやっているのかがわかるってえ寸法さ」
「へえ、意外とちゃんと考えられてるんですね」
「当然さ。それに、他にもテストはあるから期待しといておくれ」
「あの、私このツイスターゲーム? のルールがわからないのだけれど」
確かに真衣華ほどじゃないが僕もルールがわからなかった。名前だけは知っているけど実際にはプレイしたことがないシリーズだ。
「ルールは簡単。私が色と手足を読み上げるから、君達は言われた通りの色の場所に指定された身体の部位を置けばいいのさ」
「なるほど。どうすれば終わるのかしら?」
「バランスを崩して倒れてしまったら終わり。そこで計測終了だね」
「わかったわ。早速やりましょう」
「お、やる気だね、真衣華」
「私達の絆が証明できる良い機会だわ」
「シシシ。そんなことを言うコンビに限ってしょぼい結果だったりするんだよね。これは面白くなりそうだね」
僕と真衣華に限ってそんなはずはない、と言いたかったが、本当にしょぼい結果に終わってしまうと恥ずかしくて顔から発火してしまうので黙っておいた。
「じゃ、私達はモニタールームに戻るからその装置被って準備しておいて」
倉石さんと月野さんは僕達を残してモニタールームに戻っていった。
「準備オーケーかな? よし、じゃあ始めるよー。最初は――」
8回目までは順調に進んでいた。4本の手足が順に指定されるという幸運も重なり、特段キツイ姿勢になることもなく僕達の手足は色に置かれていた。しかし、10回を越えた辺りからだんだんと厳しい姿勢を要求されるようになっていた。
「次、青の右手」
「マジか……!」
僕が右手で青を触るためには、どうやっても四つん這いになっている真衣華の胸を通って足の間に手を伸ばす必要があった。
「司さん、私なら大丈夫」
「けど……」
「司さんならいいわ」
「じゃあお言葉に甘えて」
確かめるようにゆっくりと手を伸ばす。僕の手の甲に真衣華柔らかなおっぱいの感触、さてはブラジャーをしていないな? まったく、役得だぜ。
「次、緑の左手」
またしてもキツイ態勢だった。
「司さん、重かったら言ってちょうだいね」
桃花が身体を沈ませながら左手を緑に向かって伸ばす。
これが何を意味するかというと、ただでさえおっぱいに触れていた右手が、もはや密着といえる状態になったのだ。僕じゃなかったら理性が消し飛んでるところだ。やれやれだ。
「いいねいいね頑張るね~。次は赤の左足だよん」
そんなこんなで続くこと20回目。遂に物理的に不可能な指示が来てしまい、真衣華がバランスを崩してしまった。
「はい、計測終了~。次のテストに移るから二人共モニタールームに戻ってきて」
次のテストは更にトンチキなものだった。次々と出題される問題に対して、相方ならばどう答えるか、というのを考えて答えるテストだった。
例えば、「大根サラダにかけるドレッシングはなんだと思う?」だとか、「ご飯を食べる時にまず何から口にするか?」といった何のテストをしているかわからなくなりそうな問題だった。正直あまり自信はなかったが、真衣華ならばどうするかと必死に考えて答えた。
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