第2話 天使のショートケーキ ①

(雑踏の中、小走りで近づいて来る靴音)


「ごめんね。待たせちゃって」


「えっ、ちょうど今来たところなの? うふふ、優しいなぁ。ありがとう」


「改めまして、今日はよろしくお願いします!」


(一瞬目が合い、互いにドギマギ)


「えっと、じゃぁ、行こうか」


「今日はね、最初だからやっぱり可愛いい感じにしたいなって思っているの。万人向け狙いって言っちゃうと、そのとおりなんだけど······」


「ねぇ、ピンクと白のふわふわケーキって言ったら、何を思い浮かべる?」


「え、何?」


(ちょっと背伸びして後輩の口元に耳を近づける先輩)


「ごめん、もう一度言ってくれる?」


「うん······そう、ショートケーキだよね。あっ、今、定番だなーって思ったでしょ」


「でもね、ふつーのショートケーキじゃ無くて、天使の羽が付いてるショートケーキだったらどうかな。ね、驚いた?」 


「うふふ、良かった。最初の投稿って大切だからね。君の反応も見てみたかったんだ」


「そんなに目をまん丸にしてくれるなんて、まずは目論見成功っと」


「あ、ここ! このお店なの。知る人ぞ知る隠れ名店なんだよー」


「開店したばかりだから、待たないで入れそうだね。良かった」


(扉の開く音。「いらっしゃいませ。席へご案内します」等の声)


「一番奥の席で良かった。ここなら他のお客さん気にしないで撮影できるね」


「うわぁ、見てみて。可愛いシュガーポットとお花。おしゃれなお店でしょ」


「あれ、緊張してる?」 


「大丈夫だよ。きっと私より上手だから。って、あ、写真のことじゃ無くてお店のことか」


「普段こんなおしゃれなところに来ないから緊張してるなんて、もう、可愛いなぁ」


「大丈夫。これから慣れるよ。だってほら、これから一緒にいーっぱいスイーツの写真撮るからね」


「早速注文しようか?」


「君も同じケーキ食べてみる? 飲み物はどうする?」


「私はストロベリーフレーバーの紅茶にする。君は······」


「本当にアイスコーヒーだけでいいの? やっぱり甘いの苦手だった?」


「撮影に集中したいからって······もう、本当に真面目だなぁ」


「え? 本当は緊張で胸がいっぱいなだけって、ふふふ、正直過ぎ」


「了解。じゃ、注文するね」


「えっ、先輩に注文させてしまっては申し訳ないって、んもう、会社じゃ無いんだから気にしなくて良いんだよ」


「でも、せっかくだからお願いしちゃおうかな」


(注文するような声)


「ありがとう。すっごい楽しみ」


(目が合ってしまい二人で照れる)


「あ、ケーキが来る前に撮影方法について話しておくね」


「まずは、食べる前の状態で写真を撮って欲しいの。その後、私が一口目を食べる動画ね」


「あ、あれ? どうしたの?」


「動画を撮るなんて思ってなかった······そうだよね。ごめんね、急に」


「でも、生地のフワフワ感とかパリパリ感とかは、写真じゃわからないなぁと思って」


「頑張ってみますって、嬉しい!」 


「うふふ、君ならそう言ってくれると思っていたんだ。ありがとう」


(「おまたせしました」と店員がケーキと飲み物を持ってくる。「ごゆっくりお過ごしください」と言って去っていく)


「うわぁ、可愛い」


「ねえ、いちごの層が三段もあるよ。すっごく贅沢!」


「きめの細かいスポンジ生地と苺のムース、表面の生クリームも初雪みたいにふわふわで······舞い落ちてきた天使の羽が······綺麗。これはホワイトチョコと飴細工で作られているのね。どっちもすっごく繊細だよね〜」


「見て見て。羽の筋まで表現されているでしょ」


「えっ、見えない?」 


「ほら、もっと近くで見てみて」


「あ、お皿の向きを変えた方がいいかな」


(コツンと額のぶつかる音)


「あっ、ごめん! 痛かった?」


「おでこ大丈夫? ごめんね。私夢中になると距離感が掴めなくなっちゃって」


(コホッとテレをごまかすような咳払いをしながら)


「えっと、じゃあ、写真撮影。よろしくお願いします」


「そうだね。まずはこんな感じで。ケーキとティーカップ。遠景にはぼかしをかけてね」


(カシャカシャとシャッター音)


「見せて。あ、いい感じ。光の加減が絶妙だわ。流石! やっぱりお願いして良かったぁ」


「じゃあ、次はケーキだけにフォーカスしてくれる? 天使の羽と三層のいちごが目立つように」


(再びカシャカシャとシャッター音)


「どう、かな? あ、うんうん、いい感じ。上手! 凄い、ピントがちゃんと合ってる」


(自分で言って慌てる先輩)


「あ、いや、その······本当に、私写真撮影が下手なの。ピント合わせるだけでも大変で」


「あ、笑ったわね。もう、呆れられちゃうよね。わかってる······」


「うふふ。そんなに焦らなくて大丈夫だよ。真実だし。気にしてないし、怒ってもいないからね」


「本当に気にしてないから。寧ろ下手で良かったっていうか······」


「(小声で)だって、下手じゃ無じゃなかったら君に頼めなかったし······」


「えっと、その、兎に角大丈夫だから。それより、どう? 少しは緊張が解けたかしら?」


「そう、良かった。じゃあ、いよいよ次は動画撮影にいくよ」



 続きは『天使のショートケーキ②』です


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