第6話 夕餉

「え〜、このボタンを押して……」


 昼間の公園、砂場にできた洞穴――ダンジョンの入り口の前にいた。

 ドランがもたもたとカメラや配信機材をチェックする。これらは全部茨木――というより国からか――に借りているものだ。


 それにしてもダンジョン配信とは、世界は面白いことを考えるもんだ。


 ダンジョン初期に防災情報としてのライブカメラから始まったダンジョン配信は、ここ数年では世界的な一大事業となっているらしい。

 僕がいたときもゲーム配信なんかがあったが、それとは比べ物にならないほどリアルな、ダンジョンという未知の世界を探索するというのは誰しもが惹かれるのだろう。


「すげえや、俺らがこんなちっせえ画面に映ってるぜ。しかも魔法じゃなく機械仕掛けときたもんだ。……うぇ、振り回しすぎて気持ち悪くなってきた……」


 気持ち悪いと顔を青白くしているがそれは昨日の飲みすぎが原因だろ……。

 それでも興味が勝つのか、ドランがカメラを振り回しあちこちボタンを触っている。

 

 このカメラはダンジョン配信用機材にしては最低グレードのものらしい。国から出る予算なんてそんなもんだろう。

 高級品になると画質や音質、フレームレートが向上するのはもちろん、魔道具となり、宙へ浮いたり自動で追尾する。

 まあそういったグレードの高いものは予算が降りないらしい。不況だね。

 また、人気配信者だと、カメラワークを気にして専属のカメラマン冒険者を雇ったりもするらしい。リッチだね。


 茨木が、最初のうちは我々がカメラマンの冒険者を雇いますよと言ってくれたが、それにドランが待ったをかけた。


 ドワーフの血が疼いたらしい。

 そのままドランには機材関係を任せることにした。手が塞がるという懸念も、カメラを魔法で浮かせて操作するくらい容易い。なんなら精密な魔力操作はドランが随一だしな。

 

 そうやってドランがカメラを動かして試していると茨木が、魔道具を使わず物を浮かすとは……しかも魔法を使いながら動き回るなんて……と驚いていた。

 大げさな。


「お、ついたついた、ユーリ様つきましたぜ。カメラの操作だけはしますんで……ちょっと後はよろしくお願いしやす」


 斥候に集中しますんで、と言ってそっぽを向く。……こいつ今にも吐きそうだな。

 まあ昨日は随分と飲んだからな。……僕も少しだけ頭痛がする。


 それは昨日の打ち上げのような飲み会のような、終電後の三次会のような夕餉ゆうげ

 ……なかなかはっちゃけた夕餉ではあったかもしれない。


 寿司、ステーキ、から揚げ、ハンバーグ、ピザ、ローストビーフ……。

 ビール、ワイン、ウイスキー、焼酎、日本酒……。

 出前を取ってくれたようだ。30年後の地球には色んな出前ウーバーイーツがあるんだなぁ。

 

 ドランは地球の酒の美味さに大興奮。僕は日本食に大興奮、隠れ食い意地張りのフィオナも久しぶりなまともな食事――それも現代の洗練された食事に大興奮。

 

 地球にかんぱーい! 

 

 その勢いに飲まれてアリシアも珍しく酒を飲む。

 暴飲暴食したのだった。

 

「うえええ……ユーリ様ぁ。俺ぁこの酒のためなら人生を踏み外しても構いやせん」

「ドランよ……それは人間失格だ」

「俺はドワーフなんです。ドワーフ大合格ですッ!」


 茨木がニコニコでドランに酒を注ぐ。

 ドランが嬉し泣きながら茨木に注ぎ返す。

 更に酒は進む。


「この料理たちはすごい。魔法よりもすごい」

「そうだぞフィオナ。魔法がない世界で、科学だけで発展してきたんだ。そんな世界の研究されつくされた料理文化だ!」

「すごいすごい! 料理は科学。わたし、料理と科学と魔法で天下を取る」


 未成年にお酒は……と茨木が言うがフィオナは190歳くらいだ馬鹿め。

 茨木が困惑顔で躊躇しながらもフィオナに酒を注ぐ。

 フィオナが鼻息荒く茨木に注ぎ返す。

 更に更に酒は進む。


「僕は決めたぞ! もう一度この世界――地球で帝国シルヴァローズを建国してみせるッ! シルヴァローズにかんぱぁい!」

「ユーリ様……ッ! 立派ですッ。それでこそ皇帝ユーリ・シルヴァローズですッ。それとユーリ様、僭越ながら申し上げますが言葉遣いはもう少し皇帝としてあるべきかと」


 アリシアがおいおい泣きながら、この身果てようとも貴方様の剣! と剣を掲げる。

 掲げたかと思ったら、スンとする。やめろやめろ、場違いな言葉遣いの指摘は騎士団長を思い出す。あっ涙が……。そうだね、言葉遣いは大事……大事な教えだ。また皇帝として君臨するならなおさらだった。

 

 茨木が困り顔で僕に酒を注ぐ。

 ごめんね、室内で剣抜くなんて危ないよね。僕がお酒注いであげるからまあまあ……違う? 新しく建国はちょっと……って。うるせえ、我はシルヴァローズの皇帝だぞ。


 更に更に更に酒は進む。


「よし、皆の意見は相分かった。つまりはダンジョン配信だ! ダンジョン配信が全てを解決する! そうだろ茨木!」

「はい。そうだと我々も助かります。もちろん生活が安定するまではこちらでも支援いたしますので」

「おお、さすがは茨木! 我の酒を呑めるだけはある。しばし世話になろう」

「もちろんでございます。配信していただける方がこちらとしても監視しやすいですし……あと日本支部をよろしくお願いいたします」

「はっはっは……それが本音だな茨木よ、酔いが回っておるぞ。

 さて、ドランとフィオナは酒と飯を貪るために、資金を! 我は帝国シルヴァローズの建国のため、やはり資金、そして我らの示威と喧伝を! アリシアは……ええい、我が剣としてついてこい!」

「この身果てようともッ!」

「酒! 酒! ユーリ様にかんぱぁい!」

「ごはん! ごはん! またいっぱい食べたいな!」

 

 ……

 …………

 ………………


 酔いが覚めた今では、地球で建国なんてシミュレーションゲームじゃあるまいし、と思わなくもない。

 茨木にそそのかされた感も否めない。

 まあそれでも、とにかく、ダンジョン配信は都合が良いという結論が出たのだ。


 二日酔い気味の身体が求めるままにポカリを飲む。あ゛ぁ〜染みるぅ。

 ……意識をダンジョン攻略に戻す。


 そうだ、ドランからカメラを任されたんだっけ。

 ドランを見ると修行僧みたいな顔をしていた。……放っておこう。

 

 まあバトンは渡された。僕が引き継いだ。

 黙ってカメラを見つめているフィオナや周囲の警戒に神経を尖らせているアリシアには無理だろうしな。

 ……フィオナは知ってたけど、アリシアも酒強いんだなぁ。


 ため息をつき、機材を見るとさっそくコメントが来ていた。


 【異世界人】初ダンジョン攻略配信


“おつ~”

“新たな異世界人配信者が現れたと聞いて”

“お、いけめんだ”


 昼間だが、数十人の視聴者がいる。異世界人というワードに引かれたのだろう。

 

 さて、初配信だ、気合入れて行こう。


「諸君、ライブ視聴ご苦労。我らは帝国シルヴァローズから諸君らのこの世界、地球へとやってきた。何分不慣れなことから見苦しくもあろう。そこは目をつぶってくれ」


 もう皇帝ではないし言葉遣いを緩めようかと思っていたが、昨日の夕餉飲み会から、外向けにはそのままの振る舞いでやっていくことに決めた。

 

「さて、我ら冒険者パーティー、、最初のダンジョン攻略だ。我らシルヴァローズの雄姿を見晒せ!」


 帝国は滅んだ。だが、再び――シルヴァローズの第一歩だ。

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