第22話「男同士の絆エピソード」
その夜、僕と真衣華の姿は黒塗りのワゴン車の中にあった。
お察しの通り、イドが現れたのだ。そこまではいい。しかし何を思ったのか車内にはもう一組エゴとコントラクターの姿があった。
そう、僕を睨む今泉と彼と契約しているらしいエゴの二人だ。
「どうして月野さんがいないんだ……」
僕の注目は何故今泉と同じ車なのかということよりも、月野さんの姿がないことに向いていた。
「知るか。八田さんに聞け。俺だってお前と一緒の車内になんかいたくない」
「聞いたか真衣華、ひどい言われようだ。ちょっと模擬戦に負けたくらいでみっともないなあ」
「あれは!」
「あれは?」
「……油断したからだ。次は負けない」
「次はないけどね」
「お前ほんっとうにムカツクヤツだな」
「奇遇だね、僕も常々そう思ってたんだ」
「情けないコントラクターね。あんなのと契約しなくてよかったわ」
どうやら真衣華は本当に今泉が気に食わないらしい。僕に言われて結構へこんでいた今泉が真衣華の一言で更にへこんでいる。
「元気出せよ、月野さんとデートに行ったらツーショットのプリクラ撮って渡すからさ」
「お前おちょくってんのか?」
「心外だな。僕の優しさが伝わらないのかい?」
「どこに優しさの要素が合った?」
「今泉も月野さんが好きなんだろう?」
「好きとまではいかない。気になってるだけだ」
「またまた。男同士なんだから正直になれよ」
「本当だ。彼女とは波長が合うから対イドを考えた時に相性がいいと思っただけだ」
おやおや、ちょっと予想とは違う答えだぞ。照れ隠しってわけでもなさそうだし、本当に言っているようだ。
「そんなにイドを倒したいの?」
「俺はイドを憎んでるんだ……お前みたいのにはわからないだろうがな」
「そっか」
「……茶化さないんだな?」
「戦う理由なんて人それぞれでしょ。それに、君のそれは容易に踏み込んじゃいけないラインと見た」
「別に。聞かれないから言ってないだけで、知ってるやつは知ってることだ」
「理由を聞いた方が?」
「お前には絶対話さない」
「だと思ったよ」
「いいか、今回は手を出すなよ。イドは俺が狩る」
「へいよー。ポップコーン片手に観戦させてもらうよ」
一瞬だけ黒鉄をまとい近場の高層ビルの屋上までジャンプした。そして共鳴を解除した真衣華と二人で縁に座り階下で行われている今泉の戦いっぷりを観戦する。
どうやら彼の得物は西洋のロングソードのようだった。今泉みたいに面の良いヤツが振るっているのを見ると、どうしてもアニメの主人公を思い出す。
「エクスカリバーとか撃てないのかな?」
「エクスカリバー?」
「ブワッーっていう衝撃波だよ。あれカッコいいんだよなあ」
「どうかしらね。コントラクターとの信頼関係がしっかり築けていれば、何某か技は出せるんでしょうけど」
「ふーん。しかしあれだね、初めて他の人が戦うのを見たけど、結構チマチマ戦うんだね」
下で行われている戦闘は僕と真衣華のものとは比べ物にならないほどミニマムだった。
一生懸命手にしたロングソードでチクチクと手足を切ってダウンさせてから頭に剣を突き刺している。僕に言わせればとても非効率的だ。
「あれが普通……よりもデキる方よ。私達が異常なの」
「そうなんだ。まあ、僕と真衣華みたいに身体能力が上がるわけじゃないし、足狙ってダウンさせるのが正攻法か」
「ちなみに私と契約したからといって誰でも司さんみたいに強くなれるわけじゃないのよ?」
「え、そうなの?」
「相性、とでもいえばいいかしら? 司さんは私を使うのがとても上手い」
「そんなこと言われたら照れちゃうなあ」
「本当よ。初めての戦闘の時も思ったけど、適応するのが異常とも言える速さだったもの」
「寝る前の妄想が功を奏したようだ」
学校にテロリストが来る妄想だ。教室で学生を人質にして立て籠もるんだけど、僕が隠された実力を発揮してテロリストを一掃するんだよね。
その時の決めゼリフは「ただの学生だよ、今はね……」だ。大変格好いいぜ。
「まあでもこれでアルターエゴが隔絶した力を持つって言われていたのが身にしみて理解できた。あれと比べちゃうと確かに別物だ。戦争も終わらせられるってもんだよ」
「そうね。今泉自身の動きは悪くないけどエゴとの信頼関係が築けていないようね」
「信頼関係でそんなに変わるの?」
「極端な話、契約したてのアルターエゴと信頼関係が最大の通常の契約者では、アルターエゴが負けかねないわ」
「うそん。信頼関係めちゃめちゃ大事じゃん」
「そうよ。だからこそ私は司さん好みの女にならなければならないの」
「そこでその話に戻るわけね。前にも言ったけど、真衣華は真衣華のままでいてくれ。僕はそのままの君を愛すから」
「そうは言っても不安になるのよね。司さんの好みは月野のようだから」
それはそう。しかし人間の好みは簡単には変えられないのである。
「月野のどこがいいの? ムチムチなのがいいの?」
「そこも好きだけど顔も性格も身長も割と全部が好みドンピシャだったりする」
僕は正直なので嘘をつかない。だって月野さんほんとに可愛いんだもん。
「はぁ……努力するから捨てないでね?」
「それは約束する」
なんて話をしてたら今泉がイドを倒し終えたようだった。
「お疲れ様。ジュースでも飲む?」
帰りの車内、気を利かせた僕はドアポケットに入っていたジュースの缶を今泉に差し出した。
「ちっ……ありがとよ」
「どういたしまして」
よほど喉が渇いていたのだろう、今泉は缶を開けるやいなや中身を飲み干してしまった。
「お前、イドがなんで発生するか知ってるか?」
「知らないなあ」
「ジュースの礼代わりに教えてやるよ。イドってのは人間の抑圧された感情が形を持ったものだ。だから連中はそれを発散するために破壊行動を取るんだ」
「そうなんだ……ん? イドって複数の人の感情から生まれるの? それとも一人?」
「そこに気付くとは意外とバカじゃないんだな。答えはどっちもだ。俺達がノーマルタイプと呼んでいるのは複数の感情の集合体。それぞれの抑圧された感情も常識的なものだから、行動原理も単純。破壊、もしくは破壊の邪魔をする者の排除」
「今日今泉が戦ってたのもそうだよね?」
「そうだ。んで、面倒なのがもう一個の方だ。エクストライドっていうんだが、こいつは一人の抑圧された感情から生まれたもんだから意思を持っている。人間に個性があるように、イドにも個性が生まれるんだ。だからそれぞれ対処法が異なる」
「それはいいことを聞いた」
「その内お前も戦うことになると思うよ。精々気をつけるんだな」
「ところでイドを倒せなかった場合ってどうなるの?」
「お前そんなことも知らないで戦ってたのか? いや、エスの海で死んだらどうなるかも知らなかったくらいだし当然か……」
「まあその話は揉める原因になるからお手柔らかに頼むよ」
「ノーマルタイプを倒せなかった場合は簡単だ。エスの海が終わった時、元となった人がなんかイライラする程度にメンタルの不調をきたす。それだけ」
「もう一個の方は?」
僕の言葉にしかし、今泉はすぐには答えなかった。
不思議に思ったものの、答えを待っていると、
「戻ってこれなくなるんだ」
「戻ってこれなくなる?」
「意識をイドに引っ張られるんだ。現実がエスの海と逆転する。だからイドは倒さなきゃいけないんだよ」
だんだん繋がってきた。一番始めに月野さんに大戦が起こったと説明された時は、エスの海での出来事が現実世界にどう影響するのか理解できなかったが、今泉の言った通りの事が起こってしまえば現実世界が回らなくなる。
「イドに意識を引っ張られた人は現実世界だとどうなるの?」
「……植物状態になる。外界からの刺激に一切の反応を示さなくなるんだ。大好きな花の匂いにも反応しなくなる。死んでるのと一緒だよ」
やけに具体的な表現だ。まさかとは思うけど、身近な人がそうなってしまったのだろうか。だとすれば、これは僕が踏み込んでいいラインじゃない。
「倒したいイドがいるんだろう? 君がうんと頷けば僕は協力するけど……」
「いや、あれは俺が倒す。倒さなきゃいけないんだ……」
「そっか。ここでの会話は僕の胸に留めておくよ。男同士の約束だ」
「ふっ、別に話してもいいんだけどな。けど、約束すっか」
僕達はグータッチを交わした。
「ところで今泉、映画見るって言ってたけど普段何見てるの?」
「この間見たのはエクスペンダブルズかな?」
「マジかよ! あのシリーズ僕めっちゃ好きなんだ。往年の筋肉スター達が大集合してて最高だよね!」
「お前と好きな映画が被ってるってのが気に食わないが、あれはいい映画だ」
「他には何を見てるの?」
「他? 他かぁ」
行きと違い、帰りの車内は楽しい空間だった。
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