第5話 飲み会へ行く、自意識過剰

今回は、自意識過剰が飲み会に初めて行ったときの話をする。もうここまでくると説明は不要かと思われるが、自分はとてつもなく自意識過剰で、飲み会に参加する経緯も、断りきれず首を縦に降ってしまったという情けない理由からである。


飲み会への参加が決まったのは、ちょうど飲み会開催の1ヶ月前のことだった。そこからの1ヶ月は日々悶々とする……わけではなく、多忙なスケジュールを淡々とこなしていた。どうして忙しさには波があるのだろうか。おかげで、飲み会のことなど頭からすっぽり抜け落ちていた。


そして来たる飲み会前日、夏休み明けの子どもさながらに私は焦った。飲み会のマナーも知らなければ、お酌のルールもわからない。なにせ、人生で初めての飲み会である。昨今はリモート飲み会の普及や若者の飲み会離れが叫ばれるとはいえ、いまだ飲みニケーションという言葉で飲み会は喜ばしいものとして定義されている。飲み会でうっかり酔った挙句、本性をさらけ出してしまったら今後の人間関係にヒビが入ること待ったなし。


まずは、どうにかしてお酒を飲まない論理的かつ合法的な理由を考えることにした。「自転車で来たので……」が最優秀お酒回避理由賞であった。お酒は飲めなくはないのだが、なにぶん家以外で飲んだ経験がない。自分以外にお酒を飲む人がいない環境も相まって、飲み会で酔う=悪のイメージがだいぶ強かった。なんなら、お酒を飲んでいるだけで嫌味を言われることもあった(なんだかんだ言われながらも飲む)。


お酒を飲まない論理的理由は(たぶん)できた。

強引に勧めてくる人たちではないので、最初の「何飲む?」を「自転車で来たので、ウーロン茶でお願いします」でかわしてしまえば問題あるまい。我ながら完璧な作戦。


次の懸念事項は、食べ物である。

飲み会の開催場所を調べたところ、韓国料理がメインの居酒屋のようだ。幸い、食べ物のアレルギーや好き嫌いはない。だが、私は少食である。次々と運ばれてくる韓国料理を前に、「満腹なので、もう大丈夫です」と言えるのだろうか。……こればかりは、食べ物を断る論理的かつ合法的な理由がなく、とにかく私はゆっくり食べることにした。要するに、皿を満たしたままにしておけばいいのである。


他にも座る席やお酌の文化、飲み会で話すにふさわしいトークなど疑問は尽きなかった。が、調べても調べてもシンプルに怖い。ある程度の飲み会マナーについて調べたところで切り上げ、私は床に就いた。夜は長かった。


翌朝、寝不足を抱えながら私は起きた。

飲み会の開始は夜である。午前中は暇を持て余し読書に励んだり、執筆にあてたりした。そして、どうして自分は参加したんだろうと、ひとり自問自答に陥って早速後悔し始めた。まだ飲み会は始まっていないのにもかかわらず。


やがて夜になり、私は飲み会の開催場所まで向かった。幸いなことに、開催場所の近くには本屋がある。集合時間の1時間前には現地に到着し、そこからの30分を本屋で過ごした。天国であった。新作ライトノベルを買った。


集合時間の30分前、私は集合場所に着いた。当然だが、誰もいない。スマホをいじるふりをして、行き交う人々をぼんやり眺めていた。寝ている子を背負うお母さんが、お父さんと共に立っていた。お母さんの背にいる子を、どうにかして起こさずにお父さんの背に移動させたいらしい。私は彼らがクネクネしながら子を移動させるのを、遠くから面白く眺めた。子は無事、お父さんの背中におさまって快眠していた。


やがて5分前になって、飲み会のメンバーひとりが横断歩道を渡ってくるのが見えた。内心歓喜する私。と、いうのも、集合場所が合っているか不安だったのだ。飲み会のメンバーは恐ろしく爽やかな格好で現れ、私は安堵と同時に恐怖を覚えた。季節は夏、私は汗だく。制汗剤を全身に塗りまくり、かいた汗は厚手のタオルでぬぐったものの、なかなか汗は引かない。その後も続々とメンバーが集まってきたが、みな驚くほど汗ひとつない。人間としての生命構造が違うのだろうか、シンプルに怖かった。


集合時間になり、何名かの遅刻者を残して私たちは開催場所へ向かう。ひとりなら絶対に入らないビルの5階に、件の韓国料理の居酒屋はあった。店内は薄暗く、通路から見るにおおむね4席ずつ個室になっているようだ。ゾロゾロと通路を練り歩き、いちばん奥の席が私たちの場所らしかった。計12名が座れる個室、もはや個室と呼んでいいのだろうか。よく見ると4席と4席と4席を仕切る板が外されている。なるほど、こうして大人数にも対応できるのか。私は感心した。


ここで、例の座る席問題が発生した。

席は全部で12席、6席と6席が机を挟んで向かい合う形になっている。私はいちばん若輩者ということもあり、料理を店員さんから受け取る端の席に座ろうとしたが、ビギナーズラックはそれを許さなかった。もれなく真ん中の席に祭り上げられ、飲み会の主催者と顔を突き合わせ、両隣に見知らぬ人が座る構図と相成った(飲み会のメンバーの大半は知り合いだったが、知らない人も数人いた。初対面の人、怖い)。


全員が席に着くと、主催者が注文タブレットを片手に、ついにあの言葉を発した。


(第6話に続く)

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