第16話「チャリで来た。」

 無事仲直りもできたところで、どうやら目的地が近づいてきたらしい。僕の聞こえの良い耳が何かを壊す音を拾い始めた。気になってフロントガラスから様子を伺うと、

「ずいぶん景気の良いことだなあ」

 遠目に見てもわかるほど大きなエゴ達が街を破壊して回っていた。


「やあ、まるで怪獣映画だ。ウルトラマンはどこかな?」

「お前がウルトラマンになるんだよ」


 そんな「お前がママになるんだよ!」みたいに言われても……。どうせ言われるんだったら今泉じゃなくて可憐な女性陣に言われたかった。


 真衣華なら言ってくれそうだから試しにおねだりしてみようかな、なんて思っていると、車が停止した。


「おろ、ずいぶん手前で停まるんだね」

「近くで停めると車に被害が出ちゃうのよ。これでも近いくらいだわ」

「なるほどね」


「これ、二人に渡しておくわ」

 そう言って月野さんは僕達にイヤホンマイクを渡してきた。


「周波数の設定ができるんだけど、今回は何もいじらないで。とりあえず話したら誰かしらに通じる程度の認識でいいわ」

「あれ、声が、遅れて、聞こえるよ?」


 僕のおふざけにしかし、月野さんは返すことなく淡々と説明を続けた。

 少し寂しいが仕方がない。これは戦闘直前のブリーフィングだ、命が懸かっているのならふざけている余裕もないだろう。僕が異常なだけだ。


「車を降りたら二人共私の指示に従ってもらいます。基本は各個撃破。必ず一対一の状況以外では戦わないこと。いい?」

「はいよ……と言いたいところだけど真衣華は不満そうだね」

「そうね。たぶんだけど、あれくらいならすぐ片付くわよ?」

「「それ本気で言ってる?」」


 なんてことだ、僕と月野さんの言葉がぴったり重なった。これってもうマジで恋する5秒前じゃないか。僕が本気で喜んでいると、

「そもそもの目的はアルターエゴの力量を測ることです。ここは素直に彼らに任せた方がいいのでは?」

 今泉の野郎が冷水をかけてきた。


 なんでこうベストタイミングで邪魔するかね。ここは僕と月野さんが照れてお互いの顔を見つめ合って赤面し合うシーンでしょうよ。月野さんヘルメットで顔見えないけど。


「けど……」

 言葉だけでも月野さんが僕を心配してくれているのがわかった。僕は今有頂天だ。


『月野君には悪いが、今泉君の言う通りだ。彼が本当に危なくなるまではできるだけ手出しはしないでほしい』


 これまでの会話を聞いていたのか、イヤホンマイクから八田さんの声が聞こえてきた。


「っ……! 了解です。二人共、聞いていたわね? そういうことだから、私は手助けできないわ」

「オッケー。精々怪我しない程度に頑張りますかね」

「大丈夫よ。司さんには傷一つつけさせないもの」

「そうかい? 頼もしいこと言ってくれるじゃあないか」

「厳しそうだったらすぐに言うのよ? 無理だけはしないで」


 ひょっとすると月野さんは心配性なのだろうか。これじゃ本当にお母さんみたいだ。


「わかったよ母さん」

「私はお母さんじゃない!」

「そうそう、その調子。僕にシリアスは似合わないからね」

「ほんとにもう……!」

「そんじゃま、いきますかね」


 車から降りてストレッチをする。身体の調子を確認したところ、以前折れた肋骨はすっかり元通りになっているようだった。唯一の懸念もこれなら問題なさそうだ。


「真衣華」

「はい、司さん。手を」


 差し出された手を握ると、真衣華は瞳を閉じてこう呟いた。


――共鳴レゾナンス


 言葉が終わり、真衣華の身体が光の粒子へと変貌する。粒子が僕の身体を覆っていき、やがてそれは「黒鉄」へと形を変えた。


「へえ、鎧型か。流石はオリジナルといったところか、ずいぶん珍しい形態だな」

 変身の一部始終を見ていたらしい今泉はそう呟いた。


「一つ聞きたいんだけど、月野さんって徒歩だよね? この身体になると、僕身体能力がすごく上がるんだけどついてこれそう?」

「舐めないでちょうだい。私だって伊達に隊長やっていないわ」

「それはよかった。じゃ僕は全力でいくね」


 言うが早いか僕は全力で足に力を入れてその場から飛んだ。


「うおっ! マジか!」


 この身体の全力をまだ試していなかったので全力でジャンプしてみたのだけど、文字通り身体がその場から飛んでしまった。跳ねるという意味でのジャンプのレベルじゃない。


 まさにひとっ飛びで僕の姿は目標としていたイドの直上にあった。それも結構遥か上空だ。これは地上に着くまで考える時間がありそうだぞ。


『このまま足を突き出して降りたら倒せるんだろうけど、それだと普通過ぎるな……』

 僕が声に出さずに思考していると、


『司さん、ずいぶん余裕なのね。鼓動が少しも乱れてないわ』

 僕の思考を読んだらしい真衣華が声をかけてくれた。黒鉄状態だと声を出す必要がないから楽でいい。真衣華相手限定だけど。


『そりゃそうさ、窮地に陥ってるわけでもなし。ところで真衣華、なんか格好いい降り方とかないかな?』

『普通に降りるという選択肢はないの?』

『この状況からだとどう転んでも派手になってしまうと思うんだ。どうせ派手な登場をするなら、少しでも格好いい形で降りたいという男心かな』


『なるほど。そうね……とりあえず下のイドは踏みつけて倒すとして、問題は倒した後のポーズよね。天に向かってガッツポーズとかどうかしら?』

『なんだか昇天しそうで嫌だなそれ……』


 しかし悲しいかな、もう地面がかなり近かった。これ以上悩んでいる時間はない。口惜しいが真衣華の案でいくしかなさそうだ。


「おりゃあああああああ!」

 右足を突き出し、イドの脳天から地面までを一直線で貫通する……そして!

「ポーズ、うおっ!」


 なんてこったい、初めての高所からの落下故にバランスを崩してしまった。


 転びそうになる身体にムチを打ち左足を一歩前に出して重心を固定する。が、空中時点では天高く突き上げていたはずのガッツポーズは気がつけば無惨にも胸元まで下がっていた。


 結果、チャリで来てしまった。


『なんて締まらないポーズだ。これじゃヒーロー失格だよ』

『これはこれで格好いいと思うわよ?』


 どうやら彼女とは「格好いい」とは何かについてしっかり話し合う必要があるようだ。


『確か全部で10体だっけ? 今一体倒したから残り9体か。めんどくさいから一気に来てくれないかなあ』

『このクラスのイドは直接危害が加えられない限り街の破壊を優先するわ。面倒だけど、一体ずつ撃破するしかないわ』


『りょーかい。ま、この身体のことを確かめるのには好都合か。頭を潰せばいいんだよね?』

『ええ。そうすれば活動を停止するわ』

『オッケー』


 どういうわけかこの黒鉄の身体は僕の身体が初めからこうであったかのように馴染んでいる。しかし、それとは別に黒鉄状態での全力は僕の想定を大きく越えているのだ。


 そのせいで先程全力飛んだ時は身体能力に振り回されてしまったが、上限さえわかっていれば後は感覚で「あそこまで飛びたい」と思ってジャンプすれば本当にそこまで飛べる。


 そのことを理解してしまえば早かった。初めて変身した時にも思ったが、八艘飛びのようにふわりふわりとイドの元まで飛んでその頭を蹴るなり殴るなりして潰すだけの、文字通りの作業だった。


『これで全部かな?』

『みたいね。近くにイドがいる気配はないわ』


 念の為残心をしたまま変身を解除する。それから、

「これそのまま喋ればいいのかな? おーい月野さん、聞こえるー?」


『どうしたの?』

「終わったよー」

『嘘でしょ?』

「ほんとだってば。後どれくらいでこっちに到着しそう?」

『もう着くからその場で待機していて』


 5分程度待っていると、息を切らしながら月野さんがやってきた。


「信じられない……! これ、全部貴方達がやったの? 5分足らずで?」

「うん。全然大したことなかったよ。ねえ真衣華?」

「そうね。これくらいなら」

「……そう。お疲れ様。八田さんに確認を取るから二人は休んでて」


 タタタっと月野さんはどこかへ行ってしまった。通話ならこの場でやればいいのに。僕達に聞かれたくない内容なのかな?


「そういえばこれも言っていなかったけれど、エスの海からの脱出は慣れれば任意のタイミングで出来るようになるわ」

「どうやるの?」

「ノイズは聞こえる?」

「うん。ザザザザッってやつだよね?」


「それよ。なんて言えばいいかしら、そのノイズを受け入れないようにするのよ」

「ふむ。わからん」

「慣れるまで時間が必要かもしれないわね。出来るようになるまでは私の身体に触れていて。そうしたら私のタイミングで脱出するから」

「オッケー」


 なんて言っていたら例の「ザザザザッ」っていうノイズが聞こえてきた。

 こんなダサい格好で街中に放り出されるのはご勘弁だ。慌てて真衣華の手を握る。


「お待たせ。もう少ししたら迎えの車が来るわ。それに乗って帰りましょう……なんで手を繋いでるの?」

「僕まだエスの海に留まることができなくてさ」

「そういうこと」

「というわけだから月野さんも手を握ってくれない?」

「いやよ、なんで私が。だいたい黒鉄真衣華が握ってるんだから十分でしょ」


「しくしく……僕一生懸命頑張って戦ったのに……ご褒美がほしいなあ……チラチラ?」

「チラチラ見ても握りません! というか、どうやってこんな短時間で10体も倒したのよ?」

「どうって言われても、普通に頭潰しただけだよ?」

「いやだからどうやって……いえ、その内わかることね」


 なんだか一人で勝手に納得してしまったらしい月野さんは僕のおふざけには付き合ってくれなかった。どころか、真面目な顔をして何かを考えているようだった。構ってくれなくて寂しい。

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