第6話 飲み会へ行った、自意識過剰

前回のあらすじ

・自意識過剰は断りきれず、飲み会に初めて参加することになる。お酒を断る論理的理由、満腹になったときの遠慮の仕方などイメージトレーニングの上、寝不足で飲み会の朝を迎えた。

・季節は夏、汗だくで集合場所に着いた自意識過剰だったが、飲み会のメンバーは汗ひとつ見せず集まってくる。やがて開催場所である韓国料理の居酒屋に着くと、机を挟んで6席、6席の個室に通される。端に座ろうと企む自意識は、ビギナーズラックにより主催者の正面、両隣に見知らぬ人が座る真ん中の席を指定された。そして遂に、飲み会が始まる。


「生ビールの人!」

続々と手が挙がる。私は生ビールの人を数える主催者に見つからないよう、全力で気配を消した。

「ソフトドリンクの人!」

そっと胸のあたりで手を挙げ、ソフトドリンクを希望する。無事にソフトドリンク組に数えられた私は、いよいよすべてのパワーを使って気配を消した。元々、気配の薄さには自信がある。


すぐに生ビールが運ばれ、誰が注文したのか知れない韓国料理が次々にテーブルに並ぶ。なにかよくわからないが、おいしそうだった。横目で周りの動きを確かめ、コピーしていく。どうやら、自分の皿に好きな料理を取り分け、それを食べていく流れらしい。生ビールは幸い、ジョッキ(と呼ぶのだろうか?)に入った形式だったため、お酌をする必要はなさそうだ。ソフトドリンクが遅れて運ばれたところで、主催者の乾杯の音頭に合わせ乾杯する。なるほど、この一体感は悪くない。


皆がそれぞれ料理を食べ始め、私は真似して料理を口に運ぶ。少しずつ、少しずつだ。皿が空いたら一巻の終わりである。少食にとってはキツい飲み会の2時間、ペース配分を間違えればすぐに満腹になってしまう。私は恐ろしくゆっくり咀嚼し、韓国料理を味わい、ちびちびウーロン茶を嚥下した。右隣では盛んに愚痴がこぼされ、左隣では恋バナの輪が咲いていた。


「お酒、飲まないの?」

私はついに来たかと思った。ズッキーニのような、緑の野菜の浅漬けを食べているときだった。

最優秀お酒回避理由賞が脳裏をよぎるより先に、私は言った。

「怖いので!」

本音の暴露である。主催者は言った。

「別に誰も誘拐せんよ!」

私はごまかしの笑みを浮かべた。誤解なきように説明すると、私は飲み会のメンバーを(知らない人も含め)信頼している。怖いのは、自分自身に対してだ。飲み会を通して、自分の悪の部分が信頼する人々に発露してしまうこと、その一点がどうしても怖くて怖くてたまらないのだ。お酒を飲むという行為から、ふとした瞬間に誰かに鋭い言葉を投げつけてしまわないか、それが不安で仕方がないのだ。理解はできないだろうが。


自意識過剰はその後もバカのひとつおぼえのように「怖いので!」を繰り返し、お酒を遠ざけることに成功した。それが正しい判断だったのか、今になってもまだわからない。少なくとも、この飲み会の後に関係を絶たれることはなかった。それならば良しとするべきなのかもしれない。


韓国料理はおいしかった。テーブルに並んだ皿から適当に取ったので、何という料理なのかよくわからないけど。おいしいなら、いいのだろう。


隣に座る見知らぬ人は、これまたスムーズに私の皿が空いたタイミングで「これ食べます?おいしいですよ」と声をかけてくれ、私を内心ビビらせた。自分の言動で手一杯な自意識過剰は、心の底から恥ずかしくなった。初めてとはいえ、お酒を謎の理由で断り、隣の方に気を遣わせ、言う愚痴もなければ話せる恋バナもない。普段執筆活動に励むエンターテイナーとしては、失格である。


逆に言えば、周りの方々は皆エンターテイナーそのものであった。誰かがボケれば誰かがツッコみ、ほどよく全員に話題を振り、たまに席替えを指示する。それを「自分がやるしかない」とか「自分がやってあげてるから回るんだ」とか、自己中心や自己犠牲の精神なしに成せることがすごいのだ。もしかしたら、そういう精神を隠しているのかもしれないけど。見えないだけかもしれないけど。裏ではめちゃくちゃ自分の悪口言ってるかもしれないけど(それは当然のこと)。


そんなこんなで、気づけば1時間が過ぎ、予定の2時間が過ぎ、3時間が過ぎた。

私はとにかく周りの人の話をただ黙々と聞き続け、問われれば答え、ウーロン茶をちびちび飲んだ。いろいろな方々の経験談を聞くことができるのは、何物にも代えがたい嬉しさだった。ありがたいことに人生のアドバイスなどもいただいて、気づけば飲み会は終わった。


帰り道、私は節約のために歩いた。

星も月も見えない、夜の曇天。日中ほどではないにしろ、蒸し暑い熱帯夜をひとり歩く。それなのに気分は晴れていた。

お酒を飲まなくても飲み会に参加できた。

満腹にならない程度に食事を楽しめた。

無理をしないでいいんだと、そのとき初めて理解できた。無理をすると、自分が苦しくなる。無理をしてもしなくても、他人は変わらない。

それなら、無理をしないほうがいいじゃないか。


もしかしたら主催者の方を始め、飲み会のメンバーは「こいつ飲まねぇし食わねぇし話さねぇ、誘ったわりにはつまらなかった」と思ったかもしれない。思わなかったかもしれない。

そしたら、次がなくなるだけだ。それは悲しむべきことではなくて、ただ事実として受け止めればいい話だった。


赤信号、足を止める。夜中で誰も見ていないとはいえ、自意識過剰に信号無視はできない。

少し遠くのコンビニに寄って、生ビールでも買って飲もうかと思いついた。が、自意識過剰の足はそちらへ向かおうとはしなかった。

店員さんに「こいつ、夜中にビール買いに来たよ」と思われたら困るから。

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