第23話 ポジティブ人間と、自意識過剰 2

よくある成り上がり系が嫌いだった。

努力は報われるという言葉も苦手だし、自分が変われば相手も変わるとか、まずは挑戦してみろなんて格言も苦手だった。


ずっと確信が欲しかったから。


それは今も変わらない、何もかもを信じられない自分が唯一信じられるのは「確かなもの」だけ。

だから必ず報われると確定している努力ならば、してもいいと思う。相手が100%変わると断言してくれるのなら、挑戦した結果100%上手くいくと保証してくれるなら自分は変われるし挑戦してみる。確信がそこにあるのなら。


人間不信の私がたどり着いた答えは、傍から見れば失敗することを極度に恐れた、臆病者の自己正当化なのは一目瞭然だった。


自分はポジティブ人間に憧れている。

失敗を恐れず、堂々としていて、周りの人たちと楽しく話せるポジティブ人間に。

自分は誤魔化して繕って偽ってどうにか生きている。だからポジティブ人間が褒められると自分は居場所を失ったような気分になるし、未熟な自己愛が身体の中でふつふつと熱を沸かす。それがどれほど惨めで、どれほど情けないことか。


ポジティブ人間が褒められたとて、私の価値は下がらないのに。厳しい相対評価で生きてきたツケが、条件付きでなければ満たされなかった愛が、行き場を求めて心に沈めた銃に手を伸ばす。

何度も言い聞かせる、自分は自分の道を行くと。

ポジティブ人間にはポジティブ人間の長所と短所があり、自意識過剰には自意識過剰の長所と短所がある。完璧な人間など存在しない、みな弱いところがあって当たり前。次第に熱が引いていき、銃を取り出しかけた後悔と自己嫌悪に襲われる。


醜い人間だと思った。

ポジティブ人間を尊敬しながらも、こうしてエッセイもどきのネタにする時点で心のうちでは軽んじているのだ。本当に大切ならば、こうして世界に向けて発信する場で紹介しないだろう。


それでも、自意識過剰とポジティブ人間について書かなければならないと思うのは……こうすることでしか、自分の気持ちが、自分のしている過ちがわからないからかもしれない。全部打ち明けてしまえば楽になれるのだろう、肯定的に受け止められるにしろ、嫌われるにしろ。だけどそれは自分にとって「楽」であるというだけで、とうの本人にしてみればどうなのか、自意識過剰には想像できない。


だって、ポジティブ人間はポジティブ人間ではないから。


先日、一緒に遊ぶまでずっと、自分はポジティブ人間はポジティブ人間として生まれてきたのだと思っていた。そうでなくては説明のつかないポジティブ加減であったし、繕っている不自然さも、偽っている苦しさも言動から見受けられなかった。

あるいは、自分が見ようとしなかったのかもしれない。

自意識過剰の視線は、決して誰かのことを真摯に見つめようとしないから。


何気なく職場の話になったとき、ポジティブ人間の堂々とした言動を私は褒めた。そこに皮肉や嫉妬が皆無であったかと問われれば否定する。しかし、自分にないものを持っているポジティブ人間は本当に輝いて見えたし、単純にうらやましかった。休憩室のドアを何回ノックするかで思い悩んだり、上司からの注意の言葉に頭がパニックになったりしない人生が欲しかった。こういうふうに生きてみたかったのだ。


返ってきた言葉は予想と真逆だった。


「めちゃくちゃ緊張するんですよ、毎回」


私は言葉を失った。ポジティブ人間はポジティブであって、どんな状況であれ「楽しいです」と平然と言ってのけるだろうと謎の信頼があった。

恐れがなく、積極的で、自己肯定感がある人。

それがポジティブ人間なのでは?


様々な推察が頭を駆け巡った。

たどり着いた答えを何度も反芻する。

ネガティブではなく、しかしポジティブでもなく、恐れがあるけど自意識過剰ではない……?


それが当たり前なのだと、目の前にいる人なのだと気づくまでに数分を要した。ポジティブ人間はただの人間なのであって、ポジティブに見えていた部分は本人の努力があってこそだった。もちろん、生まれ持った性格や育った環境が由来してポジティブになっている面もあるのだろう。それに上乗せする形で、本人の努力が重なりポジティブ人間はできているようだと自意識過剰は結論付けた。


自分のみっともなさに吐き気がした。

私はポジティブ人間に甘えていた。どんな話をしても優しく受け止めてくれたのは、相手がポジティブ人間だからじゃない。ただ真面目に私の話を聞いてくれていただけで、それを私は勝手に都合よく受け止めて「さすがだなぁ」なんて感心して。


自意識過剰で覆われた私の鎧は、どこで壊せるのだろう?

どうやったら壊れてくれるのだろう?

この肥大した自己愛を正しく縮めるには、何が必要なのか。


正解を教えてほしい、解き方を教えてほしい。

それが確かならば、私は今すぐにでも行動に移すから。

そうでなくとも行動する勇気が今、空っぽの胸にあると信じたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る