1章

第5話 異世界転移

 どうやら、異世界に転移したらしい。我がへ。


 ……地球。


 この場合はどっちが異世界になるんだ……?


 まあ、どちらでもいい。とにかく、さきほどまでいた血で血を洗うような世界から、地球に飛ばされたようだ。それにしてもどうしてそのようなことが起きたのか……。


 「初めまして。日本冒険者組合担当の自衛隊1等陸佐の茨木と申します。変わった場所に急に飛ばされて混乱されていることでしょう。まず、我々の話をお聞きください」

 「良いだろう、話せ」


 ガタイの良い引き締まった体をしている短髪の男、茨木の説明に、アリシアが話を促す。

 

 先ほどのオフィス街のようなところから移動して、事務室――更に言うなら取調室のような場所に来ていた。

 

 アリシアが未知のダンジョンを探索しているときのように、非常に気を張っている。

 まあ、それも当然か。


 別の自衛隊の人がお茶を持ってくる。

 プラコップに入れられた緑茶だ。


「ユーリ様、私が毒味を」

「うぉっ、茶器が全部同じ形だぜ。こりゃ魔法で作ってんのか?」

「ん、飲んだことない味する。変わった味だけどおいしい」

「……」


 アリシアがドランとフィオナを睨みつける。確かに2人はもう少し警戒心を持ったほうがいいが……それにしてもアリシアはもう少し気を休めたほうがいい。

 さっきも自衛隊の人がお茶を持って扉を開けただけで剣に手をかけ魔力を圧縮したりと……やりすぎだ。自衛隊の人が怯えてお茶を溢しかけてたじゃないか。我はため息をついて、


「良い、もうフィオナが口をつけている。それに疑い過ぎるのも非礼であろう」

「……はっ」


 アリシアは不満げであるが、我がお茶を飲むのを見て、恐る恐る口をつける。


「……美味しい。お茶を飲むなんて、久しぶりですね。」


 そうポツリと溢したアリシアの言葉に、我は目から鱗が落ちた気分になった。


「ん、久しぶり」

「がっはっはっ、そう言えばそうだな! まあ欲を言えば酒が欲しいところだがな!」


 ドランが大げさに笑い、普段無表情のフィオナが珍しく口を緩めて笑っていた。

 

 そうだ、突然別世界に飛ばされたが、我らは全てのダンジョンを攻略したのだ。ようやく感慨が湧いてきた。

 

 それは、久方ぶりの和やかな空気だった。



 

 少し落ち着くと、静かに待ってくれていた茨木が状況を話し始める。

 

 ここはやはり、我が元々いた地球らしかった。

 ただ驚くことに、地球でも魔法が使われるようになっていた。それは10年ほど前に、地球にダンジョンが現れるようになってかららしい。


「元々、我々の世界ではダンジョンなんてなかったのです。もちろん、ダンジョンに現れる魔物も。それが突如現れ、そのダンジョンを調査するうちに、魔法が使える人々が稀に現れるようになりました」


「はえ〜。俺らからしたら魔法がない世界ってのほうがピンとこねえけどなぁ」

「そうですね。異世界から現れる人はそうおっしゃられる方が多いです」


 茨木が今の状況に、やけに落ち着いていると思っていたが、我らのように異世界からやってくる人が時折いるようだ。

 

 また、その異世界人が現れる予兆はダンジョンが出現するときと同じで、魔力渦ができるらしい。その渦ができると自衛隊が出動、簡単な調査をして、こうやって状況説明、保護するらしい。

 まあポンポンと異世界が出てくるわけではない。普通はダンジョンが現れて、簡単に調査したら冒険者にバトンタッチする。そういう役割みたいだ。

 ちなみに、我々含めどうしてこの世界に異世界人が飛ばされてくるのかは分からないとのことだった。


「ん、不思議。でもそれならわたしたちの魔法と体系が異なるかもしれない。気になる」

「魔法に関してですが、どうなんでしょう……? 私は魔法が扱えないので分からないのですが、異世界人の方は魔法に長けていることが多いですね」


 まあ、地球に魔法という概念が生まれて10年しか経っていないのだからそれもそうだろう。

 

 また、ダンジョン内では銃や現代兵器を使用することは厳禁らしい。魔物が火薬の匂いを嗅ぐと何故か恐慌状態になり、なりふり構わずに襲い掛かってくるとのこと。

 それでも物量で押せばどうにかなるだろうが、割に合わない。そう茨木に説明された。


「そのため、ダンジョン攻略は冒険者と呼んでいる、資格を取った者たちによって進められています。まあ攻略と言っても浅い階層を行き来して生計を立てている人もいますが」

 

 ダンジョンの立地やドロップ品によっては攻略を禁止しているところもあるのだとか。

 この世界でも、ダンジョンでのドロップ品や魔石は資源として扱われているようだ。


 我が死んだときとは随分と状況が変わっていそうだ。

 それに、我が転生してから200年が経ったはずだが、今は30年後の西暦2054年だという。まあ、次元が違えば時間も狂うのだろう。

 

 ダンジョンに魔法、異世界人。

 

 これらの異物が30年の月日を費やして混じり合った地球。元の知識が少しでも生きていればいいが……。

 

 それにシルヴァローズという国の皇帝――皇帝としての政務はほとんど何もできなかったが――だった我として気になるのは――


「先ほど、この国の名を日本と言ったな。周辺諸国における貴国の立場はどうなっている? それと世界で現在起きている争いごとやダンジョンでの被害状況は? ダンジョンは、抑えられているのか……?」


 アリシアが斬り込んだ。我らの空気が鋭く、重くなる。

 ドクンッと体内の魔力が脈動する。

 窓ガラスがガタガタと音を鳴らした。魔力の風が吹いている。

 

「うっ!? そっ、そうですね……。以前、15年ほど前は世界大戦になるかといった時期もありました。ですがダンジョンが現れてからはそれどころではなく、各国が手を取り合うようになっています。今はまあ、平和と言って良いかと。ダンジョンによる被害ですが、初期は目も当てられない事件が頻発していました。ですが今ではある程度攻略法が確立し始めていますので、そう悲惨なことは起きていません。……初期と比べれば、ですが」


 まあダンジョンの利権やその資源による開発。冒険者、異世界人のパワーバランスには気を休められない問題があります……。

 

 表情が硬いながらも苦笑し、そう言う茨木に我は肩の力を抜いた。

 噴き出た魔力にあてられた茨木が汗を拭いて、息を吐いている。茨木の脈拍や神経反応を見ても嘘ということなさそうだ。

 

 ふう、我もアリシアのことを言えんな。もう少し我も――いや、僕も気を抜こう。


 酒ぇ~アルコール~と喚くドラン酒カスとおなかすいた、はらぺこ、ぺこりんちょと茨木に圧をかけるように呟くフィオナを見てるとアホらしくなるし。

 

 ドランもフィオナもあまり茨木を困らせるな。

 

 話が終わりましたら、すぐ食事をご用意致しますので……。なんて気を使われているじゃないか……。

 ドランとフィオナにため息をつく。全く――非常に楽しみだ。

 

 久しぶりのまともな食事に、なにより日本食……!

 表情筋に魔力を込め、緩みそうになる顔を抑える。表情のコントロールなんて貴族相手に毎回していたことだ。ふんッ。茨木に申し訳なさそうな目礼ッ。

 

「さっきのダンジョンの話に戻るのですが、ダンジョンのことをご存じであったり、魔力のことをお聞きになるということは元々、そういった世界で生き抜いてきたのだと推察いたします。そこで提案があるのですが……」

「ふむ。と言うと?」

「冒険者として、ダンジョンを攻略しませんか? もっと言うなら――ダンジョン配信をしませんか?」



 

 一瞬の間の後――ぐぎゅるるう~というフィオナの間抜けな腹の音が響き渡った。


「……おなかぺこりんちょ」

「フィオナよ……」

 

 表情筋――ふんッ。




――――――――――


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