第3話 天使のショートケーキ ②

「じゃあ、早速食べてみるね」


「まずはケーキの先端を小さく切り取って、口元まで持って行って一旦止めるね」


「あ、顔は映さないで口元に注目だよ。とりあえず、そこまで撮ってみようか?」 


「今日は初めてだから、まずは慣れるために細切れに撮っていこうね」


「失敗しても大丈夫だから気にしなくて良いんだよ。じゃあ、いきます!」


(いきなり大きな深呼吸)


「ふーっ。ごめん。ちょっと一瞬待ってくれる?」


「なんか、緊張してきちゃった」


「(小声で)どうしよう、君に見られてるって思ったらドキドキしてきちゃったよ」


(もう一度深呼吸。再度深呼吸)


「ふーっ」


「······お待たせしました。ごめんね。準備OKです」


「えっと、君は大丈夫かな?」


「そう、良かった。じゃあ、今度こそいきます!」


 (携帯を構える後輩。撮影のスイッチが入る音)


「······」


(無言でケーキにフォークを差し込む先輩。息を詰めている様子が伝わる空気感。画像ではふんわりと削り取られたケーキの断面が唇に近づいていく)


「(口をあまり開かないでモニョモニョと)一旦止めるよ」


「ふうっ。どうかな?」


「こんな感じに撮っていこうと思っているんだけど······」


「あ、そうだね。見せて」


「うん、そうそう、ズームとフェードアウトのタイミングが完璧だねぇ。なんか、格好いい映像になってる」


「じゃぁ、続きもこんな感じで、えっ、もう感覚が掴めちゃったの! 凄い」


「······あのさ、もしかして君、本当は動画撮るの得意だったりして」


「ふうぅ〜ん。実家のペットの撮影ねぇ」


「(小声で)本当にペットの撮影だけかな? 元カノともこんな風に動画撮影してたとかだったら、嫌だなぁ」


「あ、ううん、こっちの話。ペットって、犬とか猫とか?」


「五歳の豆柴なんだぁ、可愛いよねぇ」


「あっ、そう言えば、君の待ち受け画面······」


「ううん、なんでも無い。名前はなんて言うの?」


「『きなこ』ちゃんって、君がつけたの?」


「お家にきた時々モチモチできなこもちみたいだったからって、うふふ、最高に可愛い」


「今度、私にも動画見せてくれる?」


「やったっ、嬉しい」


「あ、だからもっと自由に動いても大丈夫ですって······ありがとう」


「なんか、恥ずかしい〜」


「私の動き、不自然なくらいギクシャクしてたよねぇ」


「そんな事ないって······優しいなぁ」


「あ、なるほど! 普通に話しながら撮ればいいんだね」


「で、後で加工すればって、そう······だよね」


「でも、私そういうの苦手。無理。機械オンチなの、もうバレてるでしょ」


「え、手伝ってくれるの。神ぃ~! ありがとうっ」


「(小声で)やったっ。豆柴動画に動画加工。会える口実いっぱいゲット出来ちゃった」


「って、ごめんね。お言葉に甘えてよろしくお願いします」


「そうとなれば、うふふ、もう細切れ撮影は止めて、自由に食べていくね」


「だから、君も自由に撮ってくれるかな?」 


「カメラマンとしての君の腕、最高だよ。君のセンスを信じてるから」


「や、やだなぁ、感激しすぎー」


「でも、本当に、君にお願いして良かったぁ(最高の笑顔を向ける)」


「じゃ、じゃぁ、続き、いこっか」


「記念の一口目、いきます(ぱくりと口に入れる。しばらくもぐもぐと味わっている音)」


「う〜ん、美味しいっ」


「スポンジケーキがほろほろと崩れて、濃厚で滑らかな生クリームと甘酸っぱい苺のムースが、口の中で一つになって最高!」


「やっぱりこれは、君も味わってみるべきだよ」


(徐ろにもう一口掬い取って彼の前に差し出す。驚いて、カメラの録画を止める後輩)


「あっ······ごめん。カメラのこと忘れてた。ごめんね、失敗」


「で、でも、ほら、こう言うのって、体験が大切っていうか······」


「会社のプレゼンでもそうでしょ。自分で体験したことって、してないことよりずうっと説得力が出てくるじゃない」


「この一口が、君のカメラマンとしての技術を格上げしてくれると思うから」


「って、私ったら直ぐ余分なこと言っちゃうぅー。ごめんね」


「でも、せっかくの機会だから」


(ずいっとフォークを後輩の口元へ。気圧されて食べる後輩。もぐもぐと食べる音)


「どう? 美味しいでしょ!」


「この絶妙なハーモニーは、実際に味わってみないとわからないよねぇ」


「って、あれ?」


「そう言うのをどうやって動画で伝えるかがコンセプトだったはずなのに、『食べなきゃわからない』って結論じゃ駄目だわ」


(差し出したままのフォークともぐもぐしている後輩を見比べて、急に我に返る)


「ふぇ······」


「わ、私ったら、なんて事を······」


「(小声で)か、間接キスを強要しちゃった。ご、ごめんなさい」


「(更に小声で)どうしよう、どうしよう」


(撮影スイッチを押す音)


「えっ」


「やっぱり、先輩の言う通りでしたって、食べてみて良かったって、すっごく美味しかったから続きも楽しみって······」


「ありがとう」


「(小声で)か、間接キスのこと、気づいているのかな? 気づいて無いのかな?」 


「それとも······(更に小声で)気づいててスルー? いや~ん。どうしよう」


(内心の動揺を押し隠しながら)


「そ、そうだね。続きも、よろしくね!」



 続きは『天使のショートケーキ③』です。






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