第11話 仕事部屋
平年並みの梅雨明けとなった7月下旬。
仕事部屋の片付けをしているところに、
「入っても大丈夫?」
「いいよ」
俺以外にこの部屋に入ったことがあるのは、仕事仲間の
『別れの歌を書いてきた現場』という過去の恋愛の気配が漂う場所なだけにこれまで付き合っている相手を招き入れたことはなかったが、今回の周との関係はそもそもの始まりがイレギュラーなのだ。ならば、これまでやったことのない行動をこの際色々試すのも何かの刺激になって良いかもしれない。
「
「サイダー」
「了解」
ペットボトルのフタを軽く開けてから手渡してくる。非力な女の子じゃないんだから、そこまで気を回さなくてもいいのに。一口流し込むと、強すぎる炭酸に胃がビクリとした。
「こういう場所で作業してたんだね」
周は視線をあちこちに動かしながら、改めて部屋の中を見渡した。
デスクトップPC、スピーカー、書類ラック、本棚。海津のように楽器を弾くことはないので、一見すると音楽関係の仕事をしている人間の部屋とは思えない。
「あ、これ全部『残雪』のフレーズだよね」
周の視線がホワイトボードで止まる。
「そうそう。思い付いた言葉を逃がしたくないから」
ボードに直接書いていくこともあれば、手元にあった付箋に殴り書きして貼ることもあった。頭の中に出てきた言葉を即アウトプットして脳内に余白を作ることが、俺には必要だったのだ。
「ちょうどいいや。片付け、手伝ってくれないか」
「いいよ。何したらいい?」
「そのホワイトボード、全部消して真っ白にしてくれ」
「え、いいの? こんなに書いてるのに」
「『残雪』はもう俺の手を離れた曲だから」
周は「わかった」と言うと付箋を剝がし、ボードに書かれた文字をクリーナーで丁寧に消していった。
「それが終わったら、本棚に詰まってるノートをまとめといてくれ」
「了解」
指示を出す傍ら、俺は書類ラックに積まれた紙の資料を片っ端からシュレッダーに掛けていく。
タイアップ番組の企画書。
CMの絵コンテ。
楽曲提供先のアーティスト情報。
詰まれた書類の高さは自分たちがやって来た仕事量を可視化したものだと思っていたが、今の俺にとっては全て過去の遺物に過ぎない。シュレッダーの挿入口にエサを与えるような気分でどんどん書類を挿していたら、周が「あ」と声を上げた。
「どうした」
「これ、もしかして圭くんと組むきっかけになった高校の部誌だよね?」
青い表紙に明朝体で『晴読雨読 45巻』の文字。
「あぁ、そうそう。懐かしいな」
「晴耕雨読をもじってるのかな」
「『晴れの日は読書、雨の日も読書』てな。文芸部らしいだろ」
「確かに」
パラパラと頁を
「葉くんの名前、発見」
「探すなよ」
「いや、探すでしょ」
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