第21話「模擬戦はじまります」
「シュシュシュシュッ……!」
今泉の野郎、見せつけるようにシャドーをやっている。僕相手にそんなにイキって気持ちがいいものかね?
「司さん、頑張って!」
「九条君、怪我しない程度でいいのよ!」
「両手に花じゃないか、九条君。いやあ実に羨ましいねえ」
八田さんが僕をからかうが、そもそもこの状況を生み出したのはあなただということを忘れないでほしい。
「おい今泉」
「? なんだ?」
本格的に面倒になってきたのでシャドーする今泉に小声で話しかける。
「適当にそれっぽいパンチを打ってくれたら派手に倒れてやるからそれで手打ちにしよう」
「やだね」
「なんだと」
「お前月野さんと同居してるんだろ? 俺の敵だ」
「交渉決裂か……!」
「なんで交渉になると思った? つーか先輩をつけろと言っただろう」
困った。いよいよもって進退が窮まってしまった。危機的状況だ。
何か僕のやる気を著しく向上させるものはないだろうか。
道場内を見渡すと、僕の天才的頭脳が一つの解を導き出した。脳内に知覚とか快楽とかの螺旋的音楽が流れている。気分はガリレオだ。
「お願いがあります!」
「ふむ、言ってごらん」
僕の言葉に反応したのは八田さんだった。この後の展開を考えると実に都合の良い状況だった。
「僕が勝ったら月野さんとデートさせてください!」
「は? なんで私?」
「やりたくないことやるんだからご褒美の一つもないとやってられないよ!」
「お断りよ」
「いやだいやだ! 月野さんとデートしたいいいいいいいいい!」
恥も外聞もなかった。僕は道場の床に寝っ転がってゴネゴネとゴネにゴネた。
「信じられない……あれがいい歳した男の子のやること……?」
「月野、私からも頼むわ。司さんが勝ったらデートしてあげて!」
「え? 貴方九条君のエゴよね? 本当にそれでいいの?」
「コントラクターの願いが私の願いよ」
「えぇ……」
「月野君、僕からも頼むよ。どうやら君が首を縦に振らないと彼は一生あのままのようだ」
「そ、そんなに私とデートしたいの……?」
「したい!」
「わ、わかったわよ。勝ったらね?」
「その言葉、もう取り消せないからね?」
「どうせ勝てないんだもの、どんな約束しても一緒よ」
僕は立ち上がり、見様見真似でファイティングポーズを取った。
「お前覚悟しろよ?」
眼前の今泉は見たことがないほど怒り狂っていた。
「なんか怒ってる?」
「当たり前だろ! 月野さんとデートなんて俺だってしたことないんだぞ!」
「よせよ、モテない男の僻みほどみっともないものはないぜ」
「いい歳して床にゴロゴロ転がったヤツに言われたくない!」
それはそう。
「月野君モテモテだねえ」
「どうせモテるならもっとマシな男にモテたかったです……」
「彼はいい男だよ? 大人になればわかるかもね」
「とてもそうは思えないんですけど」
「よしっ、両者構え! 始め!」
僕と今泉の距離は1、2メートルといったところか。大きく一歩を踏み出せば簡単に攻撃が当たる距離だ。さて相手はどうでるか――
「うおっ! あぶな!」
今泉がいきなり回し蹴りをしてきた。しかも頭狙い。彼の頭からは手加減という言葉が抜けているらしい。
「えっ……今泉さんの蹴りを避けた……?」
なんか月野さんが驚いてるけど、そりゃ避けられるなら避けるでしょ。当たったら痛そうだもん。
「……まぐれか? こいつはどうだ?」
間髪入れずに鉤突きを放ってくる今泉。しかしそれも見えているので当然ガードする。
というか頭への回し蹴りといい今の鉤突きといい、少し陰湿過ぎないか。どっちも当たったら痛いじゃ済まないぞ。
「腕がジンジンするや」
「お前、見えてるのか……?」
「? そりゃ見えてるさ。ていうか今の鉤突きはひどいよ。食らってたら連撃に繋げるつもりだったろう」
「おいおいそこまでわかってるのか。お前マジで何者だ?」
「僕はただの学生だよ。今度はこっちの番だ」
打撃における最速はボクシングのジャブだとされているが、僕の見解は「使用者によって異なる」だ。
ジャブは「打ってから引く」という2つのアクションを要求される。しかし、打撃にはワンアクションで済む攻撃がある。すなわち、
「縦拳だと!?」
そう、縦拳。これなら拳を前に突き出すというワンアクションで済む。腕を捻る必要すらないから攻撃が最速で行われる。
といっても、避けられちゃったんだけどね。
「勘違いするなよ、まだ僕のバトルフェイズは終了してないぜ!」
縦拳はあくまでフェイント。訓練を積んできた人間に素人である僕の打撃が有効打となる可能性は著しく低いからだ。しかし、そんな素人でも格上を食うことができるのが寝技だ。
素人が故に油断して大ぶりに避けた今泉の耳を、縦拳で伸ばした手を使って掴んで捻る。
「ぐっ……!」
人間は耳を引っ張られると倒れるようにできているのだ。
倒れてしまえば、後は流れのままに腕を極めにいく。
「うそ……今泉さんがやられた……?」
「そこまで!」
「っ! まだ俺はやれます!」
「無理だ。完全に極ってるよ。それ以上は訓練の域を出てしまう」
「やったやった僕の勝ちー! 月野さん約束だからね? デートだよデート!」
「うっ……そうね、約束だものね……はぁ、最悪だわ……」
最悪だなんてひどい。デートのために頑張った僕の純情を返してほしいぜ。でもいいもんね、デートはデートだ。目一杯楽しむぞ、どこに行こうかな?
「おい!」
「ん、なんだよ今泉。僕は今月野さんとのデートプランを立ててるんだ。邪魔しないでくれ」
「もう一回だ! 今度は負けない!」
「だが断る」
「なんで!」
「だってもう一回やったら確実に僕が負けるから。今回僕が勝てたのは初回限定ログインボーナスだ。二度目はない」
相手が素人と思って油断してくれていたからあの戦法が通用したのであって、油断がなくなった今泉はそれなり以上に強いはずだ。そんな相手とは二度戦いたくない。
「くそお!」
いつだって戦いは無情だ。勝利者の足元で誰かが泣いているものなのさ。
「いい勝負をするとは思っていたが、今泉君相手にまさか勝つとはね。何か武術を習っていたのかい?」
「通信教育で空手を少々」
「ほう! それでこれだけ強くなるのなら僕も習ってみようかな?」
「一回だけ受けて意味ないことに気付いたのでオススメはしないです」
「はっはっは。ようするに何もやっていないってことじゃないか」
「そうとも言います」
「それでこれだけ動けるのなら大したものだ。いやはや、天性の才とでもいうべきかな?」
「私のコントラクターだもの、これくらい当然よ」
なんで真衣華がドヤるんだ。まあいいけど。
「黒鉄君は良いコントラクターを持ったね。これからも二人仲良くやるんだよ」
「言われなくてもそうするわ」
「うむ。九条君と黒鉄君はお疲れ様だ。もう家に戻っていいよ。月野君はこの後僕とミーティングだ」
「了解です」
「今泉君はどうするね? 予定では調整ルームだったが……」
「キャンセルでお願いします。負けた気持ちで行っても良い結果は出ないでしょうし。このまま残って訓練します」
「わかったよ。まあ、加減するんだよ?」
「はい、わかってます」
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